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6話 完璧な令嬢の、殺伐とした外出計画

 朝の光が、ふんわりとレースのカーテン越しに差し込む。

 小鳥のさえずりと共に、わたしはパチリと目を開けた。


 おはよう、世界。

 おはよう、クソみたいなデスゲーム。


 今日も今日とて、わたしは「完璧な美少女」としてみんなにかわいいを届けよう。


「ん……ふぁ……」


 計算されたあくび。

 あどけなく目をこすりながら、ベッドの上でモゾモゾと動く。

 ふと、偶然鏡にうつったわたしをみて、あぁ、なんてアリスちゃんはかわいいんだろう、とか思う。

 すると、タイミングを見計らったかのように、控えめなノック音が響いた。


「おはようございます、アリスお嬢様」


 静かに入室してきたのは、専属メイドのセーラだ。

 彼女はベッドの上のわたしを見るなり、ほう、と頬を紅潮させてため息をつく。


「まあ……! なんて愛らしい寝起き姿なのでしょう。まるで天使が羽を休めているかのようですわね」


「おはよう、セーラ。えへへ、髪の毛ボサボサじゃないかな?」


「いいえ、いいえ! その無防備さがまた素晴らしいのです! さあ、お着替えをいたしましょう。今日は良いお天気ですよ」


 セーラの手際よい着替えが終わると、次はリビングでの「朝の儀式」だ。

 扉が開いた瞬間、待ち構えていた二つの影がわたしに殺到する。


「あああ! アリス! 私のかわいい天使、おはよう!」


「今日も世界一素敵よ、アリス! なんて愛おしいのかしら!」


 父様と母様だ。

 二人は左右から同時にわたしを抱きしめ、頬ずりをしてくる。

 甘い香水の匂いと、少し息苦しいくらいの体温。

 普通なら鬱陶しがるところかもしれないけれど、わたしはあえてその腕の中で、とろけるような笑顔を見せる。


「おはようございます、お父様、お母様! えへへ、わたしもギュウッってされるの大好きです!」


「んぐふっ……!」


「ああ、この子の笑顔のためなら、国の一つや二つ傾けてもいいわ……!」


 両親が悶絶している。

 うんうん、チョロい。実にチョロい。

 この屋敷内での「愛されポジション」を維持管理するのは、生存戦略の基本中の基本だ。

 彼らの愛情を確保しておくことで、わたしの衣食住と安全は盤石になるのだからね。


 それにまあ……悪い気はしないしね。

 前世ではあまり縁のなかった「家族の温もり」ってやつを、わたしは満更でもなく享受しながら、今日も完璧な一日をスタートさせる。


 ◆◇◆


 まずは、ダンスのレッスンから。

 広々としたホールに、優雅なワルツが流れる。


「ワン、ツー、スリー。……はい、ターンです!」


 講師の掛け声に合わせて、わたしは軽やかにステップを踏む。

 ドレスの裾が遠心力でふわわりと広がり、花が咲いたような美しい円を描く。

 重心移動、視線の残し方、指先の角度。すべてがミリ単位で制御された完璧なモーションだ。


 ふん、ちょろい。当たり判定のない弾幕避けゲーみたいなものよね。


 内心で毒づきながら、わたしは優雅に微笑んでみせる。

 講師の先生は、ハンカチで涙を拭いながら拍手喝采だ。


「素晴らしい……! 六歳にしてこの身のこなし、まさに妖精の再来ですわ!」


 続いては、刺繍の時間。

 わたしは絹の布に針を走らせる。

 迷いはない。わたしの脳内にはすでに完成図の設計図が展開されている。針を刺す座標、糸のテンション、配色のバランス。それらを機械的な精密さで処理していくだけの作業だ。


 チクチクチクチク……。

 はい、完成!


「で、できました」


「は、早すぎますアリス様!? ……って、なんと美しい! この複雑な薔薇のグラデーションを、こんな短時間で!?」


 刺繍の先生が腰を抜かさんばかりに驚いている。

 わたしは少しはにかんで、いけしゃあしゃあと言ってのけた。


「お花さんが、ここに咲きたいって言っている声が聞こえたんです」


「なんと……! 芸術の神に愛された申し子……!」


 そして最後は、座学。

 王国の歴史と経済学の講義だ。

 若い男性の家庭教師が、難解な貿易摩擦の歴史について説明している。

 普通なら子供が退屈で居眠りするような内容だが、わたしは一度聞いただけで、その因果関係を完全に理解した。


「つまり、先生。この戦争の本当の原因は、宗教対立ではなく、北方の塩の関税権を巡る利権争いだったのですね?」


 わたしの指摘に、先生は眼鏡をずり落とした。


「そ、その通りです……。大人が読む専門書にしか書かれていない本質を、今の説明だけで見抜くとは……神童だ、アリス様は間違いなく神童であらせられます!」


 次々と浴びせられる称賛の嵐。

 わたしは「えへへ」と可愛らしく笑いながら、冷静に自分のスペックを分析していた。


 ……うん。我ながら、完璧すぎる。


 鏡の中にいるのは、透き通るような髪をきらめかせ、宝石のような大きな瞳を輝かせる、極上の美少女。

 あどけない頬のラインも、華奢な肩も、計算し尽くされた可憐な角度で保たれている。

 ただそこにいるだけで周囲の人間を虜にする、凶悪なまでの「かわいさ」。


 加えて、この「地頭」の良さ。

 記憶を取り戻す前の幼少期から、わたしは何をやらせても飲み込みが早かった。複雑なパズルも一瞬で解いたし、大人たちの会話の裏側もなんとなく察することができた。


 その上、最強と恐れられた、伝説のゲーマー【ミライ】としての記憶が完璧に戻った今、あらゆるタスク、息をするより簡単にこなせるのは当然だ。


 ふふん。完璧なだけではなく、こんなにかわいい美少女だなんて、まさに鬼に金棒だね。


 今のわたしは、まさしく無敵――。


 ――そう、思っていたのに。


 自室に戻り、一人になった瞬間。

 わたしの表情からスッと感情が抜け落ちる。

 ベッドにダイブし、虚空を睨みつけた。


 ――ステータス・オープン。


 眼前に浮かぶ青いウィンドウ。

 そこには相変わらず、意味不明とでもいうべきミッションが書かれていた。


【習得スキル】

・殺人鬼の加護:レベル1(詳細ロック中)

※解放条件:一人、殺害する


「…………はぁ」


 深いため息が漏れる。

 いくらわたしは天才ゲーマーだったとしても、流石に無理ゲーすぎる。


「公爵令嬢の特技が『殺人』をしろとか、何の冗談よ……」


 解放条件は「殺人」。

 倫理的にアウトなのは百も承知だが、このままジリ貧で死ぬのも御免だ。


 一瞬、「人型のモンスター……たとえばゴブリンやオークでも条件を満たせるのでは?」なんて甘い仮説も頭をよぎった。

 けれど、わたしはすぐにその考えを鼻で笑い飛ばす。


 ……なわけ、ないか。


 相手はあの性格の悪いAIだ。そんな親切な抜け道を用意しているはずがない。

 「討伐」ではなく「殺人」。

 その言葉の定義通り、システムは明確に「人間の命」を要求しているに決まっている。


 結論。

 ――人間を、やるしかない。


 とはいえ、通りすがりの善良な市民を背後からブスリ、なんてのは流石にわたしでも心が痛い。

 いくら命がかかっているデスゲームだからって、わたしの精神衛生が持たないし、そんな無差別PKみたいな真似、バレたときに色々と面倒だ。


 だったら、答えはシンプルじゃない。


 わたしは計算高く、ニヤリと唇を吊り上げた。

 鏡を見なくてもわかる。今のわたしはきっと、天使のような顔で、最高にかわいい「ドヤ顔」を決めているはずだ。


 殺しても心が痛まない、殺されて当然の「人間」を探せばいい。


 例えば、極悪非道な盗賊。手配中の凶悪犯。

 そいつらを狩るのなら、それは「殺人」であると同時に「社会貢献」だよね。

 スキルも解放される、街も平和になる。

 一石二鳥の、最高に効率的なクエストじゃない?


「ふふっ……決まりだね」


 方針は定まった。

 あとは、その「獲物」がいる場所に移動するだけ。

 当然、この過保護な屋敷の中にそんな都合のいい悪党がいるわけがない。


 ――外に行かなくちゃ。

 そのためには、お父様を説得しなくちゃね。


◆◇◆


 父様の執務室。

 重厚な扉をノックし、許可を得て中に入ると、父様は書類の山と格闘していた。


「おや、アリスか。どうしたんだい? 仕事ならあと少しで終わるから、一緒にお茶でも……」


「お父様、少しお話をしてもいいですか」


 わたしは、あえて少し硬い声色を使った。

 手には、先日読み終えたばかりの、領地経営に関する分厚い本を抱えている。


「……おや、それは?」


「先生に勧められて読みました。我がクライネルト領の経済や、流通のこと……とても勉強になりました」


 わたしは一歩前に出る。

 小さな胸に手を当てて、まっすぐに父様を見つめる。


「ですが、お父様。本に書いてある数字だけでは、どうしてもわからないことがあるのです。そこで暮らす人々の顔や、街の匂い、活気……そういった『生きた空気』を知らなければ、わたしは本当の意味で、この家の娘としての務めを果たせないと思うのです」


 完璧なロジック。

「遊びたい」ではない。「学びたい」のだ。

 それも、将来の公爵家のため、民のために。


 父様の目が大きく見開かれる。

 やがて、その瞳が潤み始めた。


「あ、アリス……! お前は、まだ六歳だというのに、そこまで領民のことを……!」


「はい。わがままを言っているのはわかっています。でも、わたし、自分の目で見てみたいのです。お父様が守っている、この素敵な街を!」


 とどめの一撃。

 父様はハンカチを取り出し、豪快に鼻をかんだ。


「ううっ、なんて立派な娘なんだ……! わかった、許可しよう! すぐに騎士団総動員で警備を……」


「待ってください、お父様!」


 ここが正念場だ。

 総動員なんてされたら、モンスターどころかネズミ一匹近づけない。


「仰々しい行列を作っては、街の皆さんが怖がってしまいます。わたしは、ありのままの街の姿を見たいのです。それに……」


 わたしは少しだけ首をかしげ、上目遣いで父様を見る。


「あまり大ごとにして、お父様や騎士団の皆様のお仕事の邪魔をしたくありません。……せめて腕利きの騎士様お二人と、身の回りのお世話係としてセーラがいれば、十分すぎるほど安心ですもの」


 健気な気遣い。

 そして、父様への信頼のアピール。


「ううむ……しかし……」


「お願いします、お父様。……だめ、ですか?」


 必殺、うるうる攻撃。

 この年齢の特権をフル活用した、あざとさ全開のコンボだ。


 数秒の沈黙の後、父様は陥落した。


「……よかろう! そこまで言うなら、お前の意思を尊重しよう!」


「ありがとうございます! 大好き、お父様!」


 わたしは満面の笑みで飛びついた。

 父様の服に顔を埋めながら、口元だけでニヤリと笑う。


 計画通り。


 こうして、わたしは「少人数の護衛」という好条件での外出許可をゲットした。

 護衛は騎士二人と、メイドのセーラのみ。

 これなら、不測の事態を装って、こっそり抜け駆けするチャンスはいくらでもある。


 街への道中、あるいは街の外れ。

 そこにはきっと、わたしのスキルを解放させるための、素敵なプレイヤーがが転がっているはずだ。


 さあ、遠足の準備を始めよう。

 お菓子も持った。ハンカチも持った。

 あとは――殺る気だけ。

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