37話 これはもうハロウィン!
わたしは、グラスを持ったまま固まっていた。
今、この人形の中に入れた魂は、間違いなくあの「ドゴルゴン殿下」のはずだ。あの野心家で、プライドが高くて狡猾なお兄様のはず、だよね……?
なのに、なんでこんな「深窓の令嬢」みたいな声が出るの?
「って、えええええええッ!? な、なによこの声ぇぇぇぇッ!?」
ドゴルゴンもそのことに気がついたようで、自分の喉を押さえて絶叫していた。その驚き方すらも、どこか芝居がかっていて、なんだかますます女の子らしい。
「ど、どうなってるのよ! わたくしの威厳のある低音ボイスはどこへいったのよ! 返してよ! わたくしの王としての威厳をぉぉぉッ!」
人形が、テーブルの上でジタバタと手足をばたつかせている。
フリルたっぷりのスカートがふわりふわりと舞い、そのたびにギギ、ガガ、と関節が可愛らしい悲鳴を上げる。
……うん。
わたしは、そっとグラスをテーブルに置いた。
そして、頬杖をつき、目の前で喚き散らす人形を、うっとりと見つめた。
か、かわいすぎる……!
なにこの生き物。
見た目は超高級なアンティークドール。中身は錯乱した元王子。そのギャップが、逆にすごくいいのかも……!
「よしよし、ドゴルゴンちゃん。かわいいねー」
わたしは思わず手を伸ばし、その艶やかな金髪の巻き毛を撫でた。
ひんやりとした磁器の肌触りと、サラサラの人工毛の感触。ああ、これまたナガクさんとは違ったベクトルで、所有欲を刺激される素材だ。
「ひゃっ!?」
ドゴルゴンちゃんが、ビクッと肩を震わせて振り返る。
「ちょ、ちょっと! 気安く触らないでよ! わたくしは第三王子なのよ! 無礼者! ……って、ああんもう! なんでこんな『お嬢様口調』になっちゃうのよぉぉぉッ!」
彼女は頭を抱えて、さらに喚き散らした。どうやら、本人の意思とは関係なく、勝手に言葉が変換されて出力されてしまっているらしい。
「あのね、ドゴルゴンちゃん」
わたしはニヤニヤしながら、人差し指でその小さな頬をツンツンとつついた。
「もしかして、本当は女の子だったの?」
「はあぁ!? な、なによそれ! どういうことよ!?」
ドゴルゴンちゃんが、キッと眉を吊り上げて睨んでくる。
でも、その顔もあくまで「精巧に作られた怒り顔」でしかなくて、怖さなんて微塵もない。むしろやっぱりかわいい。
「だって、そんなに自然な女の子口調なんだもん。……もしかして、死後の世界のあなたは、女の子だったのかなって」
わたしは、しゃべったら強制的にノイズにされる単語である「プレイヤー」という単語を避けて聞いた。
蘇生した魂は、現実世界のプレイヤーの記憶を取り戻す。それならば、この口調も納得だ。もしや、このお兄様、実はリアルは女だったとか?
すると、ドゴルゴンちゃんは「ふん!」と鼻を鳴らし、忌々しげに吐き捨てた。
「違うわよ! わたくしはねぇ、死後の世界じゃあ、普通のおじさんだったのよ!」
「……えっ」
「毎日毎日、配給される食事を食んで、趣味といえば、娯楽と歴史小説ぐらい……。競争もなければ、出世も、裏切りさえない。そんな清潔すぎて反吐が出るような『無菌室』で飼い殺しにされていたのよ! だからこそ、『ドゴルゴン王子』としてのわたくしは、あんなにも権力に飢えていたのよ! 歴史上の英雄みたいに、権謀術数の限りを尽くして頂点に立つことを渇望していたに違いないわ……ッ!!」
ドゴルゴンちゃんは、悔しそうにどこからともなく出したハンカチを噛み締めた。
「なのに……なんでこんな、フリフリのドレスを着たお人形さんにならなきゃいけないのよぉぉぉ! せめて、おもちゃでも、かっこいい兵隊さんのおもちゃがよかったわ!!」
そっか……。
中身、おじさんだったんだ……。
わたしは一瞬、真顔になった。
目の前の美少女人形の中身が、おじさん。……うん、なんというか随分と業の深い生き物を生み出してしまったのかも……。
それにしても、器によって、声や口調が変わったちゃうのか……。んー? それにしても、クマのナガクは渋い声のままだったけど……。まあ、クマのぬいぐるみにぴったりの声なんて、特に思いつかないし、ケース・バイ・ケースなのかな?
「まあ、でもかわいいからいいじゃない」
「よくないわよ! 説明しなさいよアリス様! どうしてわたくしに、こんな『器』を選んだのよ!」
ドゴルゴンちゃんが、ビシッとわたしを指差して詰め寄ってくる。
うーん、説明、と言われてもなぁ。
「えーと、それは……ナガクが」
わたしは視線をずらし、足元に控えるクマのぬいぐるみにパスを出した。
だって、この器を提案したのはナガクだもん。
『殿下は近接戦闘よりも魔術の扱いに長けておりました。だから、器の動きやすさなどどうでもいいのでは。むしろ、こういった主殿の潜伏していても怪しくない高級人形がいいのでは』って、もっともらしいクマ顔で言ってた。
「ナガクぅ!?」
ドゴルゴンちゃんが、キョロキョロと周囲を見回す。
「ナガクはどこよ! あの筋肉ダルマ! 出てきなさいよ! 文句のひとつも言ってやらないと気が済まないわ!」
すると。
「――お呼びでしょうか、殿下」
足元の影から、ぬうっと茶色い影が立ち上がった。
黒のベストを着た、ずんぐりむっくりのテディベア。そのつぶらな瞳が、テーブルの上の人形を冷ややかに見上げた。
「……は?」
ドゴルゴンちゃんの動きが止まる。
碧眼が、点になる。
「……あ、あなた……もしかして、ナガク、なの?」
「ハッ。いかにも」
ナガクは、組むにはあまりに短い腕を胸の前で精一杯交差させ、渋い声で答えた。
「な……なによその姿ぁあああああッ!?」
ドゴルゴンちゃんが、のけぞって驚愕した。
「あんたも随分とキテレツな姿になってるじゃない! クマ!? クマのぬいぐるみ!? あんな厳つい顔してたのに、なんでそんなファンシーなことになってるのよ!」
「主殿の趣味……いえ、戦術的判断です」
ナガクは咳払いを一つして、真面目くさって言った。
「それに、殿下。……いえ、今はもう『元』殿下ですな。ドゴルゴン、君も主殿の眷属になった身。その新しい肉体を授けてくださった主殿に、感謝こそすれ、文句を言うなど言語道断では」
「はぁ!?」
ドゴルゴンちゃんのこめかみに、青筋のようなヒビが浮かぶ。
「なによその態度! あんた、生前はわたしにかしずいてたくせに! 『ハッ! 殿下の仰せのままに!』とか言ってたくせに!」
「それは、あなたが王族だったからです」
ナガクは鼻で笑った。
「ですが、今のあなたはただの人形。対して、私は一足先に主殿の眷属となり、すでに武功も立てているいわば『先輩』。……むしろあなたが、私にへりくだるべきでは?」
「なっ……なっ……!」
ドゴルゴンちゃんが、わなわなと震えだした。
プライドの高い元王子に対して、この煽りスキル。ナガクさん、意外と性格悪い? いや、無意識に煽っているだけかも?
「きーっ! 生意気よ! ただの綿のくせにぃぃッ!」
「フン。それを言うならば、あなたは磁器風情ですね」
テーブルの上で、ギャーギャーと言い争いを始める人形とクマ。
見た目は、おもちゃ箱をひっくり返したようなメルヘンな光景だな。うん、なんだか微笑ましいや。
「カカカッ……!」
そこへ、さらなる異形が加わった。
部屋の隅で骨を組み上げていた、スケルトンのヴァグだ。彼は自分の肋骨をポキポキと鳴らしながら、愉快そうに顎を鳴らした。
「なかなか肝の座ったお嬢様じゃねぇか。こんなイカれた連中を従えて、平然とジュースを飲んでやがる」
ヴァグの虚ろな眼窩に、赤い鬼火が灯る。
「面白ぇ。この方についていけば、おもしろいことができそうだ! どうせやるなら『世界を救う』なんて大仕事、俺たちみたいな異形の連中が成し遂げるってのも、痛快でいいじゃねぇか!」
「ああ、そうだ! 俺たちもアリス様についていくぞ!」
「アリスさまバンザイ!」
「救世主様バンザイ!」
それに呼応するように、肉体のあちこちが欠損したゾンビ兵団や、中身のないリビングアーマーたちが、一斉に拳を突き上げた。
「うおおおおおおおッ!」
野太い咆哮が、地下室を震わせる。
腐臭と、硝煙と、血の匂い。
わたしは、ソファに深く座り直し、その光景を眺めた。
テーブルの上で取っ組み合いの喧嘩を始めるビスクドールとテディベア。その周りで勝どきを上げる、ガイコツとゾンビと動く鎧たち。
……うん。
これ、どう見ても、ハロウィンのパレードだよ。それも、とびきり悪趣味で、最高に愉快なやつ。
「ふふっ……」
笑いがこみ上げてくる。
頼もしい。 こんなにも頼もしくて、愛おしい仲間たちができたんだ。
「ナガク、ドゴルゴン」
わたしが静かに名を呼ぶと、取っ組み合っていた二体は、弾かれたように動きを止め、バッとこちらを向いた。
「ハッ!」
「……な、なによ」
ドゴルゴンちゃんはまだ不服そうだけど、従うつもりはあるようで、ちゃんと膝をついている。
「みんな、聞いて」
わたしは足を組み、傲然と見下ろした。
「わたしは、このふざけた世界を救世主として救うために、ラスボスを倒す。そのためなら、邪魔なやつは全部殺すし、使えるものはなんだって使う」
わたしは、ニヤリと唇を吊り上げた。
「あなたたちは、そのための最高の手駒だよ。……文句、ある?」
一瞬の静寂。
そして。
「――御意!!」
部屋中の魔物たちが、一斉に平伏した。
あ、ドゴルゴンちゃんも、つられて頭下げちゃったね。「仕方ないわね……!」って顔をしている。えっと、ツンデレ?
恭しく頭を下げるテディベアとビスクドール。その後ろに控える、骨だけの男に、腐ったゾンビ集団、中身のない動く鎧たち。
一瞬、これって、ハロウィンのパレード改めてむしろ魔王軍では? って、考えが浮かんだけど、そんなわけないよね。
だって、魔王軍の長が、こんなにもかわいいアリスちゃんなんだから。
「…………ま、いっか」
わたしは考えるのをやめて、軽く首を振った。
細かいことを気にしていたら、救世主なんてやってられないもんね。見た目がちょっとハロウィン仕様なだけで、こんなにもかわいい正義の味方のはずだし!
わたしはグラスに残ったジュースを飲み干し、パンッと手を叩いた。
「それじゃあ、みんな始めようか」
もっと効率的なレベル上げを。




