傍観
彼はいつもいじめられていた。
僕は僕の場所でいつもそれを見ていた。
教室の中、後ろの方、それが彼がいじめられる場所。
教室の窓側、後ろの隅、それが僕の場所。
いつからのいじめだろうか。
よくわからないが、いつのまにか彼はいじめられていた。
理由も詳しくはわからない。
彼の容姿は普通。
身長も平均的。
太っているわけでも痩せすぎてるわけでもない。
性格は快活な方……だった。
僕には彼がいじめられている理由がわからない。
僕はただ見ているだけ。
彼に向けられて発せられる言葉は、きもい、うざい、しね、そんなのばかり。
彼がなにかをするたびにそんな言葉が発せられる。
別に変な事をしているわけではない。
ただ、彼がなにか行動するたびに、きもい、うざい、しね。
僕はただ見ているだけ。
たまに、彼は色々な呼ばれ方をしていた。
時には財布。
彼は誰かに金を出せ、と言われ、脅えながら金を出した。
時にはサンドバック。
彼は誰かにストレス解消だ、と言われ、意味もなく殴られた。
僕はただ見ているだけ。
何日か過ぎ、彼へのいじめが止まった。
彼がなにかしても、きもい、うざい、しね、とは言われなくなった。
誰も彼に反応しなくなった。
彼が転ぼうと、泣こうと、階段からころげ落ちようと、誰も彼に何も言わない。
誰も彼に何もしない。
誰も彼を見ない。
時々、クスクスと誰かが笑う声がするだけ。
僕はただ、見ているだけ。
また何日か過ぎ、僕は久しぶりに屋上に行ってみた。
少し嫌な思い出があるからこの頃は行かなかったけど、なぜか行きたくなった。
屋上に行くと、彼がいた。
誰かが落ちないように張られたフェンス、それに手を掛けている。
遠くから見ても分かるくらい、震えている。
フェンス側に顔を向けているから表情は分からないけど、きっと思いつめた表情をしているだろう。
彼は足をフェンスに掛け、乗り越えようとする。
「……駄目だ」
自然と、僕の口から言葉が出た。
彼はビクッとして、顔だけ振り向いた。
どうやら僕の声が聞こえたようだ。
だけどすぐに顔を戻し、フェンスを乗り越えようとした。
「死んだら駄目だ!!」
また、自然と口から言葉が出た。
彼はさっきより勢いよく振り向いた。
「死んだってなにも良いことなんてない!!死んだらもう楽しいことが出来ない!!待ってるものはなにもない!!」
「……うるさいっ!!」
彼はぎゅっと目をつむり、そう叫んだ。
「うるさいうるさいうるさい!!僕はもう疲れたんだ!!僕の気持ちも知らないで……誰だか知らないけどほっといてくれよ!!」
「ほっとけないよ!!」
昔の僕を見るようで。
「君にはまだ知らない幸せがある、君にはまだ知らない喜びがある、それを知る前に死ぬなんてもったいないよ」
僕も知らない幸せや喜びを。
「……でも、俺は死ななきゃいけない」
彼はそう言ってうつむく。
「……みんなが俺を否定する、みんなが俺をいないものとする、俺は生きてちゃいけないんだ……だから……!!」
「……生きろ」
「……え?」
彼は顔を上げた。
「君は死ぬ事を本当に望んじゃいない。なら生きろ、生きていってくれ。誰かなんか関係ない、君が生きたいと、本当は生きたいと望むなら……生きて、ほしい」
そんな死に方をしても、きっと後悔するだけだから。
……誰かさんのように。
彼はまたうつむき、なにかを考えている。
やがて、フェンスから離れ、僕に向かって歩いてくる。
ゆっくりと歩き、僕の前に来て、そして、僕の体を文字通り、すり抜け、出口に向かう。
……少し勘違いした。
彼は僕ではなく、出口に向かって歩いていた。
彼は出口の前で足を止めた。
「……ありがとう」
彼は静かに、そう言った。
彼はドアに手を掛け、ドアを開き、くぐり抜ける。
きっと彼の場所に戻るのだろう。
つらいつらい場所に。
けど、僕と同じ場所よりはずっと良い。
それに、もしかしたら、いや、きっとこれから……。
…………これから、これから僕はどうしようか。
そろそろ僕が居るべき本当の場所にいこうか。
それとも仮染めの場所でまだ彼を見ていようか。
それとも……………………。