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第十六話 忠誠の所在

「王よ、このような狂気に満ちた攻撃が、真の忠誠だとお思いか?」


 泥と返り血に汚れた甲冑を脱がず、アクィタニカ子爵は王であるルートヴィヒのいる本陣に入った。諸侯が王の剣となり、敵に穴を穿つのは当然の行為である。そのために、兵が傷つくのも認めよう。しかし、ルートヴィヒは諸侯を矢で恫喝した。それは、王に忠誠を誓い、戦うことを決めた諸侯にとって屈辱以外なにものでもなかった。


「王は我らを信用していないのか!」

「なぜ、我らが近衛に矢を射られる。前哨での失敗はやつらのせいであろう」

「我が兵が、王によって殺された。我が兵に何の罪があったというのか!」


 アウグスタの城壁にとりついた諸侯は口々にルートヴィヒへの不満を叫びながら、懸命に戦った。相手はベルジカでも有数の堅城であり、そこに篭る兵はオルセオロ侯爵が鍛え抜いた猛者である。前門の虎後門の狼に囲まれた形になった諸侯はそれでも健闘した。


 味方の屍を越え、蛮勇とでも言うべき果敢さで城壁を登った。攻城兵器と呼ばれる破城槌や雲梯は、先だっての戦闘で破壊されている。そのため、諸侯は丸太を必死で運び、城門に打ち付けるしかなかった。城壁からは矢が絶え間なく発射される。城壁に丸太を打ち付ける兵は集中的に狙われ、誰かが倒れるたびに新しい兵がそれを受け継いだ。


 早朝から始まった戦闘は、翌朝になるまで終わらなかった。


 だが、それでも城門を打ち破ることはできなかった。僅かな破損を与えられたに過ぎない。敵に与えた被害に比べ自分たちの被害はどうか。諸侯は半分になった手勢をみた。誰もが大なり小なりに怪我を負っている。死んだ者も多い。


 アウグスタの方もかなりの兵が死んだに違いない。だが、彼らの死者の中に味方から射掛けられた者はいただろうか。いや、いないだろう。城壁を守りきったことに湧くアウグスタを尻目に、諸侯はルートヴィヒの罵声に晒された。


「敵の倍以上の戦力でありながら、なぜ攻めきれない。貴様らは余よりもオルセオロに忠誠を誓い。形ばかりの攻勢を演じているのではないか?」


 幾人かの諸侯が、ルートヴィヒを睨みつける。そんななかで発せられたアクィタニカ子爵のこの発言は諸侯すべての声だといっていい。


「狂気だと? アクィタニカよ、貴様らが真面目に不忠者のガイウスが篭るアウグスタを攻めてくれれば、余も矢を無駄にせずに済むのだ。すべては貴様らの身から出た錆だということがわからぬか?」


「そうだ、アクィタニカ子爵。貴公は王に諫言を呈する前に自身が果たすべき役目を果たされよ!」


 ルートヴィヒとシャルルはアクィタニカに対して冷ややかな視線をおくった。


「我らの攻撃に怠慢があるとおっしゃいますか?」

「いかにも、いまだにアウグスタが陥落しないのがその証左しょうさであろう」

「王よ。この度のアウグスタ攻めはすべて準備不足が原因なのです。短い期間で集められた軍には十分な攻城兵器もありません。わずかにあった兵器も先の戦闘で失われています。これ以上、策もなくアウグスタを攻めるのは兵力の浪費が多すぎます。一度、退いて軍の再編と攻城戦の準備をしてからでも遅くはありますまい」


 アクィタニカはルートヴィヒをじっと見つめた。諸侯はそれをただ黙って眺めていた。


「ならぬ。ならぬ。アウグスタを陥落させるまで親征は続けるのだ。それに貴様は攻城兵器がないと申すが、余には見えるぞ。攻城兵器ならあるではないか」

「あると申されるのですか?」


 諸侯は驚いた。もしかすると、ルートヴィヒは攻城兵器をご手詰めで用意しているのかと期待したからだ。しかし、その期待はルートヴィヒの発言によって無残にも打ち砕かれる。


「ある。貴様らだ。真に余に忠誠を誓うというのなら水火も辞せず城門を破れ」


 ルートヴィヒにとって諸侯はいわば攻城兵器なのである。道具は壊れるものであり、それを心配するという気持ちはないのである。道具はいくらでも作ればいいのである。


「王よ! 今の発言、ご再考を!」


 アクィタニカが声を荒げる。彼の後ろに立つ諸侯たちも怒気を浮かべる。


「そういえば……」


 何かを思い出しかのようにシャルルがルートヴィヒに耳打ちをする。それを聞いた彼は眼を細めてアクィタニカを見た。


「アクィタニカ、貴様の娘はアウグスタに篭るガイウスに嫁いでおるそうだな?」

「……左様です。ですが、娘のことに関係なく、私は王に忠誠を誓った身です。この戦いの結果として、娘が死のうとも構わない気持ちで参戦しております」

「特賞な心がけだ。だが、口では何とでも言える。アクィタニカよ。明日、貴様はガイウスに挑戦せよ。一騎打ちにて勝敗をつけようとな。攻城戦では勝ち目がないと貴様が申したのだ。責任を取れ」


 ルートヴィヒは諸侯に解散を命じる。


 一騎打ちを命じられたアクィタニカは呆然と立ち尽くした。ガイウスは非凡ではないもののアクィタニカよりも若く、武人としての器量がある。それに対して、アクィタニカは六十にさしかかる年齢であり、若いガイウスに勝てるような武芸者でもない。


 これが一騎打ちにかこつけた処刑命令だと、諸侯の誰もが気づいたがそれを制止するもはいなかった。これまでは、王からの悪意は、大貴族であるネウストリア大公とオルセオロ侯爵がすべての受け止めてくれていた。しかし、これからはそうではないのだ。


 諸侯はこの時初めて気づいた。自分たちの前にあった巨大な城壁は既に失われたのだと。




「どこをどう切り詰めても兵力が足りないな」


 アウグスタ攻略戦が兄であるガイウスに有利に運んでいる頃、ルキウスはベネトの執務室で頭を抱えていた。ベネト海戦でネンシス子爵を打ち破ったルキウスであったが、旗下の兵力は千を僅かに超え程度であり大軍を有してはいない。


 ベネトは、人口二万人程度の港町である。

市民を徴兵することも不可能ではないが、王に反旗を翻しているいま強引な手を使うのは得策ではない。市民に無理強いをすれば、いまはルキウスに好意的な市民であってもいつ王の側につくかわからない。兵よりも市民の方が圧倒的に多く、旗下の兵もベネトの市民がほとんどである。一度、見放されればそこで終わってしまう。


「最低でもあと二百は兵力が欲しい」


 海を渡ったウェスクリフにいるセスティエーレにも商館で傭兵を雇いベネトに送って欲しいと依頼をしているが、募集と輸送で時間がかかるため期待はほぼできない。かと言ってベネトの商館の金はそのほとんどを水兵と傭兵の賃金にしてしまったため、あとはわずかしか残っていない。


「ルキウス、随分とお困りのようですね」


 ルキウスは机に向けていた顔を上げた。そこにはルフスが立っていた。ネンシス子爵の軍を退けたあとベネトの周囲に敵の影はない。そのような小康状態からかルフスは、武装を解除して青地のブリオーを身につけている。金色の髪に青色が映えている。


「倒産寸前で人件費がでないのです。誰かさんの乗船賃をもっと高額にしておくべきだった、と悔いているところです」

「あら、法外な値段の渡し賃をさらに高額にしようなんて強欲には際限がありませんね。神がおいでなら欲を咎められますよ」


 両手を胸の前に合わせてルフスリュスが微笑む。実際、彼女の乗船料が二倍であってもいまの状態に変わりはない。だが、先立つものがなければ戦うことはできない。


「神に咎められる前に、傭兵に払う給金が止まって咎められそうだけど。どこか格安で働いてくれる兵はいないものかな?」

「安物買いの銭失い、といいます。安かろう悪かろうでは話にならないのでは?」


 せっかく雇いいれた兵でも、一戦する前に逃げ出すのでは金を出した意味がない。こういう時にガイウスのように子飼いの兵力がいれば、と思うがこのような状況になっては後悔先立たずというものである。


「二百でいいのだ。僕が兄の救援に行くあいだ、ベネトに兵が残っているように見せるだけの人数でいい」


 目の前でぼやくルキウスを見ながらルフスリュスはパン、と軽い音を立てて両の手を叩いた。ルキウスは何事かと思い彼女を見つめる。ルフスリュスが満面の笑みを浮かべて言った。


「二百でいいなら心当たりがあります」

「それは格安で働いてくれるのですか?」

「ええ、きっと無償で働いてくれるでしょう」

「勤務態度は良好でしょうか? 逃げたり、暴れたりしませんか?」

「もう、あとがない方ですから真面目に働くでしょう」


 都合の良すぎる内容である。自信げに語るルフスリュスにルキウスは首をかしげる。そんな都合のいい兵力があるならもっと前に自分も気づきそうだが、気づかなかった。もしかするとウェルセックから援軍が来るのか。


「それは一体どこにいるのですか?」

「この街にいますよ」

「……この街に?」


 この街にそんな兵力はいないはずである。ルキウスにはさらに首をかしげた。


「分かりませんか?」


 悪戯な瞳でルフスリュスがルキウスを見つめる。ルキウスはこういうルフスリュスの瞳が好きだった。だが、瞳の中に回答があるわけではない。ルキウスはあっさりと白旗をあげた。


「降参です。分かりません。この街のどこにもそんな好条件の兵力があるとは思えない」

「では、私と一緒に来てもらえますか? その人たちに会いに行きましょう」


 ルフスリュスはルキウスの手を取った。柔らかく暖かい手が触れる。

 彼女に引っ張られるままルキウスがたどり着いたのは、ベネトの端に作られた監獄だった。ここに来てルキウスはそれが誰かを理解した。監獄の中はひんやりとしていた。監獄の一番奥にその人物はいた。ウェルセック王アルフレッドに背き、ルフスリュスを王に仕立て上げようとした男マーチン男爵オズウェルである。


「久しぶりね。オズウェル」


 ルフスリュスが声をかけるとオズウェルは、不機嫌そうな声でそれに応じた。


「ついにウェルセックに送り返される日がきましたか」


 監禁生活のあいだ、髭を剃れなかったのかオズウェルの口周りは無精髭が伸びている。それでも眼光は鋭く、気力まで失っているようには見えない。もし、この男を無事に釈放すれば再び、アルフレッドに反旗を翻すに違いない。


「残念。ウェルセック行きの船は当面出る予定がないの。ですが、今回はいい話を持ってきました」

「いい話? ついに王に逆らい王国を救う決意をされたのですか?」

「違います。今日はあなたを勧誘しに来ました。ここにいるオルセオロ侯爵の末子であるルキウスが、あなたの罪を免じる代わりに兵役につけと言っています。これはあなたの部下も同様です。処刑されるためにウェルセックに送り返すというのは偲び難いと思ったルキウスの温情です」


 ルフスリュスはルキウスを指差して言う。

オズウェルはちらり、と彼を一瞥した。


「断ります。王女、私は腐ってもウェルセックの貴族です。王に逆らうのもウェルセックのため。それが命欲しさにベルジカの貴族の下につくなどできません。そんなことをするならとっととウェルセックに送り返されて処刑される方がましです」

「それはあなたの部下も同じ考えでしょうか?」


 他の房に捉えられているオズウェルの部下たちにもこの会話は聞こえていた。彼らもウェルセックに送還されれば何らかの罪が待っている。禁固刑か労働刑か。最悪、死刑ということもある。オズウェルに率いられていたとは言え、彼らも王に逆らったということでは同じなのである。


「王女殿下の勧めに乗りましょう!」

「オズウェル様!」

「生きていればなんとかなります!」


 部下たちは口々にオズウェルに翻意を勧める。


「お前ら、黙れ!」


 オズウェルの声が房に響き渡る。騒いでいた男たちがおとなしくなる。

 

「オズウェル卿、つまりあなたは僕の下には付きたくない、ということですよね。もし、それがルフスリュスの下ならつきますか?」


 ルキウスはオズウェルに尋ねた。彼はそっぽを向いて考え込む。


「……それならいい。だが、王女の名に従うのであってお前の旗下に入るわけではない」

「では、オズウェル。私に忠誠を誓いなさい。あなたもあなたの部下も私の配下にします。私の直臣となれば兄上も少しは気を使うでしょう」


 ルフスリュスはほっと息を付くように言った。これで、旧オズウェル艦隊に所属していた残兵約二百人がルフスリュスの旗下に入った。いずれも操船や海上戦に優れたものである。傭兵は陸上戦では役に立つが海上戦には不慣れであった。それが一気に改善されるのである。


「王女、私は決して諦めませんよ。ウェルセックの未来はあの王の元にはありません」


「オズウェル……。それは全てが終わったあとに聞きましょう。ですが、私の答えは何があろうと否です。そのことを覚えて私に仕えなさい。あなたのため、あなたの部下のために」


 ルフスリュスは厳しい口調でオズウェルに言い含めると彼を牢から解き放った。


「さぁ、これで兄上の救援に行けるだろう」


 ルキウスはガイウスの言いつけに背こうとしていた。それはガイウスもルートヴィヒも誰もが想像しない方法であった。


残り四話の予定です。オズウェルを覚えている方がいるといいなぁ、と思いつつ。次回は通常通りの土曜日更新です。


10/18になります。


次回もよろしくお願いいたします。


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