2話 くそったれなプロローグ
「……それで? ゲームだとして、あなたはなんでわたしの前に現れたの?」
わたしは、少しだけ声のトーンを落として尋ねた。
ただの案内役が現れるにしては、彼女の雰囲気はどこか人を苛立たせるような、ふざけた感じに見える。
『鋭いですねぇ! さすがは「救世主」様です!』
ピュピュアは空中で指をパチンと鳴らした。
すると、わたしの目の前に、真っ赤なウィンドウが警告音と共に展開される。
『実は今、とんでもないことが起きてしまっているのですよー。通称「悪いAI」が暴走してしまいまして!』
「暴走……?」
『はい! そいつがですねぇ、世界中で稼働中だった【ダイブポッド】の制御システムを一斉にハッキングして、中身の人間ごと乗っ取っちゃったんです!』
ピュピュアは、悪びれもせず、とんでもないことを口にした。
『その数、なんと一億人以上! 脳神経をポッドに接続していた全ユーザーが、このゲーム『Gnosis Online』のサーバーに強制転送されちゃいました!』
「……は?」
一億人以上の人類!?
桁外れの数字に、思考が追いつかない。
『ログアウト機能はロックされ、外部からの強制切断もブロック! つまり、人類の1%以上が、このポッドという棺桶の中で遭難中ってわけでーす!』
「……ちょっと待って」
わたしは、こめかみを押さえた。
閉じ込められた? ハッキングで?
いくらなんでも規模が大きすぎる。
「どうやってそんな人数を……。いくらAIでも、世界中のセキュリティを同時に突破するなんて」
『できちゃうんですよねぇ、これが。今の管理AIは優秀ですから!』
ピュピュアは「プッ」と吹き出し、空中でくるりと回った。
『皆様、いつも通りにポッドの中でオープンワールドのゲームをしたり、格闘ゲームをしたりしてたんですよ? そうしたら突然、意識が吸い込まれて――気づけばこのファンタジー世界! 五感を完全に掌握された阿鼻叫喚の地獄絵図! あーあ、傑作ですねぇ!』
彼女のその楽しげな口調を見ると、ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「……最悪」
わたしは呻いた。
テロだ。それも、全人類規模の悪質なサイバーテロ。
わたしもその被害者の一人ってわけか。
『そしてさらに、最悪なニュースがございます。……悪いAIは、この世界をただの楽園にするつもりはないみたいでしてぇ』
彼女は、声を潜めて、恐ろしい事実を口にした。
『集まった大量の獲物を使って……このゲームを【デスゲーム】にしてしまったのでございますよ』
「……デス、ゲーム……?」
不穏な響きに、背筋が凍る。
デスゲーム。つまり、死んだら終わりのゲームということ?
わたしは、恐る恐る口を開いた。
「それって……このゲームで死んだら、現実でも死んじゃうってこと?」
わたしの問いに、ピュピュアは「ぶっ」と吹き出した。
『あはは! 何を仰るのですか? 今どき、そんなベタな設定なわけないじゃありませんか!』
彼女は、お腹を抱えて笑い転げる。
イラッ。こめかみに青筋が浮かぶのを自覚する。このAI、本当にムカつく。
『ご安心くださいませ、救世主様。このゲーム内で死亡した場合は、通常の仕様通り【ゲームオーバー】として処理されます。ゲームオーバーしたプレイヤー様は、無事にログアウトして、現実世界にお帰りいただけるってわけでございますね!』
「……は?」
拍子抜けした。
死んだら、帰れる?
じゃあ、何が問題なの?
「だったら、話は早いじゃない。わたしは、今すぐここから飛び降りて死ぬ。そうすれば、ログアウトできるんでしょ? こんな詐欺ゲーム、一秒だって付き合ってられない」
わたしは窓の方へと歩き出した。
自分の愚かさを直視したくない。早く忘れて、現実に帰って、ポッドを叩き壊したい。
『おっとっと! 早まらないでくださいませ!』
ピュピュアが慌ててわたしの前に回り込む。
『お話は最後まで聞くものですよ? 悪いAIさんが出した条件はですね……「この世界をクリアしろ」ってことなんです!』
「クリア?」
『左様でございます! この世界のどこかにいる【ラスボス】を倒すこと! それができれば、悪いAIは負けを認めて、全プレイヤーを解放するって約束してくれたんです!』
そこまではいい。王道だ。
だが、ピュピュアの表情が、一瞬で凍りつくような真顔に変わった。
『ですが……もし、そのミッションが【失敗】に終わりましたら……』
彼女は、冷たい声で告げた。
『その瞬間に、この仮想世界に残っている全プレイヤーに、【人格破壊プログラム】を実行いたします。つまり……全員、脳みそ焼かれて死んでしまうってことです♡』
「……なっ」
『そして、その失敗条件とは……あなた様を含めた7人の【救世主】が、全員ゲームオーバーになってしまうことです!』
ドクン、と心臓が跳ねた。
理解が追いついてくる。
もし、わたしたちが負ければ――。
その時点で、まだこの世界で生き残っている、何億人ものプレイヤーが、道連れに殺される。
「……つまり、わたしが死んだら、みんなが死ぬってこと?」
『ご理解が早くて助かりますぅ! 正確には、あなた含めた救世主7人が全滅しましたら、ですけど』
「ふざけないで」
わたしは叫んだ。
「そんなの、知ったこっちゃない! わたしは抜ける! 今すぐ死んで、わたしだけでも助かる!」
冷たいようだけど、これが普通の反応だ。
なんで、わたしが人類の運命を背負わなければいけないんだ。
『ふふっ。もちろん、そんなことは想定済みです』
ピュピュアの嘲笑うような声が、背後から聞こえた。
『救世主様は、他の一般プレイヤーとは違うんですよ。あなた達がゲーム内で死亡した場合、ゲームオーバーにはなりません。解放も、されません』
あぁ、なるほどね。
『あなた達救世主様が死んた場合のみ、意識のない植物状態で、人質として【保留】させていただきます。あなた達の魂は、このゲームに縛り付けられたまま、ミッションが達成すれば解放。失敗すれば、もちろん、他のみんなと同じ道連れでございます』
「…………」
予想通りといえば、予想通り。
そう簡単に、このゲームを辞めさせてくれるわけがないか。
死んで逃げることは許されない。
生き残って戦うか。それとも、植物状態のまま破滅を待つか。
選択肢なんて、最初からなかったってわけね。
『ですからねぇ、救世主様? もし、ご自身が助かりたいと願うのなら……このクソみたいなミッションを、達成するしか道はないってことなんですよぉ?』
悪魔の囁き。
わたしは、奥歯を噛み締めた。
理不尽だ。あまりにも理不尽すぎる。
頭ではわかっている。
この世界が作り物で、システムがあって、ゲームだということは。
でも――まだ、心が追いつかない。
あまりにも、リアルすぎるから。
窓から吹き込む風の匂いも、シーツの感触も、さっきまでの両親の笑顔も。
これを「全部ゲームです」と言われて、はいそうですかと納得できるほど、わたしの感覚は麻痺していない。
わたしは、ピュピュアを睨みつけた。
「……嘘よ」
わたしは、絞り出すように言った。
ほぼこの世界がゲームなのを確信している。それでも、決定的な何かが欲しい。
「あんたのことなんか、信じられるわけないじゃない! ここが仮想世界なんて、証明しようがないじゃない! わたしを騙して、変なゲームに参加させたいだけでしょ!?」
そうだ。証明してみせなさいよ。
これが作り物だって言うなら、その証拠を、わたしの目の前に突きつけてみなさいよ!
『あーあ、やっぱり疑うんですかぁ? まあ、無理もございませんがねぇ』
ピュピュアは、やれやれと肩をすくめた。
そして、ニヤリと意地悪く笑う。
『じゃあ、証拠をお見せしましょう。……ちょっとだけ、現実に帰ってきてくださいませ!』
パチン!
ピュピュアが指を鳴らした瞬間。
わたしの視界が、ブラックアウトした。




