空蝉比丘尼の憂鬱 その4
夜盗に殺された勘次は、紗灯尼庵の麓――竹と榎の影が濃く落ちる墓地に、無縁仏として葬られることになった。
墓地は庵の敷地から一段低く、土は水を含みやすい。冬なら霜、春なら湿り、夏なら虫、秋なら落ち葉。どの季節でも足元の感触が一定しない。人の心も同じだと花散里は思う。ここに埋められる者は、皆、生前に足場を失っている。
埋葬が済むと、残り物の始末が来る。人が死んだあとの“形”を整える役目は、誰かが負わねばならない。
空蝉比丘尼が真似事から覚えたお経を唱えて村の者が引いたあと、庵の小間に小さな包みが持ち込まれた。血で汚れた着物は焼き捨てたという。火は早いが何でも灰にする。必要なものまで一緒に。
空蝉比丘尼が畳の上に包みを置き、紐をほどく。麻の匂いが立ち、風呂敷の内から、よそ行きの品々が顔を出した。火打ち道具の鉄の冷たさ、キセルの艶、煙草入れの縫い目。旅人の腰回りの一揃い。
花散里はそれらを眺めながら、勘次の背中の刺し跡を思い出す。あれは乱暴な夜盗の手ではない。狙いが一点に集まっている刺し方だった。
「財布には……これだけ」
空蝉が巾着を指でつまみ、口を開けて中身を見せる。小判が二枚。あとは細かい銭。徒歩の流れ者にしては目立つが、命を買えるほどの大金ではない。
花散里は舌の裏で数を転がす。阿片の抜け荷で上がった金が“わからない”――その噂と比べれば、巾着の中身は拍子抜けするほど軽い。軽いからこそ、不気味だった。金は、どこへ消えた。
「物取りの線ではなさそうね」
空蝉がさらりと言う。
花散里は返事をせず、代わりに道具の並びを目で追った。旅人が命綱にするもの――火、灯り、紙、薬。そこに欠けがあるかどうかを見る。
「着物は焼いたそうだけど……矢立と煙草入れとキセルと扇子、火打ち道具も一揃い。手形もあるわよ」
空蝉が一枚の紙を差し出す。手形はこれ一つで関所の柵が開く。
花散里は指先で紙を受け取り、紙の腰を確かめた。安い紙ではない。だが、上質すぎるほどでもない。ほどほど――役所に見せるための“ちょうどよさ”がある。
「出島屋が出した正規の奴ね……ん?」
朱印のにじみが、ほんの僅かに二重になっている。押し直したのか、押させ直したのか。文言も妙に整っている。旅の目的が必要以上に具体で、関所の役人が『止める理由』を作りやすい形をしていた。
花散里は眉を動かしただけだった。だが、その小さな癖を、空蝉が見逃すはずがない。
空蝉は茶を点てる前の釜に手を伸ばし、湯気に指をかざした。何でもない所作に見せかけて、こちらを観察している。
花散里は内心で舌打ちする。遊郭では顔色を隠すのが技だが、この尼は、男を抱くだけでなく、秘密を抱かせてきた女だ。相手が悪い。
「何か思い当たる節でも?」
空蝉の声は柔らかい。柔らかいほど、逃げ道がない。
「西に行くなら、関所を越えるでしょ。この手形で越えられるのかなって」
花散里は言い終えると同時に紙を戻した。手形を長く持つのは、持っているだけで罪になる時がある。
空蝉は「なるほど」と小さく頷く。納得顔が早い。早すぎる納得は、時に用意された筋書きの匂いがする。
――『西に行く』と言っていた勘次が、西へ行けなかった理由は見えてきた。
だが、それでは、なぜ紗灯尼庵に来て殺されたのかは説明できない。勘次は逃げたのか、誘われたのか。それとも、その両方か。
「いくつか、遺品でないものがあるわね」
花散里は畳に視線を落とし、散らばる物を一つずつ拾うように眺めた。旅人は身軽だ。必要な物しか持たない。だから“ない物”は、より強い意味を持つ。
花散里は矢立を指先で転がした。細い筒が鳴る。墨の匂いが、微かに残っている。
「紙がないわね。矢立があるのに書く紙がないってことは……何かが書かれていた」
その紙は、道中日記か、覚え書きか、手形の控えか。いずれにせよ、勘次が“持っていると危ないもの”だった可能性が高い。
花散里は言葉にせず、唇の奥で結論を固める。狙って抜かれた。狙って消された。
空蝉も、別の欠けを拾う。
「提灯がないのもおかしいわね。殺しは夜から朝にかけて。明かりも無しにこの庵まで来るのは無理よ」
花散里は墓地道を思い出す。月のない夜なら、木立が影を作り、足元の石が牙になる。竹は風が吹けば音を立てる。音は人を呼ぶ。提灯なしで夜道を歩けば、転ぶ。転べば音がする。音がすれば、誰かが出てくる。そういう場所だ。
「となると……殺しの際に燃え尽きたか……」
空蝉が呟く。
花散里は首を横に振った。
「別の人間が提灯を持っていたか」
灯りを持つ人間は、普通は一番前にいる。暗闇で道を切り開く役だ。
にもかかわらず、勘次は後ろから刺された。提灯を持つ者に背を見せることはまずない。灯りの輪に入ってしまえば、相手の動きが見えるからだ。
それでも背を見せたということは、勘次が安心した相手が前にいたか、あるいは、前の灯りに気を取られて、後ろの影に気づけなかったか。
そして、花散里は最後の欠けに指を止めた。そこだけ、腹の奥が冷える。
「で、印籠がないのよ」
口に出すと、空蝉の眉がほんの僅かに上がった。
印籠は薬を入れる。旅の熱、腹の痛み、眠気覚まし。流れ者ほど、薬を持つ。
その印籠がないということは、印籠の中身に“持ち去る理由”があったということだ。
花散里は遺品のキセルを手に取った。漆の肌の上に、指の脂が残る。吸い口に唇を当てた男の癖が、そこに残っているようで、花散里は一瞬だけ顔をしかめる。
鼻先に近づけて嗅いだ。
煙草の甘さではない。喉の奥が痺れるような、甘く重い匂い。紙と油と、薬の冷たさが混じった匂い。なつかしくも忌まわしい匂いだった。
小原正純の屋敷で嗅がされ、ここへ来る羽目に陥った匂い。
花散里は息を一つ吐き、言葉を短く落とした。
「……阿片の臭い」
空蝉が何も言わず、茶室の空気が一段だけ沈む。
沈んだ空気の底で、花散里は確信する。勘次は夜盗に殺されたのではない。夜盗に“見せかけられた”。
そして、印籠と紙と提灯――それらを抜いていける者は、ただの通り魔ではない。道を知り、形を作り、匂いまで操れる者だ。
火種は、まだ消えていない。むしろ、次の火を起こすために、静かに息をしている。
*
その日の夕方。
綿貫藤十郎が“快癒祝い”の席を用意した――というのは表向きだ。花散里は分かっている。祝いの席は口が緩む。口が緩めば、勘次が『誰に教えられ』『誰に導かれ』たかの尻尾が出る。
それに、蜻蛉と雲隠の行き先も、このまま宙に浮かせておけない。生き残るには居場所が要る。居場所を握るのは、たいてい男だ。
提灯を持つ下男の先導で紗灯尼庵の門を出ると、山肌に残る靄が薄く流れていた。春とはいえ風は冷たく、花散里は濃藍の羽織の襟を指先で正した。鼠がかった小紋は遠目に無地に見え、半幅帯はきっちりと締まっている。遊女の豪奢はないが、背筋の真っ直ぐさがそれを補って余りあった。
蜻蛉太夫は藍の縞木綿に身を包み、結び目だけは妙に上手い。借り物の道中着を肩に掛けても、袖口から覗く襟元にわずかな紅が残り、歩くたびに色が匂い立つ。
雲隠太夫は生成りの無地を控えめに着て、古い帯を几帳面に結び、薄い肩掛けを胸元で押さえた。尼庵の乾いた香が、袖の奥にまだ沈んでいる。
「けど、綿貫様も粋な事をしますねぇ。私たちの快癒祝いを開いてくれるって」
蜻蛉がのんきな調子で言い、雲隠が言葉の端を切った。
「蜻蛉。祝いには……返しが要るの。座敷ってのは、そういう場所よ」
雲隠は襟元を押さえ、息を飲み込むように口を閉じた。病みあがりの喉が、きゅ、と鳴った。
蜻蛉は笑おうとして笑えず、視線だけを前に投げる。
「花散里と違って、私たちは次を探さないと」
雲隠の言葉は妙にあっけらかんとしていた。
三人とも出島屋の遊郭に居たが、その出島屋が抜け荷で取り潰されてから日はそれほど経っていない。
使っていない掌侍としての役宅がある花散里と違って蜻蛉と雲隠の二人はまだ傾城町での行先は決まっていなかった。
「都落ちって陰口叩かれるわよ」
「何をいまさら。ここなら空蝉比丘尼の庵もあるし、夜鷹するぐらいなら……ね」
雲隠と比べて蜻蛉は歯切れが悪い。
「私は、花散里姐さんと別れたくはないな……」
門前宿の軒先に早咲きの桃が揺れ、乾いた土に草の青い匂いが混じる。角を曲がると景色が一変した。白粉の甘さと椿油、酒と湯の匂いが重なり、格子の奥から笑い声が漏れる――門前町の遊郭だ。
都に近い上に、紗灯尼庵もある事から、嬌声が華やかに艶やかに響く。
暖簾の手前で、遣手婆の視線が一瞬、三人の身なりを舐めた。借り物の木綿、控えめな帯、足袋の継ぎ当て――“値”を測る目だ。
花散里は一度だけ立ち止まり、二人を背に庇うように影を作った。その影の中で、蜻蛉は自然と襟を直し、雲隠は肩掛けを握り直す。
花散里は何もなかったように顔を上げ、暖簾の下をくぐった。
「ねぇ、花散里姐さん。綿貫藤十郎って、どんな人?」
蜻蛉の問いに、花散里は“噂で知る男”の輪郭を思い出す。色と金と、人の欲を嗅ぎ分ける嗅覚。その嗅覚が、今夜は自分たちに向けられる。
――ならば、こちらも嗅ぎ返すだけだ。
「よく参られた。
今日は快癒祝いだ。いつもは持てなす源氏太夫も今日はもてなされてもらおう。ささ。こちらへ」
楼主の部屋で待ちかまえる綿貫藤十郎の姿は堂々としたものだ。広い背を丸めることなく胡坐を組むなり、三人を座らせると山海の珍味が盛られた膳が運ばれてくる。見事な鯛の尾頭付きなどいつ以来だろうか。三人は箸を取りつつ思う。まるで祝言のような料理が並ぶとは夢にも思わなかった。
それと同時に綿貫藤十郎は花魁を呼ぶ。
おそらくこの店の一・二の花魁なのだろう。三人を歓待する目に嫉妬と羨望が混じりながら、綿貫藤十郎の左右に座る。右の女は若く、左の女は少し年嵩に見えた。違いといえば、嫁ぎ損ないの大店の娘が着せられる程度の、育ちの匂いが袖に残っていることぐらいだ。
女郎を買うときと同じだ。男は見栄を張る。己の座敷に“値の張る女”を置き、己の値を上げたつもりになる。
花魁たちの視線を受け止め、花散里は冷静に判断を下す。自分は客の一人ではなく――女の格を見せつけるために呼ばれたのだ。蜻蛉と雲隠は、その添え物。祝う声は甘いが、甘いほど値踏みが混じる。
酒が振舞われ、頬が少しずつ赤らんできたところで、綿貫の口が滑らかになった。
「ところで、出島屋の跡地はどうなるのでしょうね?」
来た、と花散里は思う。綿貫の狙いは分かりやすい。
取り潰された出島屋の跡は、いずれ別の楼が建つ。奉行所の裁量、町の都合、金の匂い――それらが絡み合う土地だ。
掌侍の花散里なら、表向きは“傾城町の総意”として口を挟むこともできなくはない。だから綿貫は、口を借りたいのだ。
「さあ。お奉行様のお仕事でしょう」
花散里は杯を口に運び、酒の温さで言葉を薄めた。
「そのお奉行様も病でお隠れになって、今は組頭が代行と聞きますし」
綿貫の目が細くなる。花散里は、そこでわざと名を転がした。
庵で聞いた男の名だ。確かめるには、こういう種が一番いい。
「有馬伝八郎様でしたか。堅いお方で、同心の締め方が厳しいと」
“野心”だの“いずれ奉行”だのと、断言はしない。評判という形にしておく。嘘でも本当でも、相手の反応で匂いが出る。
「ほほう。すると、有馬様には頑張ってもらわねばなりませぬな」
綿貫は笑ってみせた。だが杯を持つ指が一瞬止まった。笑う顔より、指先の躊躇の方が正直だ。花散里は、その一瞬を飲み込む。――名前が効いた。
次の瞬間、綿貫は何事もなかったように隣の花魁を引き寄せ、杯を持ったまま、その手を着物の中に滑り込ませた。女の息が熱くなる。首筋に浮かぶ汗。帯の奥で押し殺した吐息。それを気にも留めず、綿貫は欲望を滾らせた目を、花散里たちへ向けている。
(やっぱり、商品として見ている)
花散里は内心を伏せたまま酒を飲むふりをする。
横目の先では、綿貫ともう一人の花魁に挟まれた女が、目の焦点を失い口元を甘く歪めていた。芝居か素かは分からない。だが芝居だとしても、息の乱れや指の痙攣は嘘をつかない。
その生々しさに、蜻蛉の膝がわずかに揺れた。雲隠は指先で帯を押さえ呼吸を浅くする。花散里もまた身体の奥で“馴れ”が目を覚ますのを感じる。
厭うべきは男の視線で、厭うべきではないのは――女が身につけた技そのものだ。技は生き延びるための刃である。
「傾城町に店を持つのなら、数百両は必要でしょう」
花散里はわざと現実の話に落とした。色の話に引きずられれば、向こうの思う壺だ。
「そうですなぁ。上玉ばかり揃えれば、それほどのものになりましょう。……ですが」
綿貫は花散里を見て、蜻蛉を見て、雲隠を見た。
「目の前には、その上玉どころか――源氏太夫がお三方もいらっしゃる」
言葉の裏にあるものを、花散里はすぐに理解した。
抱え込む。跡地。楼。女。すべてを一つの縄で縛るつもりだ。
だからここまで派手に“快癒祝い”など開ける。派手な男は、目立つことを怖がらない。怖がらない男ほど、消える時は早い――と、花散里のどこかが冷たく囁く。
雲隠が、取り繕いを捨てて口を挟んだ。少し早口なのは緊張のためだろう。語尾がわずかに震える。
「つまり……綿貫様が、私たちの新しい楼主になってくださると?」
座敷の端で、花魁二人が貝合わせと称した戯れに夢中になっていた。貝殻を合わせて札を当てる遊びのはずが、指の重ね方がだんだん別の意味を帯びる。
酒の肴にするには露骨で、露骨だからこそ廓らしい。
綿貫藤十郎の手が遊女に伸び遊女たちは肌を晒して、貝合わせに耽る。
一枚脱がせば同じ穴の狸。廓は、そういう場所だ。男が満足するならそれでいい。女がそれで生き延びるなら、なおいい。
雲隠の問いに綿貫は返事を急がない。目の端で花魁二人が声を殺して崩れ、膝の力が抜けるのを眺めた。その瞳は冷めている。その冷た目が花散里たちを見つめていた。
作り笑いを貼りつけて、綿貫が言った。
「夜も遅い。今宵は泊っていかれるといい。部屋を用意させております」
用意“させて”いる。最初から決めていた言い方だ。
花散里はその一語だけで、綿貫の段取りの速さを測る。段取りが速い男は後ろ盾があるか、後ろ暗いものがあるかのどちらかだ。
宴の後、三人は奥の客室へ案内された。
広く、豪華で、この遊郭でも一番の部屋なのだろう。
布団は三つ、きちんと並べられていた。だが、それが“用意”であって“安心”ではないことを、三人とも分かっている。
返しが要る。
当たり前のように風呂場へ回され、湯に浸かる。白粉も香油も洗い流され、湯気の中で女は裸になる。裸になれば、言葉も本音に近づく。
湯船の縁に腕をついていた花散里に、雲隠が言い放った。湯の音を割るほど強い口調だった。
「決めた。わたし、綿貫様に賭ける」
花散里は驚いた。言葉より、雲隠の目の冴えに驚く。病みあがりの目ではない。獲物を見つけた目だ。
「……どうして、そう思うの」
雲隠は湯の中で肩をすくめた。
「さっき、有馬様の名が出た時。あの人、笑ったのに指が止まった。……“触れたくない名”よ。触れたくないのに触れられる立場にいる。そういう男は、下手に大人しくしてない。大きく取りに行く」
なるほど、と花散里は思う。雲隠は見ていたのだ。花散里の“探り”の刺さり方を。だから賭ける、と言える。
「私は反対しないわ」
それは本音だった。綿貫からは強欲の匂いしかしないが、傾城町に新しく店を構えるなら、それほどの欲は必要だろう。
花散里の中にも、その匂いに惹かれる部分がある。出島屋平蔵から嗅いだ匂いと同じ――甘く、重く、破滅の味がする匂い。
ただし、綿貫が花散里の探りに気づいているかどうかで、男の格は決まる。気づいていて泳がせているのなら、厄介だ。気づかずに踊っているだけなら、いずれ足が付く。
「わたしは、花散里姐さんと一緒なら構いません!」
遅れて蜻蛉が湯につかりながら言った。強がりの笑いを付けたが、笑いの端が震える。蜻蛉は“明るくする”ことで恐怖を薄める癖がある。
花散里は湯を掬い、胸元を流してから、短く言った。
「どっちにせよ……返しは必要よ。今夜のうちに、ね」
湯から上がると、客室に戻された。並んでいたはずの布団は、いつの間にか二つが片付けられ、あるいは重ねられて、真ん中に一つだけが残っていた。部屋の灯りも落とされ、闇が角を丸くしている。
しばらくして襖が静かに開き、綿貫藤十郎が入ってくる。足音が軽い。酔っていない足だ。
暗い客室の真ん中。布団は一つ。そこに向かって、裸の女が三人、土下座していた。肌が白いのは湯のせいだけではない。緊張で血が引いている。
「綿貫様。おもてなりありがとうございました」
雲隠がまず口を開く。髪を垂らしたまま顔を上げた時、長い髪が床に落ちて波打っていた。
期待と疼き、両方が見え透いている表情だ。それでも笑みを張り付けた唇の形がいい。媚びる姿勢の良さ。
「これは私たちのお返しでございます」
次に口を開いたのは、蜻蛉だった。
声が裏返り、畳の上を跳ねる。床の上に手をつき、頭を下げたせいで髪が顔を隠し明るさと快楽に期待したうなじだけが露わになっている。
最後に花散里が続く。
豊かな肢体と艶やかな髪に映える顔は、気高さと淫靡さを併せ持つ。唇を真一文字に引き結び、顎を引いて礼を尽くしたあと顔を上げる瞬間、かすかに笑みを浮かべて眉を寄せてみせる。その奥にある黒い瞳は濡れて妖しく光るはずだ。
「どうか、私たちの体を堪能してくださいませ」
綿貫藤十郎が殺される――三日前のことである。




