転生ガチャ
男が目を覚ますと、目の前には安っぽい事務机があり、その向こうに眼鏡をかけた、いかにも役人風の男が座っていた。「はい、おめでとうございます。あなたは異世界転生権を獲得されました」と、役人は感情のまるでない声で言った。
「え、あ、はい」と男は戸惑いながら答える。記憶によれば、自分は横断歩道でスマホを見ながら歩いていて……そこまで思い出して、男は全てを察した。
「つきましては、転生特典のスキルを付与いたします。こちらのガチャをどうぞ」役人は、机の横に置かれた古びたカプセルトイの機械を指差した。それは子供の頃、駄菓子屋でよく見かけたタイプのものだった。
「え、ガチャ、ですか? 剣とか魔法とか、そういうのではないんですか?」
「ええ、公平を期すため、スキルはランダム抽選となっております。さあ、どうぞ」
男は恐る恐る、渡された専用コインを投入し、レバーを回した。ゴトン、とプラスチックのカプセルが一つ転がり出てくる。中には小さな紙切れが一つ。広げてみると、そこにはこう書かれていた。
『スキル:電柱に擬態できる』
「……は?」男は我が目を疑った。
役人はその紙を覗き込み、「ほう、レアスキルですね。おめでとうございます」と、やはり平坦な声で言った。
「いや、これ、どういう……」
「どういうも何も、文字通りです。あなたは望む時、完璧に電柱に擬態できます。材質、形状、色、全て完璧に。ただし、動けませんが」
「いや、動けないって、そんなスキル、異世界で何の役に……」
「それは転生者様の工夫次第ということで。では、ご健闘をお祈りします」
役人がパチンと指を鳴らすと、男の意識は再び遠のいた。
次に気がつくと、男は見知らぬ森の中に立っていた。そして早速、巨大な牙を持つ猪のような魔物が、鼻息荒くこちらへ突進してくるのが見えた。
「うわあああ!」男はとっさに叫んだ。「電柱に擬態!」
次の瞬間、男の体は灰色のコンクリート柱へと変化した。どっしりとした安定感。猪は目の前に突然出現した電柱に気づかず、ゴン!と激突し、目を回して気絶した。
「お、おお……?」男は擬態を解き、呆然と呟いた。「意外と、使える……のか?」
それからというもの、男は危険な魔物に出くわすたび、電柱に擬態して難を逃れた。森を抜け、街道に出ても、追剥が出れば電柱、凶暴なゴブリンの群れも電柱、ドラゴンが上空を通過する際も電柱になった。おかげで、彼は一切の戦闘を経験することなく、無事に最初の街へとたどり着くことができた。
街の広場には、大きな掲示板があった。そこには様々な貼り紙が。その中に、ひときわ大きな文字で書かれた一枚があった。
『緊急手配! 最近、街道沿いに不審な柱が突如出現し、通行の妨げになっているとの報告多数! 見つけ次第、即刻撤去すべし! 報奨金あり! – 王国建設省』
男はその貼り紙を読み終えると、静かに空を仰いだ。彼の異世界ライフは、どうやら思わぬ形で「指名手配」から始まるらしかった。そして彼は、自分のスキルが、この世界にはまだ電柱という概念が存在しない故に、ひどく目立つ代物であるという事実に、ようやく気づいたのだった。