第十九話 一騎打ち
王城を占拠したあと、ルキウスはオズウェルとカステッロに二つの命令を与えた。
一つは、降伏した衛兵を使って「王都トレヴェローヌをオルセオロ侯爵公子ルキウスが制圧した」、と王都の持ち主であるルートヴィヒ王に伝えること。
二つは、要塞都市アウグスタから急ぎ戻ってくる王師を捕捉するための偵騎を放つことである。
王都とアウグスタの距離は徒歩で六日、騎馬で三日の距離である。
王師が全軍で引き返してくるのであれば、最低でも六日は準備に費やすことができる。しかし、ルートヴィヒが騎兵のみで帰還する場合は、三日しか時間がないことになる。兵や武器は金で買えるが、時間は買えない。そのことが分かるルキウスは、正確に王師の動きを把握したかった。
――先手を打ち続ければ、後手にはならない。
王都を手に入れたとは言え、数の上での劣勢は変わらない。その上で、勝利を掴み取るためには、ルートヴィヒに気づかれぬようにこちらの思惑通りに踊ってもらわなければならない。
「うまく踊ってくれますかな?」
カステッロはルキウスに尋ねた。その顔に悲壮感はなく、いたずらをする子供のような笑みさえ浮かべている。
「王は宮廷の人だからね。踊りは得意だろう。僕のようにそろばん勘定に精を出してきた人間に踊りは酷だけどね。こちらから情報を出せば、少なくとも後手に回らないだろう」
「王の元へ帰した衛兵が、アウグスタに到着するのが三日後。そこから何日の余裕があることか……」
「ゆっくりの帰還を願いたいけど、実はすぐにでも帰ってきて欲しい」
カステッロの時間を稼ぎたい、という願いに反した答えをルキウスは述べた。
「若、なぜです? 時間があればこちらも準備することができるのに」
「王がゆっくり帰ってくれば僕たちは楽になる。でも、兄上はそうはいかないだろう」
少し暗い声をルキウスがあげる。カステッロは、王都を制圧した本来の目的を思い出した。ルートヴィヒ不在の王都を陥落させることで、ルキウスの兄であるガイウスが篭るアウグスタからルートヴィヒを引き剥がすことがルキウスの目的である。王都を保持する必要はないのだ。
「では、王が戻ってくれば王都を捨てて逃げますか?」
カステッロは口惜しげに言った。一時といえどもベルジカ王国の王都を手に入れた。それを簡単に手放すというのはあまりに投資に見合わない、とカステッロは思うのである。
「いや、一戦はする。それで勝利できれば上々。負ければ逃げる。それで全てはふりだしに戻る」
ふりだしに戻る、というが実際には少し違う。王都を占領されたことでルートヴィヒは兵力の一部を防御に回さなければならない。また、従軍している諸侯も同じ量の兵力を出すことは難しくなるはずである。つまり、次の親征では今回と同じ規模の兵力は繰り出せないのである。
「最初から仕切りなおす、ということですな」
「そう。だが、次回はこちらが先手だ。それに繰り返しの親征は諸侯の負担を与える。厭戦気分が広まれば王も親征とは言えないさ」
カステッロは、「では、偵騎を準備いたします」と言ってルキウスが執務室として使っている謁見の間から去っていった。そのカステッロと入れ違いで入ってきた男が二人いる。オルセオロ商会のトレヴェローヌ商館長を勤めていたクローチェ・イェーゾロとルートヴィヒの異母弟にあたるフランツである。
ルキウスは席を立つとフランツに笑顔を向けた。
「ベネトで手紙を頂いたあとからご無沙汰でしたが、お変わりありませんか? フランツ様」
「ルキウス……。私をどうするつもりだ」
フランツは怯えた眼で問うた。彼は、ルートヴィヒの兄弟になるが母親が異なる。先王が侍女に手を出した末に産まれたフランツは宮中では腫れ物であった。先王の息子であるため、王子の一人ではあるが、母の地位が低いため栄職つけることもできず、だからと言って王位継承権を剥奪することもできない。結果としてフランツは王城の一室を与えられたまま棚晒しとなっている。
棚晒しにされた彼は、無為に時を過ごす他に術はなく、それが珍品蒐集という偏愛に走らせた。異国と交易をするルキウスのもとには時として、聖人の腕や太古の賢者が使ったとされる杖など、真贋が定かではないものが入ってくる。これをフランツが欲したのである。
「クローチェが申しあげたとおり、フランツ様には王冠を買っていただきます」
「私はそんなもの望んではいない。客が欲しがらぬ商品を押し付けるというのは商道から外れるのではないか?」
フランツにはどこか影がある。それは自身の未来に対する絶望が根底にある。底に足がついている彼にとって絶望は常に側にあったものであり、恐れることはないのである。ただ、彼に恐れがあるとすれば、いままで絶望を住処としていた彼の環境が一変することである。
「客が欲しがるからといって似合わない服を売る商人が正しいと言えますか。言えないでしょう。相手にとって何が一番良いものか選別して薦めることができることが良き商人というものです」
「私にはベルジカの王冠が似合うと?」
「ええ、お似合いになると思います」
「例え、王冠が似合っても衣がなければ裸の王だ。ルキウス、お前はいつから商人ではなく眼に見えない衣を売る詐欺師になった?」
フランツは大きな瞳でルキウスを睨んだ。二十という若さに反してフランツの挙動には老年さがある。ルキウスは、場違いにも彼を面白い、と思った。
「見えませんか? オルセオロとネウストリアという擦り切れそうな衣が。それに眼に見えぬ衣なんてフランツ様が好みそうな珍品ではありませんか?」
ルキウスは、諸侯という厚い王の衣の中で唯一、オルセオロとネウストリアという今にも擦り切れそうな衣だけがフランツの衣になると暗に言った。おそらく、王都に残っていたネウストリアの残党を彼の部下であるクローチェが密かに集めているのに違いない。そして、その掛け声は「フランツ王子を王としてのネウストリア大公の復権」であること思えば、フランツはもはや前に進むしか道がない自分を感じた。
「分かった。その衣と王冠を買おう。だが、正直者の子供だけは騙せないぞ」
「すべての子供が正直とは限りません」
ルキウスが笑うと、フランツも釣られて笑った。
「では、なるとしよう裸の王様に」
ルキウスとフランツの会談から四日後、王都トレヴェローヌでフランツが王位についたことが布告された。これを聞いた王都に住む人々の反応は薄かった。それにはいくつか理由はあったが、大きなものは次の二つである。
フランツという王子の名前を知る者が極端に少なかったのである。王城で二十年を無為に過ごしたこの貴人を知るのは、王宮に詳しい一部の者だけであり、その情報も先王が侍女に産ませた王子という本人の才幹と器量を示すものではなかった。
そして、何よりも大きかったのはフランツが、ルキウスという王都を占領した逆臣によって推戴された王ということである。住民は、フランツを傀儡の王だと見た。事実、彼はルキウスが王都を占拠したことを正当化するために利用されている。
逆臣の傀儡を歓呼で迎えるほど住民は馬鹿ではない。しかし、占領者の政策に反する声をあげる馬鹿正直者もいなかったのも事実であった。フランツが恐れた裸の王様に直言する子供はいなかったのである。
「分かっていたとは言え、住民は落ち着いたものだね」
「兄と叔父が王位を争っているときも同じでした。彼らにとって王は誰でもいいのかもしれません」
寂しそうにルフスリュスが呟く。彼の兄であるウェルセック王アルフレッドは叔父と王位を争い、内乱が生じた。アルフレッドは叔父やその他の王族すべてを処刑して王位を継いだ。今残っている王族はルキウスの隣にいるルフスリュスしかいない。
アルフレッドは、この内乱で王族というものに絶望した。そして、いまだに王位を狙うものがいるのではないか、と疑心暗鬼になっている。もし、民が「王はアルフレッドだ!」と叫び声をあげていれば彼は今ほど猜疑心に苛まれることはなかったのではないか、とルフスリュスは思う。
王は誰でも構わない、という民の反応が彼を怯えさせている。
「僕からはそうであってもらわなければ困るけれど、王からすれば恐ろしいことだ。さぁ、これでネウストリアの残党がどれくらい集まってくれるか」
「集まらなければ、ルキウスはどうしますか?」
ルキウスは少し首をかしげてしばらく悩むと、
「逃げるよ」
と、言った。そのあっけらかんとした回答にルフスリュスは笑った。それは子供がかくれんぼをするようなあまりに軽い調子だった。
「東に西へ忙しいことですね」
呆れたような調子でルフスリュスはルキウスを見た。王都制圧の際は、真っ青になっていた顔色もこの数日で元に戻っている。父と兄の仇といっても自分の手で人を殺したことは、この臆病者にいくらかの負担を与えているのではないか、と心配していた彼女にとってこれは良い兆候であった。
「忙しいことはいいことだよ。暇で閑古鳥が鳴いている店には客は来ない」
「客は来てもそれがすべて善い客だとは限らないのでは?」
「それはそうだ。だけど、悪い客が来るかもしれないからといって店を閉めていては善い客も来ない」
「選べない、というのは辛いですね」
そう言ったルフスリュスだったが、自分で選べないものなどごまんとあることに気づいた。親や性別など、考えれば選択できるものの方が少ないかもしれない。自分もこのベルジカには進んできたわけではない。兄の命令で来たのだ。ルフスリュスは今の台詞は、無意識に自分が自分に向けたものではないかと感じ驚いた。
「ルフス、選べないから面白いのかもしれない。僕は自分で選んだわけじゃないけど君に出会った……」
照れくさそうに言うルキウスにルフスリュスはあえて聞こえないふりをしてもう一度、聞き直した。
「ルキウス、いまなんといい……」
ルフスリュスの言葉は最後まで紡がれなかった。彼女の声を寸断するようにオズウェルの声が響いたからである。
「ルキウス殿! ルフスリュス様! アウグスタから使者が!」
「兄上の使者か? それともルートヴィヒか?」
「ガイウス様からなのですが……」
オズウェルは言いにくそうな顔をした。その顔は、ルキウスに最悪の事態を想像させた。
「アウグスタが落ちたのか?!」
「いえ、アウグスタは陥落していません」
「まさか、兄上が?」
「……ガイウス様が戦死なさいました」
オズウェルの報告にルキウスは言葉を失った。脳裏には「間に合わなかった」という言葉だけが響き渡る。崩れ落ちそうになる膝を支えたのは、まだアウグスタが陥落していない、という部分が引っかかったからである。
「……兄上の死んだ様子を詳しく知りたい。使者はまだいるのか?」
「謁見の間にて控えています」
「分かった。行こう」
短く言ったルキウスは走るような足取りで謁見の間へ向かう。ルフスリュスがオズウェルを見つめると、彼は首を左右に一回だけ振った。二人がルキウスを追いかけるように謁見の間にたどり着くと、ルキウスが既に使者と思われる老年の騎士と話していた。
「疲れているとは思うが、兄上の最後を教えてくれ!」
老年の騎士は強行軍で王都までたどり着いたのだろう、甲冑は血と泥にまみれている。
「はい、ルキウス様。ガイウス様は――」
ルキウスが王都を占領する一日前、ガイウスはルートビッヒから一枚の矢文を受け取っていた。その内容は、いたずらに同国人で血を流すのは国王として偲び難く(しのびがたく)、ここは古来の法に則り一騎打ちにて勝敗をつけたい、というものであった。
矢文を一読したガイウスは、
「馬鹿な!」
と、叫びこれを黙殺しようとした。
しかし、黙殺することはできなかった。矢文の最後に一騎打ちの相手の名前と容易ならざることが書かれていたからである。
「一騎打ちに応じない場合は、一騎打ちの相手であるアクィタニカ子爵を内通罪にて処刑する」
アクィタニカ子爵はガイウスの妻であるシンシアの父であり、ガイウスからは養父にあたる。開戦前に僅かな言葉を交わしたが王家に対する忠誠の篤い人物であり、いくら娘婿であっても反乱者であるガイウスに便宜を図るようなことはしない。
おそらく、実父であるオルセオロ侯爵マルクスと同じく罪を捏ち上げられたに違いない。このとき、ガイウスは一騎打ちを受けることを決めた。一騎打ちをしなければ、養父は殺される。しかし、一騎打ちの中でガイウスがアクィタニカを捕縛できれば、要塞都市アウグスタで保護することができる。それしか、アクィタニカの命を守る術はないのである。
とはいえ、アクィタニカは説得して捕まるような素直な人ではなく、王命を全うするために負けるとわかっても槍を振るうことを諦めないだろう。ガイウスは無骨な養父を持ったことに後悔しながらも、やはり好感を持たずにはいられなかった。
「これを王師に」
そう言ってガイウスは短い文を書くと若い兵士に手渡した。
若い兵士は矢にしっかりと手紙を結びつけると城壁から王師に向かって矢を弓なりに射った。風切り音とともに飛び出した矢は、敵陣の前に突き刺さった。それを発見した近衛の一人が、慌てて本陣に駆けていく。
――果たして、ルートヴィヒは約束を守るだろうか?
ガイウスにはルートヴィヒに対する不信感が根強く残っている。一騎打ちで勝てば領地の安堵と反逆を許す。負ければ無条件でアウグスタを明け渡し、投降せよ。と、いう条件であるが、冤罪で父と兄を処断したルートヴィヒである。ガイウスが勝利してもそれを認めるかどうか、ガイウスには分からなかった。
素直に考えれば、王の名のもとで行う一騎打ちである以上、王が約束を違えることができるはずがないのである。ましてや諸侯がそれを観戦すると思えばなおさらである。臣下の前で王が違約するほど恥ずべきこともない。
「すまないが、ひとつ頼まれてくれないか」
ガイウスは近くにいた老騎士に声をかける。
「ガイウス様、なんでしょうか?」
「もし、俺に何かあれば敵陣を抜けてルキウスの元に行って、降伏なり逃げるなりして命をつなげ、と伝えてくれ」
老騎士は驚いた顔でガイウスを見た。それはガイウスが部下に泣き言を漏らさない人物であると知っているからである。
「不吉なことを申される……」
「いや、もしものとき、だ。一騎打ちで俺が遅れを取るとは思ってはいない」
ガイウスはこの後ろに続く言葉を言わなかった。「だが、ルートヴィヒがなにか仕掛けるかもしれない」この言葉を言わないのは、反乱しているといえ自国の王がそこまで卑劣ではない、と思いたいからである。
「……分かりました」
老騎士は何か言いたそうだったが、簡単な承諾を述べるにとどまった。
「すまんな」
ガイウスは、小さく老騎士に詫びた。
一騎打ちは、翌日の太陽が中天にかかろうというときだった。
「ガイウス、手加減はいらぬ。わしもお主を殺す気でいる。手など抜きおったらただでは置かぬぞ!」
「舅殿。いえ、アクィタニカ子爵。一騎打ちなれば真剣勝負。手など抜きません!」
アウグスタの城門前で対峙する二人は、騎乗で口上を述べる。
ガイウスは黒鉄の甲冑に栗毛の馬に騎乗する。その姿は若々しく生気に満ちている。アクィタニカは白銀の軽鎧に槍を構え、白馬に跨っている。弱兵には見えないが、ガイウスと比べると一頭劣るように見える。事実、年齢差をなくしても二人の技量には頭一つ分の差がある。
にらみ合う二人を眺めるように諸侯が離れた位置に整列している。それとは別にルートヴィヒとシャルルが率いる近衛の一隊が、アクィタニカの後方に陣取る。諸侯の陣列と比べ、ガイウスとアクィタニカに近い位置にあるのは観戦しやすさを求めたためだろう。
ガイウスはアウグスタの城門を背にしている。城壁の上では彼の部下たちが、騎打ちに臨むガイウスを固唾を呑んで見つめている。彼らの手には弓が握られ、何かあればすぐに彼らの上司を守るつまりでいる。そのなかにガイウスの妻であるシンシアの姿もあった。
昨夜、ガイウスは素直にシンシアに養父と一騎打ちをすることを伝えた。
「ガイウス。必ず勝ちなさい」
「おい、俺はお前の父と戦うのだぞ。もう少し父の心配をしたらどうだ?」
勝てと断言するシンシアにガイウスは驚いた。父と仲の良いシンシアが今回の一騎打ちを聞けば、嘆き悲しむと思っていたガイウスは機先を取られ思いだった。
「父の心配をしてもあなたの心配をしてもどちらかが死ぬというのなら、夫を応援するのが妻というものです。それともあなたは父の応援をして、あなたに死ね、という妻がお好みですか?」
怒ったようにシンシアが語気を強める。
「いや、そんなつもりはない。ただ、二人ともが助かるように祈るとかだな……」
「二兎を追う者は一兎をも得ず、といいます」
そう言うと、シンシアは堰を切ったように涙を流した。ガイウスはシンシアの頭を撫でて「分かった」と言った。そのシンシアが城壁の上にいる。どちらが倒れるとしても彼女は目をそらす気になれない。
「では、始めようか。ガイウス」
「アクィタニカ子爵……」
どっと二人を乗せた馬が走り始める。二人が持った槍が水平に構えられ、ぶつかり合う。すれ違いざまに放たれた槍は、アクィタニカの兜の一部を破壊した。うっすらとアクィタニカの頭部から血が滴る。ガイウスには怪我はない。城壁からは歓声が上がり、諸侯や近衛の陣列からは僅かなため息が漏れた。
「やるな、ガイウス。だが、ここからだ」
「……」
沈黙を保ったままガイウスは、次の対峙に向けて馬首を翻す。本来ならば一合でアクィタニカを地に落としたかったガイウスであったが、思いのほかアクィタニカの突きが鋭く、狙いが外れた。老いてなお盛んな養父にガイウスは賞賛を送ると同時に困ったことだと頭を抱えた。
アクィタニカを捕縛するためには、彼を騎馬から叩き落とすしかない。だが、アクィタニカはガイウスが思っている以上に前に出てくるために槍でなぎ払うこともできない。このような激突が十合続くと、どちらの陣営ともなく拍手が聞こえる。全力を込めて戦う二人に敬意を評しているのだ。
そんななか苛立ちを隠さない人物がいた。ルートヴィヒである。
「何をしておるのだ。アクィタニカは! あともうひと押しではないか?!」
「我が王よ。あれはガイウスが手を抜いているのです」
シャルルは二人の槍捌きから、妙にガイウスの動きが鈍いことに気づいていた。突き刺すことで最大の効果を発揮する槍を左右になぎ払おうとしている。シャルルの目にはそう映った。
「もしや、ガイウスはアクィタニカ子爵を捕らえる気ではありますまいか?」
「なんだと! そんなことしてどうする?」
「ガイウスはこの期に及んでも妻の父を殺す気になれないのでしょう。私ならば、そんなことをしないのですが、ガイウスはそうではないということでしょう。アウグスタをよく守っていると思っていただけに残念です」
シャルルは武人として感想を述べた。倒せる敵を倒さないのは甘さだと、シャルルは思う。敵を倒さなければこちらがやられるのである。ならば、正しい正しくないなど考えずに最善の手を使うべきなのだ。
そのため、シャルルは諸侯さえも攻城兵器だと割り切っている。だが、その中に同じ諸侯である自分は入っていない。
「まさか、アクィタニカもそれに乗ろうとしておるのではないか?」
「それは、十分に考えられることです。どうでしょう。ここは二人まとめて……」
シャルルの言を入れたルートヴィヒは、近衛に命令を下した。近衛の一人は「それは……あまりに」と言った。シャルルは自らの槍の石突で反論を述べた近衛の鳩尾を激しく突いた。近衛が泡を吹いて気を失う。同僚の悲惨な姿を見た近衛達は、あわてて命令を実行した。
それは、一騎打ちが始まって十四合目になろうかというときだった。
近衛の一隊がおもむろに石弓を構えると、二人に向かって矢を放ったのである。城壁にいた守兵も諸侯も絶望に近い声を上げた。自分たちの主人が、自分たちと同じ諸侯が射たれたのである。一瞬のことであった。
二人は何千本という矢に射たれて死んだ。即死だった。
これに勝ち誇った声を上げたのはルートヴィヒだった。
「示し合せて戦うなど、騎士のやることではない。ゆえに二人をわしが裁いた。一騎打ちは真剣勝負であり、いかなる不正も許さぬ!」
この場違いな発言に答えたのは、シンシアであった。彼女は城壁の上で嘆き悲しむ兵の一人から弓を奪い取ると、ルートヴィヒに向かって放った。この一矢は、シャルルによって防がれた。
ルートヴィヒを守るように騎馬を進めたシャルルは大盾を構えた。大盾に続けて三本の矢が突き刺さる。守兵が次々に矢を放ち出したのである。
「ルートヴィヒ! このアウグスタが欲しければ取りに来るが良い!」
「この卑怯者!」
「ガイウス様の仇だ!」
アウグスタの兵は口々に罵り声をあげた。その中で一人、兵士に抑えられている者がいた。はじめに弓を射ったシンシアである。
「城門をあけよ! ガイウスと父上の仇を討つ!」
「奥様、落ち着いてください!」
老騎士はシンシアの腰を掴んで彼女の前進を妨げるが、なかなか止められない。怒りにまかせて手を振るうせいで老騎士は顔と言わず、全身を殴られた。数人の騎士が応援にかけつけてようやく、彼女は止められた。
「離せ! 貴様らもガイウスの騎士であろう! 悔しくないのか! あの卑劣漢を討つのだ!」
「討ちたいです! ですがいま、奥様が囚われたりすれば本当にこのアウグスタは陥落します! 何卒ご自重ください」
叫ぶように老騎士が言うと、シンシアから力が抜けていく。地面にへたり込むと彼女は泣いた。それから、アウグスタの攻城戦は泥沼化している。守る側が死兵と化している一方で、王師はその動きを鈍化させている。ルートヴィヒに対する諸侯の不満がアクィタニカ子爵の死によって表面化したためだ。
「――これがガイウス様の最後です。ルキウス様が次代のオルセオロ侯爵です」
老騎士は感情を押さえ込むように淡々と述べた。ルキウスは言った。
「……わかった。次は僕がオルセオロ侯爵の名を継ごう。そして、これでふりだしには戻れなくなった。死んだ者は生き返らない。」
それは叫ぶような声ではなかった。だが、ひどくはっきりした声であった。




