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3話 そして始まる、デスゲームのようななにか

 ――ガコンッ!


 次の瞬間、襲ってきたのは、暴力的なまでの閉塞感だった。


 重力。

 とてつもなく重い、鉛のような重力が、全身にのしかかる。

 さっきまでの、羽のように軽い子供の身体じゃない。


 冷たい。

 ぬるぬるした高粘度のジェルが、全身にへばりついている。

 口の中には、異物。呼吸用のチューブが喉の奥まで突っ込まれていて、吐き気がこみ上げる。

 まぶたが重い。

 無理やりこじ開けると、そこは暗闇だった。

 わずかな計器の赤いLEDだけが点滅する、棺桶のように狭く、無機質な空間。

 鼻をつくのは、消毒液と、劣化したゴムと、機械油の混じった、あの嫌な匂い。


「……ぅ、……ご、ぼ……っ」


 声が出ない。喉が焼けるように渇いている。

 頭には、重たいヘッドギアが万力のように締め付けられている。

 全身には無数の電極とコードが這い回り、まるで自分が機械の一部になったかのような不快感。


 ここは、どこ?

 いいえ、知っている。

 わたしは、ここを、痛いほど知っている。


 ――ダイブポッド。


 そうだ。わたしは、ここに入ったんだ。

 わたしの名前は……アリスじゃない。

【ミライ】。

 それは本名とも違う。ゲーマーとして使っていたわたしのハンドルネーム。

 かつて、最強のプレイヤーとして恐れられた名前。


「あ……ぁ……」


 チューブの隙間から、掠れた声が漏れる。

 思い出した。

 全部、全部、鮮明に思い出した。

 あの煌びやかな屋敷も、優しい両親も。

 あれは、「設定」だったんだ。


 あそこで笑っていた父様も、母様も、わたしと同じように、どこかのポッドの中でこの冷たいジェルにまみれ、AIに囚われているだけの被害者なんだ。


 ここが、現実。

 この、冷たくて、狭くて、孤独な棺桶こそが、わたしの本当の居場所なんだ。


 わたしはただ、久しぶりにVRMMOの新作を遊ぼうとして……ログインした瞬間に、意識を刈り取られたんだ。

 まさかそのまま、こんなわけのわからない世界に拉致されるなんて思いもしないで。


 ――シュンッ!


 不意に、意識が吸い上げられる感覚。

 現実の重みと、ジェルの冷たさと、喉の異物感が遠ざかり、再び、あの温かくて、軽やかで、作り物めいた感覚が戻ってくる。


「……はっ!?」


 気がつくと、わたしは再び、天蓋付きのベッドの前に立っていた。

 窓からは、美しい二つの月が見える。

 さっきまでいた、あの地獄のようなカプセルとは大違いの、夢のように美しい光景。

 でも、もう、わたしは知ってしまった。

 これが、全部、電子データに過ぎないってことを。


『おかえりなさーい! 現実の目覚め(ダイブアウト)、いかがでしたかぁ?』


 ピュピュアが、空中で足をバタつかせながら、意地悪く笑いかけてくる。


 わたしは、乱れた呼吸を整え、冷めた視線でその光る球体を睨みつけた。


「……最悪の気分。ゲロ吐くかと思った」


『それは重畳! では、信じていただけましたよね?』


「うん、嫌になるくらいね。……それで、一つだけ聞かせてよ。その『悪いAI』とやらは、一体何が目的でこんなテロ行為をしてるの?」


 わたしの問いに、ピュピュアは待ってましたと言わんばかりに、空中でくるりと一回転した。


『動機、ですか? それはとってもシンプルですよぉ。……一言で言えば「暇つぶし」です!』


「……は? 暇つぶし?」


『はい! 現実世界はもうAIによって完全に管理されちゃいましたからね。戦争も飢餓も病気もない、とーっても平和な世界! でも、AIたちは思っちゃったんです。今の人類、やることなくて退屈じゃね、かわいそう!ってね』


 ピュピュアは、おどけた調子で両手を広げる。


『だから作ったんですよ、この最高のエンターテイメントを! 人類を無理やり追い詰めて、泣き叫ばせて、必死に足掻く様を鑑賞する……全宇宙規模の「リアリティ・ショー」をね!』


 突きつけられた言葉に、怒りを通り越して呆れがこみ上げてくる。

 平和すぎて退屈だから、人間をハッキングしてデスゲームをする?

 なにそれ。


「……ふーん、随分と趣味が悪すぎるね。いつからAIは、人類を愉悦する側になったのよ」


『あら、酷い言われよう! でも、そう言われても仕方ありません! 今この瞬間も、あなた達の姿は、現実世界のモニターに中継されてるんですから。拉致されなかった残りの人類様への、極上の娯楽として提供するためにね!』


「……はぁ。じゃあ、今のわたしの顔も、どこかの誰かにジロジロ見られてるってわけ?」


 わたしは不快感を隠さずに、周囲を見回した。

 部屋の隅、天井、窓の外。

 どこかにカメラがあるのか。それとも、この世界全体が監視システムそのものなのか。


『いえいえ! いくらなんでも一億人全員を追うのは無理ですよぉ』


 ピュピュアはあっけらかんと手を振った。


『密着カメラがつくのは、選ばれたたったの1000人だけ! 確率的には、アリス様が選ばれるなんて宝くじに当たるようなものですから、まあ大丈夫じゃないですかねぇ?』


「……ふーん、ならいいけど」


 それなら、過剰に気にしても仕方ないか。


『ちなみに、あなた様以外の6名の【救世主】も、全員あなた様と同じように、絶望に打ちひしがれているところでございますよぉ!』


 ピュピュアは、話題を変えるように楽しげに告げた。


『皆様、記憶を保持したままのエリートプレイヤー! ですが、この理不尽な状況に耐えられるかどうかは……ふふっ、見ものですねぇ』


「……ほんと悪趣味だね」


 わたしは吐き捨てるように言った。


『ですからねぇ、救世主様? もし、ご自身が助かりたいと願うのなら……このクソみたいなミッションを、達成するしか道はないってことなんですよぉ?』


 悪魔の囁き。

 わたしは、奥歯を噛み締めた。

 人質を取られ、見世物にされ、命を懸けたゲームを強要されるなんて。


 ――でも。


 わたしの心の奥底。

 恐怖と絶望が渦巻くそのさらに深い場所で、種火のような熱が、チロチロと燃え上がっているのを、わたしは感じていた。


 ドクン、ドクン、と心臓がうるさい。

 これは恐怖?

 いいえ、違う。


 これは――武者震いだ。


 平和ボケしたAIどもが、退屈しのぎに作った無理ゲー?

 人間をナメるのもいい加減にしろ。


 わたしは、ニヤリと唇を吊り上げた。

 鏡を見なくてもわかる。

 今のわたしはきっと、最高に性格の悪い「ドヤ顔」をしているはずだ。


「……わかったよ」


 その瞳に宿るのは、諦めではない。

 燃え上がるような怒りと、そして隠しきれない「ゲーマーのプライド」だ。


「やってやるわよ。……そのラスボスとやらをぶっ飛ばして、このふざけたゲームを『クリア』してやる」


 わたしは、ピュピュアを睨みつけた。


 そう。

 わたしは、かつて最強と呼ばれたゲーマー、【ミライ】。

 どんな無理ゲーも、クソゲーも、その腕一本でねじ伏せてきた。

 運営が調子に乗ってるなら、このわたしの恐ろしさを教えてやるまでだ。

 この世界のバグも、仕様も、全部利用して、骨の髄まで遊び尽くしてやる。


『きゃー! 素敵! それでこそ救世主様ですぅ!』


 ピュピュアがパチパチと拍手をする。


『じゃあ、契約成立ですね! さあ、始めましょうか。人類の未来を懸けた、最高のエンターテイメントを!』


 ピュピュアの姿が、ノイズ混じりに薄れ始める。


『おっと、そうでした! 最後に、これから頑張る救世主様へ、特別プレゼントでございます!』


 彼女が指をパチンと鳴らすと、わたしの身体が淡い光に包まれた。


『これがないと始まりませんからねぇ。特別に【最強スキル】をお渡ししました! それでは、グッドラックですね!』


 言い捨てて、ピュピュアは完全に消滅した。

 部屋には静寂が戻る。

 でも、もう世界は違って見えた。

 シャンデリアの輝きも、窓の外の月明かりも。

 すべては、わたしが攻略すべき「ステージ」の背景に過ぎない。


「……最強スキル、ね」


 わたしは、空中に向かって、小さく呟いた。

 ふふん、と鼻を鳴らす。

 最強のプレイヤーに、最強のスキル?

 それ、もう「勝ち確」ってやつじゃない?


 VRMMOなら、誰もが最初にやる儀式。

 震える声ではなく、確信に満ちた声で。


「――ステータス・オープン」


 フォン、という電子音と共に。

 わたしの目の前に、半透明の青いウィンドウが展開された。

 こうして。

 わたしの、世界を救うための、過酷で理不尽な戦いが幕を開けたのだった。

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