プロローグ
――これが反旗を翻した者が観る風景か。
眼下では無数の王旗が掲げられ、その合間をおびただしい数の騎馬と歩兵が慌ただしく走り回っている。この全てが敵なのだと思うと、青年は足が震えそうになった。
城壁の外の光景を写すその瞳は灰色で、その顔にはわずかばかり幼さが残っている。しかし、彼がいま行っていることは幼さとは無縁である。王への反逆。そして、王都の占領。
そのどれもが彼――ルキウス・オルセオロの罪である。
「ルートヴィヒ王よ、僕の些細な願いを叶えてもらえますか?」
ルキウスは城壁の外に広がる王軍に向かい声をあげた。その声に一人の男が呼応する。王と呼ばれた男の名は、ルートヴィヒ・ベルジカという。深い焦げ茶色の髪に淡い青色の瞳をしている。顔も躰つきも偉丈夫と言ってよい。彼はルキウスの問いに呆れたように応えた。
「王都を占領し、人民を盾にして行う要求が些細なこととは恐れ入る。逆臣とは、どこまでも厚顔無恥になれるものだな」
「王が行ったことと比べれば、私の面の厚さなど薄いものです」
王都を囲む城壁の上から城外の王に語りかけるルキウスは本来ならば、王に拝謁することもできないオルセオロ侯爵家の三男だった。しかし、侯爵である父と嫡子であった兄を悉く(ことごとく)失ったために家名を継ぐことになった。
そして、その原因を作ったのが、彼の主君であるベルジカ王国第九代国王ルートヴィヒであった。
「余が恥知らずだと申すか! 余の忠実な家臣を殺し、王都を奪い。なにをいう」
ルートヴィヒは、垂れた三白眼をルキウスに向けると、怒りを露わにした。自分の不在を狙い王都を掠め取った小僧に恥知らず、と言われて許せるほど彼の心根は優しくはない。王権の拡大をはかる彼にとって臣下が王と対等に話そうとすることからして不愉快なのである。
「王は、その忠臣の讒言を間に受けて罪もない父と兄を誅殺し、私たちの領地を攻められました。それに対して、私は父兄の仇として王の忠臣を討ち、領地の代わりに王都を奪ったに過ぎません」
「余と貴様は同じだというか。余と貴様では格が違うのだ。身分をわきまえろ!」
「そうですね。私と王では身分が違う。それは純然たる事実です。ただの侯爵家の三男が何をいっても王には届かないでしょう。ですので、私は反旗を掲げたのです。逆臣ならば大声で王の非違を叫ぶことが許されましょう」
ルキウスは幼さの残る顔立ちに似合わない冷笑をもって、憤怒の炎に対した。後世、逆臣ルキウスと呼ばれることになる。オルセオロ侯爵ルキウスは、なぜ王に反逆することになったのか、それはこの対峙からふた月ほど遡たベネトの港町から始まる。