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12 王宮の非日常

だいぶ時間が空いてしまいました…!

読んで下さってありがとうございます。


「おはようございます」

「おーおはよ……お前、なんだその顔」


 無事に台風が過ぎ去った朝、帰宅して風呂に入り身支度を整え登城すると同期に二度見された。そんなにひどい顔をしているのだろうか。


「別に」


 詳しく説明する気も必要性も無いので適当に流して仕事に取り掛かる。職業柄、数日の徹夜なら慣れているし、仕事に比べると雲泥の差と言えるほど充足感のある夜だったから問題ないはずだ。

 昨夜、念のため様子を見に行って良かった。心細い表情を浮かべ1人あの店で夜を明かす彼女の姿を想像したら、胸が苦しくなった。行かない選択肢は無かったのだ。気味悪がられたら、余計な世話だったら、と躊躇いながらノックしたドアを開けた瞬間の彼女の顔が、頭に焼き付いて離れない。幼い子供が迷子になったような、途方に暮れたような顔をしていた。いつも穏やかで優しい彼女らしからぬ表情に、心がざわついた。


(……あれは、たぶん)


 恐らく、庇護欲、のようなものだったと思う。守らねば、という感覚が心を占めたのだ。どうしてそう感じたのかは分からないけれど。

 どれもこれも初めての感情ばかりである。落ち着かないのに心が緩むような、不思議な感覚。


『ウィンストンさん、諦めましょう。このなかを帰るのは危険です』

『ですが……』

『……それに、いてくれたほうが私も心強いというか』

 

 ただの常連が長居したら面倒だろうとすぐに帰るつもりだったのに、彼女の言葉に絆され、結局朝まで居座ってしまった。まったく昨夜は、彼女の知らない一面ばかりを見た気がする。

 あの話を聞いたときも驚いた。


(……まさか彼女が貴族だったとは)


 言われてみれば思い当たる節はあった。彼女は所作が洗練されているし、言葉遣いも美しい。服装は平民が纏うそれだけれど、さっぱりとしていつも小綺麗な印象だ。思い返すと、あとからどんどん納得できる点が出てくる。

 普段の姿があまりに自然体でまったく気付かなかった。丁寧なのは彼女自身の気質によるものなのかと思っていたけれど、ブックカフェと銘打った店内の蔵書数もそれなりにある時点で平民には珍しいと気付くべきだったかもしれない。

 自分が鈍感なのか、彼女があの街に馴染んでいるからなのか。いずれにせよ衝撃だった。


「別にってことないだろ、親友相手に」

「事実無根だ、離せ」

「どんないいことがあったんだよアレン」


 予想とは逆の指摘をされ、ばっさりと切り捨てるつもりだったのに動揺してしまう。馴れ馴れしく僕の肩に手を乗せた同僚、オリバー・タルコットは、そんな僕の隙をめざとく見つけた。


「え、あったのか! 本当に!?」

「無い」

「さては……ラブだな?」


 呆れてものも言えないとはこのこと。なぜそんなしょうもないことを次から次へ思いつくんだこいつは。

 タルコットとは学院時代からの腐れ縁である。当時から問題児だったこいつの手綱を握らされることも少なくなかった。まったくもって迷惑極まりない。


「無視すんなって。俺らの仲だろ」


 この軽薄な男が王宮警備隊を任せられているのは、ひとえに、処理能力が恐ろしく高いからだ。柔軟で頭の回転も速く、他部署とのコミュニケーションも円滑に取れるため顔が広い。調子のいいところや、突拍子もない発言が目立つが、それなりに使えるやつなのは確かである。

 とはいえ、気に食わない相手なのも事実だ。


「いいから、働け」

「ちぇー。けち」


 こいつに話したらその日のうちに王宮中に広まるだろう。それどころか、話に尾ひれどころか背びれまでつく可能性もある。絶対に口を開くものか。


「面白そうな気配がしたのに」


 ちらりとタルコットを見やり、机に積まれた書類をチェックしていく。悪いやつではないけれど、こいつのこういうところは苦手だ。悪気が無いから尚更タチが悪い。

 ……こいつに、あの店を知られたくない。彼女と引き合わせたくない。行けばきっと気にいるだろう。客が増えるのは店主である彼女にとって悪い話では無いのだろうけれど、あの騒がしさはマイナスだ。店に入り浸られてはたまらない。


「それより、王宮警備隊の現場指揮官殿がこんなところに何の用だ」

「あ。そうだった」


 朝から、わざわざ、何か事件が起きたわけでも無いのに来やがって。

 そんな思いを込めて話を振ると、彼はいそいそと姿勢を正し、まるで重大な内緒話でもするように声を落とした。


「帰ってきたらしいぜ、復興特命官殿が」


 ……は?


「誰だそれ」

「忘れたのか? シリル・ヴァレンタイン卿だよ」

「……ああ、地方開発局の」


 たしか5、6年ほど前にそんな名目で各地を巡るよう任命されたやつがいた気がする。といっても、当時の僕は自分の仕事でいっぱいいっぱいだったのと、興味もなかったから、あまり覚えていないけれど。

 感慨深げにしみじみと頷いているタルコットとは親交があったのだろうか。正直どうでもいいから自分の持ち場に帰ってほしい。仕事が進まない。


「すごいよなあ。仕事もできる上に男前なんて、女性陣が放っておかないだろ」

「へえ」

「今回帰ってきたのは婚約者探しのため、なんて噂もあるんだってさ」

「あの年と家格と経歴で婚約者がいないのか?」

「たしか、前の婚約者には振られたとかなんとか……もったいないことするよな」

「……そうなのか」


(毎度のことだが、こいつなんてそんなことまで知ってるんだ)


 ひと通り話して満足したのか、タルコットは去って行った。去り際に「相槌に愛がない」と拗ねていたが、毎回このやり取りをしているから向こうはたぶん気にしていないだろう。こちらも当然気にしない。


(さて、そろそろ準備しておくか)


 時計を確認したあと書類をまとめ、俺も部屋を出る。今日は各省庁との定例会議。長ったらしいそれを乗り越えたら、今度は山積みの書類と戦う予定だ。頭のなかで今日話す内容を整理しながら廊下を進んでいると、正面からやたら煌びやかな男が歩いてきた。目が合うと、にこやかに笑いかけてくる。


「おはようございます。いい朝ですね」

「ええ。台風が去ってなによりです」


 なんだこの無駄にきらきらした男は。僕は女性ではないのでそんな愛想を振りまいてくれなくていいのだけれど。

 そんなことを思いながら無難に返す。


「シリル・ヴァレンタインと申します。実は、先ほど久しぶりに王都に戻ってきたところなんです」


 聞いたばかりの名前である。タルコットが言っていた通りたしかに女性受けしそうだな、という感想はおくびにも出さず、会釈する。


「辺境伯ウィンストン家の次男、アレン・ウィンストンと申します。貴殿の御功績、耳にしております」

「ああ、あなたがウィンストン殿でしたか。こちらもお噂はかねがね伺っていますよ。問題解決のエキスパートだとか」

「ご冗談を。私などヴァレンタイン卿の足元にも及びません」


 嫌味が無く爽やかで、王都からしばらく離れていたにもかかわらず王宮内の情報に精通している。僕の名前を聞いてすぐにどこの所属か分かるほどに。

 とんでもない超人だな、と半ば呆れながら適当に会話してその場を後にした。何を食べたらあんな風になるのだろう。

 だがまあ、悪いやつではなさそうだ。


「……つかれた」


 ーーあれからぶっ通しで働き、気付いたら朝食も昼食も食べ損ねてしまった。日はとっくに暮れ、あたりは真っ暗だ。寝不足も相まって疲労度はマックスである。なんとか体を引きずるようにして帰路に着く。


(彼女は、大丈夫だったのだろうか)


 ふと考えるのは、あの店と彼女のこと。

 すこし片付けてから帰ると言っていたからさすがに営業はしていないだろうが、無事片付いたのだろうか。手伝うと申し出るか迷ったけれど、あまり深入りするのもよくないかもしれないと踏み止まった。ただの常連客でしかない僕が片付けまでするのは気を遣わせるだろうし、シンプルに家まで送られるのが嫌で断った、という可能性もあり得る。嫌われてはいないと思うけれど、どこまでなら受け入れてもらえるのか分からない。

 なぜ彼女が素直に心を差し出せるのか理解できない。元貴族なら余計に本心を隠すものだろうに。分からないからこそ怖い。でも、気になる。


(昨夜のことが遠い昔のようだ)


 気付くと、目の前に"ヴィオリの小窓"があった。無意識に店に来てしまったらしい。さすがに気持ち悪いだろうと思いつつ、そっとドアを押してみた。

 開かないだろう。分かっているけれど。


「!」


 ドアは開いた。振り返った彼女がドアに駆け寄り、申し訳なさそうに眉を垂らす。


「すみません、今日はお休みなんです」

「あ、ああ……すみません」


 そのままドアは閉められた。休みなのは分かっていた。閉められたのも驚かない。

 でも一瞬、店の奥に、煌びやかな男が見えた気がした。心臓が妙な音を立てる。


「どういうことだ……?」


 頭のなかに浮かぶ大量の疑問符は、一晩中消えることがなかった。

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