その2
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ジャンルかタイトルか新着だからか。何に興味が沸いて読んでいただけたのか機会があれば聞いてみたいところですが、ひとまずスリーピーの話、その2をどうぞ。
村のど真ん中でスリーピーが寝ているという。
30年ぶりにあの真っ赤で綺麗な鱗を見ることが出来た。これから毎日あれが拝める・・・
と、教えに来た近所の老オウルベアは陶然としている。
「 あ~・・・そうかぁ」
この知らせを、例によってテラスでのんびり日なたぼっこしながら聞いたマカは、納得したようにつぶやいた。
「 昨日ユタちゃんが山奥へ捨てに行くのを誰かが見てたら当然スリーピー戻ってくるわよねぇ」
さすがにマカもオウルベアである。
ユタが言いつけを守らずにこっそり持ち帰っただとかいう考えは全く浮かんでこない。
前向きなのんびり屋といったところであろうか。
特に気落ちすることなく、ペットを探しに行くその足でのんびりと、マカはスリーピーを見に行った。
老人に聞いた場所へ行くと、そこには既にユタも来ていた。
確かにスリーピーがその場に居た。見物客が20人ほど、オウルベアをぐるりと囲んでいる。
マカもその輪に加わってまずはスリーピーを確認するように全体を見つめた───が。
「 ??」
マカも、スリーピーを見上げるほかのオウルベア達も、頭に疑問符を浮かべていた。何か違和感がある。昨日と違う。
「 あ~、うん。息してないんだよこいつ。胸が上下しないんだ」
事情を知っているらしい中年のオウルベアが話しかけてきた。たしかロクロウという名前だったか。
あまり馴染みのない村人の指摘を受け、マカは改めて観察してみた。
同じように、輪をなしていた20人ほどのオウルベア達が、ロクロウの周りに自然と集まり同じように視線を巡らせ始めた。
たしかに、昨日見たままの姿のスリーピーだ・・・が、動きがまったく無い。
ゆっくり上下していた胸が今は固まっている。
肌の色や血色は変わっていない気がするけれども・・・?
「 死んでるの?」
今度はユタが無邪気に緑の毛に覆われた手をあげて質問した。
マカも同じことを聞きたかった。
胸が上下していない。すなわち呼吸してないというのに、このドラゴンは血色が良すぎる。胸の動き以外昨日と全く同じ姿に見える。
死んでいるとはとうてい思えなかった。
どちらにせよドラゴンという、獰猛な獣のイメージはなくなったため、見物客はさらに輪を縮め、ただのオブジェと化したスリーピーを調べ始めた。
ユタをはじめ子供達は大胆にもスリーピーの胸のあたりをばんばん叩いたりしている。
止めようかどうか迷い、はらはらしながらマカは助けを求めるように先ほどのオウルベア、ロクロウに目を向けた。
ロクロウは待ってましたとばかりににやりと笑って答えた。
「 死んでいる?ふむ・・・そうだとも言えるし、そうじゃないとも言えるんだなこれが」
その言葉にスリーピーをいじるのをやめ、皆が疑問符を浮かべる中、スリーピーの腹の下をまさぐりだす。
そのしぐさをぼーっと見つめていると、再びロクロウはにやりと笑った。
「 あった、ここだよーく見てろよ・・・よっと!」
掛け声と同時に、スリーピーの腹の一部の皮膚が強く引っ張られた。
「 !!ぇえ!?」
当然、伸びるとおもわれた皮膚は、そのまま手前にスライドした。
どう見ても生き物だったスリーピーの腹の中に、無機質な長方形の空間が見られ、中にはバネのようなものまであった。
「 これは、え何?スリーピーじゃないの?生きてるよね?いやでも生きてないの?」
すっかり混乱して、マカは口をぱくぱくさせるようにして要領の得ない質問を繰り返した。
集まってきていたオウルベア達も一様に取り乱して、目を白黒させている。
そんな群集をこれまたにやにやしながら眺めて
ロクロウはもったいぶるようにチョッキのポケットに手を入れた。
40個の目玉がまん丸に開かれ注目するなか、ゆっくりと取り出されたのはこぶし大の円筒形のものだった。
「 その窪みにこいつが入ってたんだ。2個な。どーもこれがスリーピー・・・かどうか分からないがコイツ、の胸を動かしていたらしい。
こいつを抜いたら動かなくなった」
ロクロウが出したのは電池であった。
彼らの村には、人間の街から持ち出してきたラジオや懐中電灯、時計などがあるが、実はそのほとんどが機能していない。
それがどんな機能があるかなどという事は全く気にせず、単なる飾り物として持ってくるからだ。
電池交換なんてするわけもない。
機械をいじくりまわしてその中身を見るなんて事をしないオウルベア達。
当然ロクロウが出した電池もそれが何なのか分からず、マカ含めてその場にいた全員が珍しそうに円筒形の物体を見つめた。
「 スリーピーを隅から隅までなでくりまわして、こいつを見つけたのがあのカリンでな。
カリンにはこれが何なのかすぐにピンときたらしい」
自分と同じオレンジ色をした、若いオウルベアを思い出しながらマカは話の続きを促した。
「 この広場へスリーピーを運んできたのカリンだったんだがな。
カリンはどうやら別のやつがスリーピーを運んでるのを見て追っかけて、別の場所に置いたのを村へ運び込んだらしい。
あいつがどこでスリーピーを見つけたか分かるか?」
「 !人間の街だ」
思わずユタとマカが同時に叫んだ。
群集に食い入るように見つめられ、演説するかのように気分よさそうに話していたロクロウは
話の腰を折られたように思ったのだろう、若干顔が不機嫌になった。
「 ・・・あぁ、そう。人間の街の近くで見つけたらしい」
今度は見物客の目がマカの方を向いた。どうやらこっちの方が詳しい話をしてくれそうだ。好奇の目がそう語っている。
群集の輪が次第に自分を中心にしはじめたのを感じ、マカはあわてて違う違うと手を振った。
「 カリンは!あいつは人間についてやたら詳しかったからな。そこでこれ、電池って言うらしいが、人間の道具らしい。カリンはこれを知ってたんだろう」
ロクロウが主導権を取り戻そうと必死になって声を大きくした。
見物客の目がロクロウに戻ったのを見て、マカがほっと息をついていると
ロクロウはまたしても気分よさげに言葉をつなげた。
ユタは目立ちたかったらしく、不満たらたらな顔でマカをちょっとにらんでから、口を挟んだ。
「 カリンの前に街でスリーピー見つけたの僕だよ」
どうやらユタはロクロウと顔見知りらしい。お前だったのか、と親しさをこめてロクロウが言う。
注目を自分ひとりに集めたいのだろう、ユタはスリーピーの前に立ちはだかりしゃべりだした。ただし自分も意味が分かっていないので話す相手は事情を知るロクロウだが。
「 スリーピーは危険を知らせる神様の使いだから、遠くの山まで運んで置いてきたんだ。
それをカリンが見てて村まで運んじゃったんだろうけど・・・
神様の使いが何で人間の道具で動いているの?」
またしても待ってましたとばかりにロクロウが得意げに口を開く。
「 要はこのスリーピー、人間が作ったニセモノって事さ。
どーやらどっかでオウルベアのおとぎ話を聞きつけた街の人間が作ったんだろ。
おとぎ話本来の意味ではスリーピーが見つかったらしばらく物を集めて回るのを控えなきゃいけないんだもんな。
物を持っていかれるのを嫌がる人間のやりそうな事さ。ユタは一番人間の街によく行ってたからな。
まんまと人間の仕掛けた罠に引っかかった・・・わけでもないか。喜んで持って帰ってきちゃうんだもんな
ま、騙されたには違いないんだがな」
冷笑しながらも、何故か自嘲気味にロクロウ。矢張り自分がユタの立場でも同じことをするんだろうなとでも思ったのだろう。
「 騙されたのか・・・。人間が、スリーピーを作ったのか・・・」
ユタがぶつぶつ言いながら、またスリーピーに近づいてぺたぺた触りだした。
他の見物客のほとんどは白けたように巨大な赤いオブジェから遠ざかっていき、興味深げに見ているのはユタだけになった。
残った者たちもデンチなる物に視点を変え、ロクロウの手の中をしげしげと見つめている。
マカはどっちに加わろうか一瞬迷ったが、少し異様な雰囲気を出しているユタが気になり、そちらに近づいた。
「 ユタちゃん・・・残念だったね?ホンモノのスリーピーじゃなくて」
しかし声をかけられたユタはスリーピーの皮膚をつつきながらずっとぶつぶつ何かをつぶやいている。
周りのオウルベア達がスリーピーの尻尾を引っ張ったりまぶたをこじ開けたりしているのも目に入らず、マカの存在にも気がついていないのかもしれない。
「 ・・・ユタちゃん?何考えてるの?」
またしてもマカには答えず、今度はユタは自分の顔とスリーピーの顔を手でぺたぺたと触って比べ始めた。
「 ・・・作り物・・・なのに生き物の手触り・・・全部作ったのか・・・それとも・・・四角い箱で・・・」
どうやらこの偽者のスリーピーがどうやって作られたのかが気になるらしい。ユタらしい好奇心だ。
(あらら~。スイッチ入っちゃったよユタちゃん。)
こうなると誰にも止められない。自分が全て納得するまでスリーピーをいじり倒すだろう。
マカはただ呆然とユタの調べが終わるのを見ていた。
あまりの集中力に、マカが声をかけられずにいるうちにまわりには誰もいなくなり
ユタがようやく動いたのは太陽が頭上をとうに過ぎたころだった。
「 あ、ユタちゃん?もう帰る?もし午後暇だったら・・・」
ユタは突然がばと身を起こし、マカが言葉をかける間もなく一目散に走り去っていった。
オウルベアとしては小型ではあるが、2メートルの巨体が全力で走り去っていくのだ。
すさまじい足音をたてながら、しかし異常なまでのスピードでユタの姿は見えなくなっていってしまった。
「 一緒に・・・犬でも・・・探しに・・・・・・・ハァ」
予想していた事ではあるけども。
「 あの方向は人間の街の方ね・・・。あ~ぁ、スイッチ入っちゃったユタちゃんが相手だと大変だぞー、人間達。
変なことにならなきゃいいけど・・・」
人間の街へ行くには山をひとつ越えなければならないが、彼の足ならあっという間だろう。
多少嫌な予感を覚えつつ、マカはしばらくの間立ち尽くし、ぼんやりとユタの走り去っていった方向を見つめていた。