第十三話:少し変わった男
「田所君、一つ教えてもらってもいい?」
未だ頭を下げ続ける僕に、木下さんは続けた。
「田所君ってさ、萌実のことが好きなんだよね?」
僕は体をびくっと揺すった。
……一体、どうしてそれを?
「そろそろ顔上げて?」
「……その」
「どうしてわかったのかって?」
木下さんは苦笑していた。
「見ていたらわかるよ」
そして、苦笑交じりに、僕の好きな人に気付いた理由を教えてくれた。
しかしそれは、理由と呼ぶには少し弱いと思えた。
「でもさ田所君、あたしのこれまでの発言を振り返ってもらえる?」
「これまでの発言……?」
「そう。あたし、度々言っていたよね? 萌実と田所君、付き合ってるの……って」
確かに、そんなことを言っていた気がする……。
そうか。
であれば、木下さんはずっと僕の好きな人が萌実であることに気付いていたわけか。
「あ、安心してね。萌実には君の想いを伝えたりしない」
「ありがとう……」
「ううん。好きって気持ちは、自分の口からキチンと伝えるべきだよ」
なるほど。
だからこそ木下さんはさっき……僕に萌実に告白をしろ、と言ったわけか。
「ねえ、木下さん……質問してもいい?」
「何?」
「木下さんはどうして突然、僕に萌実に告白してって言い出したの?」
僕が萌実のことを好きなことを、木下さんがわかっていたことは理解出来た。
しかし、やはり木下さんが、僕に萌実に告白するようにけしかけてくる理由はわからなかった。
「そこ、気になっちゃう?」
木下さんは苦笑した。
「うん……」
「……ごめんね。正直に言うと、君に萌実に告白するようにけしかけた理由は、自己中心的な理由なの」
「どういうこと?」
「あたしさ、今のグループで過ごす時間が好きなんだ」
木下さんは静かに語りだした。
「萌実と、森ちゃんと、真紀ちゃんとあたしの四人グループなんだけどさ。実を言うとあたし達、皆別々の中学出身なんだよね」
「そうなんだ」
「そ。……初めは、森ちゃんとあたし、真紀ちゃんと萌実が仲良くなって、それでくっついて出来たグループだった」
……友達グループの結成の仕方って、そんな感じなんだな。
これまでの人生、そういう経験に乏しいから、全然知らなかった。
「皆、性格の良い子ばかりなんだぁ……。会話のテンポもウマも合って、心地よいグループなんだ」
「……」
「でも、あたし達のグループに綻びが生じ出した」
……まさか、それが。
「それが、田所君があたしのことを好きなんじゃないか疑惑」
……少しショックだった。
萌実への失恋のショックから、同じ後悔を繰り返したくないと自分改革を始めて……まさか、萌実達のグループを崩壊させかねない問題を起こす立場になるだなんて。
「こう言ったら悪いけど、前の君だったら多分……グループ崩壊の原因とか言われなかっただろうね」
「……」
「今、変わりつつある君だから……三角関係みたいな状態になってしまったんだと思う」
「……僕なんて、そんな大した存在じゃないよ」
「そんなことない」
木下さんは首を横に振った。
「最近の君は、ちゃんとクラスメイト達に一目置かれ出してるよ」
「とてもじゃないけど、そうとは思えない……」
「それは、今はまだ皆、突然変わった君に戸惑って、どう接していいかわからないから。努力を続けて、何か一つきっかけがあれば、きっと状況は大きく変わることになる」
「大袈裟だよ」
「……前までは、萌実にいくら言われても、あたしも大袈裟だと思ったんだけどね」
「何か言った?」
「ううん。何も」
木下さんの呟きは、声が小さくて聞こえなかった。
「そういうわけで、あたし達のグループ崩壊の危機を救うために……君に、萌実に告白をしてほしいんだよね」
気を取り直して、木下さんが言った。
「君が萌実に告白すれば、萌実の中での、田所君があたしのことを好きって疑惑が解消されて、グループ崩壊の危機がなくなる」
……そうだろうか?
「全てっ、全部全部っ! 万事解決する!」
……本当に、そうなのだろうか?
木下さんの言い分は、よく理解した。
どうして彼女が、萌実にあらぬ誤解をされているのか。
どうして彼女が、今のグループを崩壊させたくないのか。
どうして彼女が……僕に、萌実へ告白してほしいのか。
全てを理解した上で、僕には彼女の提案に一つの問題点を見つけていた。
彼女の言う通り、僕が萌実に告白したら……。
萌実が抱く誤解は解けて、木下さん達のグループ崩壊の危機は去るに違いない。
『やめてよ。変なこと聞くの』
でも……状況が好転するのは、彼女達だけなのではないだろうか?
僕はむしろ、正式に萌実に振られて、一人負けの状態に陥るのではないだろうか?
……それもいいのかもしれない。
そもそも、盗み聞きした情報で失恋した今の僕の状況が間違っているのだ。
萌実に直接、キチンと振られたわけでもない癖に、失恋し、後悔するだなんて……虫が良すぎる話だったんだ。
……違う。
「ごめん。告白は出来ない」
僕は自分の思考の誤りに気が付いた。
「……駄目か」
「無理強いしないの?」
「告白を? するわけないじゃん。むしろ、変なこと言ってごめんね」
木下さんはあっさりと身を引いた。
「ただ……もしよかったら教えてほしい」
「……」
「どうして、萌実に告白する気にならないの?」
「…………」
「さっきも言ったけど、田所君、すごい変わったよ。痩せて、テストでも良い点取って、クラスの皆からの見る目も変わり始めて……きっとそれ、萌実のために始めたんでしょ?」
「違う」
「嘘」
「嘘じゃない」
「……」
「……嘘じゃないんだ」
僕は苦笑した。
「……だったら、どうして?」
「……」
「どうして田所君は……変わり始めたの?」
……それは。
僕が、『自分改革』を始めた理由は。
萌実に失恋したあの日も。
萌実に『すごいね』と言われたあの日も。
……今も。
常に。
ずっと。
一貫している……。
「自分のためだよ」
あの日の後悔を繰り返したくない。
同じ過ちを繰り返したくない。
……もう、あんな思いは御免なんだ。
「……僕は、自分のために変わり始めたんだ」
「なるほどね。だから変わり始めた今でも、萌実に告白しないんだ」
「……それもあるね」
「少し違うの?」
「……うん」
僕は萌実から直接、振られたわけでもないのに失恋した。
その状況に疑問を抱いた時、いっそのこと現状で萌実に振られることも悪くないかもしれないと考えた。
でも、やっぱりやめた。
……木下さんが僕に、萌実に告白したら、と持ち掛けてきたことが引っかかったんだ。
木下さんは、萌実の一番の友達。
そんな木下さんグループが、僕を交えた、木下さんと萌実の三角関係で崩壊しかけている。
そして、崩壊の危機を救うには、僕が萌実に告白するしかないと思い始めた。
その時点で僕は……自分ではありえないとは思っているけど、万に一つ……木下さんから見て、僅かにでも……。
萌実と結ばれる芽があると見えた、ということになるのだ。
その事実に気付いた時、僕は少しだけ舞い上がりそうになった。
振られたと思った僕が、萌実と結ばれるかもしれない。
自分改革を始めたおかげで、萌実に見直されることが出来た……っ!
……でも、すぐに気持ちが収まった。
だって僕は……。
ダイエットはまだ終わっておらず、学力でも萌実に劣っている状況なのだ。
……そして、思い出したのだ。
僕が『自分改革』を始めた理由は……。
萌実に見直されたかったからなのか?
萌実に褒めてほしかったからなのか?
萌実と……結ばれたかったからなのか?
……違ったはずじゃないか。
そうじゃなかったはずじゃないかっ!
「萌実との告白は、彼女に釣り合える男になってからしたいんだ」
萌実と釣り合えないまま、彼女に告白し……もし、何かの間違いで結ばれてしまったら……。
僕はきっと萌実に甘える。
僕はきっと、萌実におんぶにだっこになる。
それではいけない。
それじゃあ、対等な存在とは言えない。
何より、今僕が必死にしている努力が、全て水の泡に帰す気がしたんだ。
……ただ、木下さんからしたらしったこっちゃない話だ。
こんなことを彼女に話して、怒ったりしないだろうか? 殴られたりしないだろうか?
勿論、何があっても自分の意思を変えることはないけれど……少しだけ怖かった。
「……田所君」
木下さんは、
「応援してるね」
優しく微笑んだ。
「……いいの?」
「何が」
「だって、今の僕の発言は、全部僕のエゴだよ?」
「それを言ったら、君に萌実に告白してってお願いも、あたしのエゴ」
「……そうだけど」
「……ははっ。君は結構、面倒くさい男だね」
「……ごめん」
「謝る必要はないよ。……ただ、よくわかった」
「……何が?」
「どうして萌実が……」
木下さんは苦笑した。
「これ以上は言えないや」
「……そっか」
「ごめんね。ただ、応援しているのは本当。頑張って。それで後々、あたしが胸を張れるようになってね」
「どういうこと?」
「それは……『皆、今更田所君の良さに気付いたの? あたしは皆が気付くよりもずーっと前から気付いていたよ』って、胸を張らせて」
……それは、少し難しいな。
「……とりあえず、お見舞いついでにちょっと萌実の家に行ってくるよ」
僕は言った。
「え?」
「……僕が君を好きって誤解、解けないか挑戦してくる」
「……え、普通に家に……え?」
「それじゃあね。木下さん、今日はありがとう」
僕は教室を後にした。
どうしてか。足取りは軽かった。
……きっと、木下さんと話せたおかげだ。
木下さんと話して、もう一度、自分の目標を再確認出来たおかげだ。
僕は自分のために『自分改革』を続ける。
そしていつか、もし萌実に告白するのならば……それは、萌実と釣り合えた時にする。
そう、再確認出来たおかげだ。
……でも、少しだけ不安もある。
変わり続けている今は気付かない……小さくて些細な不安だ。
……そもそもの話、だ。
冴えない僕が人気者の幼馴染と釣り合える日はやってくるのだろうか?
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