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プロローグ

海面から光の柱が差している。太いの、細いの、何本も。

アーリアはそれらを数えようとして止めた。今は神妙にしていなければならない。

「まったく信じられない」

威嚇するような腹の底からの声を出した男人魚のハロルドは、視線だけで殺せます、くらいの冷めた目線でこちらを睨んだ。連動するように下半身の尾が海底の砂を払う。その横で申し訳なさそうに佇んでいるウミガメの親子が目をしばたかせた。

アーリアは黙って首をすくめる。まさか、ばれるとは思ってなかったのだ。こいつらが余計な事をしなければ。

「海流は危険だとあれほど言い聞かせておいたのに、帰れなくなったらどうするんです!」

「あら、そのスリルが楽しいのに」

うっかり言ってしまってから、アーリアは慌てて口に手を当てた。ハロルドのこめかみに筋が浮かんだ。

近づいてはいけない、と言い含められている東の海流で疑似ジェットコースターを満喫していたアーリアは、目の前にいるウミガメ親子に通報されて宮殿に連れ戻された。お目付役のハロルドは大層おかんむりでかれこれ三時間も説教を食らっている。まあ、怒られるのは毎日なのだけど。

「あのぅ、わしらはそろそろこれで……」

ウミガメ(大)が小さく手を上げた。タイミングを一生懸命見計らっていたらしい。

「ああ、お手柄だった。王も感謝されている事だろう。旅の無事を祈る」

一礼して下がったウミガメ親子だったが、ウミガメ(小)が振り返った。

「姫さん、姫さんの泳ぎ、すごかったね! おいらも大きくなったらあんな風に泳げる?」

「勿論よ。あんたはいつかこの海一番の泳ぎ手になるわ」

へへっとウミガメ(小)が笑った。うふふ、とアーリアも笑った。

そのまま何気なく彼らと一緒に去ろうとしたが、ハロルドに尾っぽを掴まれて未遂に終わった。

「駄目ですよ、姫さま」

「あああ~~……」

ウミガメ(小)が小さな手足を動かして泳いでゆく姿が遠ざかるのを、アーリアは涙を堪えて見送った。

「もう! あたしは無事だったんだからいいでしょ!」

ハロルドは両手でこめかみを揉んだ。

ぶんむくれて横を向いているアーリアは、海王ポセイドンの娘たちの中でも群を抜いて美しかった。海底の中でも燃えるように紅い髪は、見るものを誘惑するようにそよぐ。瞳は光を湛えて蒼く輝き、すらりとした白い肢体に豊満な胸が二片の貝殻に押し込められている。何より下半身を覆うエメラルド色の鱗は溜息を誘うほど美しい。

だが王と五人の姉姫たちが寄ってたかって甘やかした為、大層なお転婆娘に成長した。サメをけしかけて追いかけっこを楽しむ。イワシの群れに飛び込んで撹乱する。海面すれすれを泳いで漁師をからかう。そして逃げ足の早さは天下一品。

今もハロルドが頭を抱えている間にさっさと逃亡した。

「どこへ行かれるのです!?」

小さくなってゆく人魚姫に怒鳴ると、アーリアも怒鳴り返した。

「お姉さまたちに陸の話を聞きに行くの!」

それからくるっとターンして、嬉しそうにふんぞり返る。

「あたし、今日で16になるのよ!」


「陸にともる小さなあかりたちはとてもきれいで幻想的なのよ」

「きれいといえばお月さまよ。海中ここから見るよりくっきりしていて、辺りを暖かな光で包み込んでいるの」

海王ポセイドンの宮殿の一室。海草のカーテンに所々縁取られた真珠、珊瑚の絨毯、丸みを帯びた手触りの良い大石にそれぞれ思い通りに腰かけたり、寝そべったりして人魚姫たちはおしゃべりに興じていた。

アーリアはうっとりと姉姫たちの話に耳を傾けている。

「なんて素敵……」

「あなたは好奇心が本当に旺盛なんだから」

姉姫の一人がクスクス笑いながら、アーリアの赤毛を梳いた。

「でも、これだけは守りなさい。人間に関わっては駄目よ」

「そうそう、そんなことをすると、後でこわーい事になるんだから」

「はい、お姉さま方」

神妙にアーリアは頷く。

「人間には絶対に関わりません。それが海と陸の掟なのでしょう?」



月が静かに海原を照らす深夜。

アーリアははやる心を抑えつけて、海面を目指す。

そこに存在するもう一つの世界を垣間見る為に。





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