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09 夜のおはなし

嵐のお話、長くなってしまいますがもうすこし続きます…!

いつも読んでくださってありがとうございます。



 ーー停電だ。


「困りましたね……」


 暗闇からウィンストンさんの声が聞こえる。その声から困惑した空気を感じ取った私は、手探りで厨房へ向かった。

 たしかこのあたりに……


「何をしているんですか?」

「……あった! たぶんこれです!」


 指先の感覚を研ぎ澄ませる。無事に見つけた小さなマッチ箱を開けて、中からマッチを1本だけつまみ、その先端を箱の側面に擦り付ける。

 小さな火が勢いよく燃え上がった。


「で、これが消えないうちに……」


 その火を頼りに、夜営業時に使うキャンドルをカウンター下から取り出す。火を近づけるとすぐに、ぽわ、と柔らかい光が周囲を淡く照らした。マッチの火は手早く消してシンクの隅にある三角コーナーに捨てる。

 それから改めて、ウィンストンさんを見つめる。


「ウィンストンさん、諦めましょう。このなかを帰るのは危険です」

「ですが……」

「……それに、いてくれたほうが私も心強いというか」


 正直、最後のは言うべきか躊躇った。本音とはいえ、彼に残ってほしいと頼むのは私のわがままだ。そんなことを言えばプレッシャーになるかもしれない、と。

 けれどこう言わなければ、彼はなにがなんでも出て行こうとするだろう。実際、ほのかに照らされた彼の顔に明らかな迷いが出た。

 もうひと押し……!


「嵐が落ち着くまでここにいてくれるなら、1週間……いや1ヶ月、サービスでデザートを付けます!」


 吹き荒ぶ風の音。

 真顔で黙り込むウィンストンさん。


(あれ、間違えたかな?)


「……あなたは僕をなんだと思ってるんですか」

「す、すみません」


 そこはかとなく感じる呆れや憤りを察して、とりあえず謝る。毎日デザートがあったら嬉しいと思ったのだけれど、彼には響かなかったらしい。

 どうしたらいいんだろう、と内心で頭を抱える私を見たウィンストンさんは、深々と溜め息を吐いたあと視線を逸らした。


「……朝になったらすぐ帰りますからね」

「! 残ってくれるんですか?」

「ここまで引き止められて出て行くのは、寝覚めが悪いので」


 拗ねたようにそっぽを向く横顔は無愛想で、言葉も冷たい。だけど、ほのかに色づいた耳の先や、こちらを気遣う声色の優しさを、私はもう知っている。

 高揚して、思わず声が弾んだ。


「ありがとうございます!」

「……本当に強情だな、あなたは」


 ウィンストンさんの困ったような、柔らかい笑みと目が合って、心臓が跳ねる。戸惑いや諦め、そしてすこしの安堵がないまぜになったような表情。どこか嬉しそうに見えるのは、私に都合よく映りすぎだろうか。分からないけれど、むずがゆいような気持ちだ。今度は私が視線を逸らした。

 これ以上見つめていたら、自分の心まで見透かされそうな気がして。


(……うーん、なにをしよう)


 ひとまず椅子に座ったものの、問題は嵐が落ち着くまでの過ごし方である。

 いつもは朝の短い時間しか顔を合わせない。しかもウィンストンさんは読書や食事をしているし、私も作業や接客があるので気にならないけれど、この状態で黙っているのはちょっと気まずい。

 外とは違って静寂に包まれた店内は、暗いせいかやたら音が耳に入る。時計の秒針が動く音や、蝋燭の火が揺らぐ音、彼の息遣いまで。

 このひとと2人きりなのだと思うと今更ながらちょっと緊張してきた。相手はただの常連さんなのに。

 でも、何を話せばいいのだろう。


「すみません、せっかく来てくださったのにこんな真似をして……」


 ひとまず心のなかに引っかかっていたことを謝ったら、ウィンストンさんからは案外あっさり「構いませんよ」と返ってきた。


「僕を心配してのことでしょう」

「でも、ウィンストンさんは嫌がっていらっしゃったのに」

「あれは嫌がっていたわけではなく、その……」


 そこで言葉を切られる。口を噤んだウィンストンさんが気になってそちらを見るけれど、暗くて表情がよく見えない。顔を覗き込もうとしたら、逆に話題を振ってきた。


「それよりも、あなたはなぜカフェを開こうと思ったのですか」

「え?」


 意外な話題に、どこまで話すべきか迷った。詳しく話そうと思うと、私の過去のことを話さなければならない。彼が誰かに言いふらす心配はしてないけれど、あまり人聞きのいいものでもない。

 ……とはいえ、私だけが彼の素性を知っているというのも不公平だろうか。


(誰かに聞いてもらうのもいいかもしれない)


 私は腹を括るべく息を吸った。震えそうな声を気合いで抑え込んで、なるべく平坦になるよう意識する。昔のように。

 ……家族以外にこの話をするのは初めてだ。


「えっと、実は」


 ぎゅ、と手を握り込む。

 彼の優しいまなざしに背中を押されるように口を開いた。


「私、元貴族なんです」

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