プロローグ
ー・・・どうしてこうなった。俺は今の今まで、いつもどおりの生活をしていた筈だ。
いつもどおり起きて、いつもどおり高校に行き、いつもどおり帰宅していた筈だ。それでも、今俺の目の前には、非日常が広がっている。これはどういうことだ。
俺の隣に当たり前のように控える、俺を『閣下』と呼ぶ女性,そして俺達を取り囲む、武装した・・・何やらファンタジーな男?達。そして、俺達が今居る、この、奇怪としか言いようがない部屋。
今一度、俺自身に問う。
ー・・・どうして、こうなったんだ?
俺はその日の朝、いつもどおり6時きっかりに起きた。習慣となっている朝ごはん作りを終え、自分の分を確保すると、パジャマのまま食べ。食事を終えれば制服に着替える。それが終われば時刻は6時40分頃。まだ寝ぼけ眼のまま、妹・『海星・麻耶』(かいせい・まや)が起床してくる。妹は13歳。俺が通う、青京学院の中等部1年だ。青京学院は、中学と高校が同じ学院内にあり、中学3年間が終われば、そのまま高等部に上がることとなる。感動の卒業式は、6年間学院で過ごすとようやく行われる、ということだ。6年間も同じところに居れば、愛着なども沸いてくるのだろう。毎年その時期になると、卒業生達は必ずといっていいくらい、号泣して卒業してゆく。それはもう、男子も女子も、一生分の涙を使い果たすのではないかと思えるくらいのものだ。だが、恐らく俺は泣くことはないだろう。せいぜい、あぁ、この学院をようやく抜けるのか、と思うくらいだと思う。学年によってすることは変化するだろうが、その生き方の中には平凡以外何者も存在しない。本当に、つまらないものだ、と我ながら思う。
「お兄ちゃん、ココアはー?」
「おぅ、そこに置いてあるから、好きなだけ作っとけ。俺はもう学校行くから」
青色の、自分専用の歯ブラシを動かしながら、麻耶にココアの場所を指し示すと、彼女はその、袋状の入れ物に入れられたココアから、もう、そんだけ入れたらもう砂糖そのまま食ってるようなもんだろ。というくらいがばっ、とスプーンで掬い取ると、それをコップに入れる。そして、それを二回繰り返した。
「お前・・・その年で糖尿病になりたいのか?いくらなんでも入れすぎだろうが」
「えー?普通だよ、だって友達もこの前これくらい入れてたし。」
前、ちょっとカフェ行った時にさー、と続ける彼女に、食べながらしゃべんな、と注意しながらも、俺は彼女の行く末が猛烈に心配になった。今はどれだけ食べても何故か全く太らず、それどころか学年で一番やせ気味らしい。俺と同じで、生まれつき茶髪に染まった長い髪の毛は、ストレートに伸びており、自分の妹ながら、あなたはどこぞのモデルですか?というくらいの美人だと思う。今着ているピンクのパジャマも、一切の飾りつけが無いというのに、彼女のおかげでそこそこブランドのもののように見えてくる。
それに比べて俺は、普通の一般人の基本形のような姿形で、Tシャツにネクタイといういでたちをしてみれば、もはやサラリーマンにしか見えないと思う。それでも、学院の女子達は、何を考えているのか、執拗に話しかけてくるのだが、何が良いのか、当人である俺が一番分からない。
「あ、あ、お兄ちゃん、ちょっと待ってて。わたしも一緒に行くよ。」
「んぁ?でも俺、もう出るだけなんだけど・・・つーか、母さんのとこ行くから、遅くなると思うぞ?」
「あぁー・・・なら、わたしも行くよ。先生には入学の時言っておいたから、いまさらそのせいで遅刻しても叱られないよ。」
「・・・そっか。それもそうだな。じゃ、早く準備しろよー」
「もう食べ終わったよ。後は歯磨きしてメイクして・・・」
「メイクはいいから。」
「えー?すっぴんは嫌だよー!?」
ばたばたと準備を始める妹を横目に、俺は洗濯物を干していた。家事全般は俺が受け持っているので、帰宅後は取り込んで、夕ご飯の準備、たまに生活費を稼ぐため、空いた時間にバイト。帰ってきたら風呂を沸かして・・・と、一連の行動をしなければならない。いつかは忘れたが、突然麻耶が、食事の担当を任せて欲しいと言い出したことがあるが、その日、俺達は地獄を見ることとなった。以来、食事も俺が担当することとなり、今ではこの忙しい毎日にも慣れてきた。
幼い頃に父は交通事故で死亡。その時母親の腹の中にいた麻耶が知る由も無いが、その日から言い寄ってきた男は数知れず。それでも、母さんは、自分の夫は、亡くなったあの人だけだ。と、全てを払いのけていた。そして、そのせいで貧乏生活を送ることとなった俺に、あの人は毎日のように謝っていた。
そんな生活を送っていたせいか、彼女は麻耶を生んですぐ、病によって入院することとなった。当時、俺は9歳、麻耶は4歳。当然何を出来るでもなく、俺達は児童院に預けられた。俺は9歳ということもあり、母親の顔はうっすらであるが、覚えている。だが、4歳で預けられた麻耶は、恐らく覚えていないだろう。俺が高校に行けたのは、母親の貯金と、年齢を偽って稼いだバイト代の賜物だ。これまで、病院に行く余裕も無かったので、麻耶が母さんと会うのは、これが始めてのこととなった。