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第三章 拭えぬ過去  第二話

 カフェテリアを出た契助と七海は散歩するようにショッピングモール内を歩き回る。七海はもう購入に満足したのか、ウィンドウショッピングへと切り替えていた。

 今はショッピングモールの最上階、六階を回っている。嬉しそうにハミングしながら商品を見ては、契助を手招きして楽しさを共有しようとする。

 契助の反応が悪いとムスッとするのだが、謝るように頭を撫でたら機嫌が直るのだから扱いやすい。パタパタと揺れる犬の尻尾が幻視できそうなくらいだ。


『――ケースケ、ちょっといいかな』


「…………」


 突如、耳に入ってきた相棒の声。慣れたようにトントン、と契助はチョーカーを叩く。七海に気付かれないように、自然体で。


『本部から情報が入った。内容はテロ予告。場所は――今、君がいるショッピングモールだ』


「っ……」


 喉から溢れそうになった声を抑え、契助はトントンと続きを促す。それを確認したネコは『冷静で助かるよ』と次の情報を伝え始めた。


『今から五分前くらいに【浮島学都】の学都管理局と警察にテロ予告のメールが届けられた。要求は二つ。指定された能力犯罪者の解放と、‶第三学区の殺人鬼‶……つまり、君に関しての情報だ」


「……そりゃ厄介だな」


 七海から少し距離を置き、契助は口を開く。その表情に浮かべられるのは、困惑。学都管理局はともかく、どうして敵は警察が‶殺人鬼‶の情報を持っていると考えたのだろうか。そんな契助の疑問を感じ取ったように、ネコが契助に尋ねた。


『君、確か不逮捕特権を持ってるよね?』


「……ああ、【新都】に派遣された時に警視総監の娘を助けた時に貰った気がするな。俺の犯罪行為、《猟犬》の活動の邪魔をしない約束だったか」


『裏社会では有名な話だからね。そこから警察との繋がりを考えたのかも』


「あり得る話だな。敵さんは俺がショッピングモールにいることを知っているようだし、何かしらの情報獲得手段があるらしい」


 チリチリと敏感に反応する契助のうなじ。どこからか見られているような、嫌な感覚だ。もしかしたらテロ予告した犯人も近くにいるのかもしれない。

 契助を‶殺人鬼‶として知っているくせに、個人情報が欲しいとは……敵の狙いが読めない、と契助は小さく舌打ちした。


『客を人質に取り、要求が通らなければショッピングモールを爆発させるつもりだろう。いや、要求が通っても爆発させるかもしれないけど』


「つまり爆弾、あるいは爆破系能力者。いや、後者だろうな。爆弾なんざ仕掛けようなら、お前が気付く」


『自分で言うのもなんだろうけど、ボクなら気付くね。だから、能力者。危険な能力持ちはデータベースに登録されているはずだから、全力で探すよ』


「俺は何をすればいい」


『普通にしてくれ。下手に刺激しないように。万が一、ボクらが手遅れで爆発テロが起こった場合はケースケの力が必要だ。被害を最小限にするよう尽くしてくれ』


「おう。指示があるまでは気軽にショッピングしておくからな」


『いいご身分だね、君は。また連絡するよ』


「了解だ」


 プツッと通信終了の音が聞こえ、相棒の声は途絶えた。そして見計らったようにトテトテと、商品を見ていた七海が寄ってくる。


「契助さん? 何かありました?」


「いや、快調だ。取り敢えず片っ端からナイフで斬り付けていくが、構わないよな?」


「何がありました⁉︎ なんか変に洗脳されてないですかそれっ!」


「冗談だ。お前はやっぱり可愛いな。嫁にしたい」


「ふぇええ! 契助さんがおかしくなっちゃいましたぁ!」


 相棒に言われた通り『普通』を意識して行動すると、何やら七海が拒絶反応を起こしている。わなわなと震える七海は「さては偽者だなぁ!」とか「おのれぇ! 本物の契助さんを返せぇ!」とか叫びながら、契助に掴み掛かってきた。

 契助はそんな七海を抱き締めて迎えると、耳元で「ったく、そんなに俺に抱かれたいか?」とノリで囁く。七海はボフンッとオーバーヒートを起こすと、ギュッと抱き付いて契助の胸に真っ赤な顔をうずめた。


「おーい、そんなにくっ付かれると暑いんだが」


「あ、熱い⁉︎ 私達ってそんなアツアツカップルでしたっけ⁉︎ あれ⁉︎」


「疲れたのか? 少しベンチで休憩するか。ほら、来いよ」


「ひゃ、ひゃい……」


 七海の肩を抱き寄せて少し離れたベンチへと向かう契助。本人は『普通』って難しいな、と考えている一方で、どこからか『……少女ロリたらし』という幻聴が、それも相棒の声で聞こえたがきっと気のせいだろう。

 契助が七海を連れて木製ベンチに座ると、怪訝そうな顔をした七海が顔を近付けてこそこそと契助に声を掛けた。


「あの……本当に、どうしましたか? さっき、その……相棒ネコさんと会話していたんですよね?」


「ん、まあな。ちょいと厄介な自体になったが、気にするな。少なくとも、今はどうしようもない」


「そうですか……私は別に一人でも大丈夫ですよ?」


「いや、残念ながら現場は『ここ』だからな。今から別行動をするのは逆に危険だ」


「えっ……もしかして、爆破テロ……?」


「おぉ……なんで分かった?」


 契助の問い掛けに対して、七海は無言。顔を深く俯かせて、表情を契助に見せようとしない。その様子にしばらく何も分からなかった契助だが、ネコの報告が頭にぎり、ピンと来た。


(両親はテロに巻き込まれて亡くなっている……だったか)


 テロなんてそうそう起こるものではない。そして、それが爆破テロとなれば、おそらく二年前の事件だ。今回のように、ショッピングモールで発生した爆破テロ事件。ただし相違点としては、学園都市外にあるショッピングモールであったというところか。

 犯人はショッピングモールの客を人質に取ると、警察に『監獄都市から指定した奴を引き渡せ』と要求した。簡単な話、犯人は能力犯罪者を解き放とうとしたのだ。

 当然だが、そんな要求を呑むことはできない。警察は犯人の確保に向けて動き始めた。近年新しく設立された『能力部隊』も動員され、犯人確保の作戦が決行される。


 そして、失敗した。


 犯人は警察が侵入した直後にショッピングモールを爆破。それによって人質の大半が犠牲となり、自爆テロの中でも上位に入る悲惨な事件となった。

 もし《月下猟犬》が手を貸していたら結果は異なっていたかもしれないが、《月下猟犬》は学園都市内の組織。学園都市外のテロ事件に首を突っ込む余裕はなかった。テレビ画面の向こうで崩壊したショッピングモールを見て、唇を噛み締めた記憶が契助には確かにある。

 目の前の少女が『不老不死』に目覚めたのは中学二年生、つまり二年前。

 もしこの事件が切っ掛けで『不老不死』に目覚め、生存したのなら……同じような惨劇は、起こしたくない。しかし、今の状況で契助が動くことは逆効果だ。

 状況を打開したくとも、手を打てば悪化させる歯痒さに契助はギリッと歯軋りした。


「……ネコ、どうだ。犯人は確保できそうか」


『――難しいとしか言えない。ケースケに関することは警察じゃなくて《猟犬》の案件なんだけど、勝手しそうな奴らがいるのも面倒の一つ。犯人が特定さえできれば、こっちにも打つ手があるんだけど』


「この際、犯人確保に集中するよう言ってくれ。俺の情報なんざ、後で隠蔽できる」


『そうは言ってもねぇ……取り敢えず進言しておくよ』


「ん、頼んだ。……あ、待ってくれ。もう一つ頼みがある」


『いいよ。何でも言ってくれ』


「‶勝田アキラ‶の情報を寄越して欲しいんだが」


『……二年前のテロ首謀者なら死んでるはずだけど』


「知ってるさ。後回しでもいい。頼んだ」


『…………三分待って。正確な情報を探してみるから』


 プツッと音声が途切れる。隣に座っている七海が不安そうな表情で契助を見つめてくるので、契助は「心配するな」と頭を撫でてやる。

 その後、きっかり三分で契助のチョーカーに着信が入る。同時に、契助の手元にコンタクトレンズが『転送』された。周囲に勘付かれないように、契助の手の平の上に素早く送られてくる。

 契助がコンタクトレンズを装着すると、鬼狐の面と同様の視界に相棒から送られた資料データが浮かび上がった。丁寧に纏めてあるそれらに目を通して、契助は顔をしかめた。


「契助さん……?」


「無能力者か」


「えっと……何がですか?」


「勝田アキラだ。だが、ショッピングモールの爆発は犯人を中心に爆発している。自分の身体に爆弾を巻き付けていたか? いや、それにしては被害がデカすぎる。爆破系の能力を所持していると思ったんだが、勝田アキラは無能力者だったらしい」


 勝田アキラ。当時52歳。学園都市外で《アダム》のような能力至上主義を掲げ、学園都市による能力の独占、能力の制限に異を唱えた生物学者。

 勝田アキラ自身は能力を持たない無能力の人間。それ故に、能力に人類の進化の可能性を見出していたのか……それは、本人にしか分からないことだ。

 予想が外れたな、と契助は頭を掻く。

 手掛かりが少ない現状、やはり犯人の特定は厳しいかと唇を噛む契助。せめて七海だけでもショッピングモール外に避難させるか思考を巡らせている時に、か細い声が耳に届く。


「……‶あの時‶、犯人が爆発しました。まるで、人型の爆弾みたいに……」


「…………やっぱり、‶そこ‶にいたんだな」


 契助の言葉に、無言でコクリと頷く七海。その表情は、俯いていて見えないが、簡単に想像できる。契助は七海の頭を撫でて小さく「教えてくれてありがとな」と告げる。


「となると、考えられるのは……誰かに利用された、か? 遠隔で爆破させる能力を持つような奴に」


 相棒が集めた資料の中にある勝田アキラという二年前の爆破テロの犯人は、囚われた能力犯罪者の解放を要求した。犯人の主張は『彼らの力を伸ばせば、人類はより進化できる! 能力こそ進化の足掛かりなのだ!』らしい。

 しかし、要求は通らず、捕縛されそうになった勝田アキラはテロにより自滅した。


「おい、ネコ。勝田の人間関係周辺に爆破系能力者はいないのか?」


『爆破に関する能力を持つ人はいないね。そもそも勝田の世代で能力者は珍しい。能力による爆破の線は薄いんじゃない?』


「いや、能力だ。目の前で爆発を見た証人もいる。この際、爆破に関係しなくてもいいから能力を所有している関係者のリストを全部送ってくれ」


『任せて。すぐに送るよ』


 追加で受信する新たな資料。勝田の思想に賛同する能力者のリストに目を通すが、どれも爆破とは縁がなさそうなものばかり。全く関係ない第三者の介入か、と契助の表情が曇り出した時、ふと視点が止まる。


「勝田……宗生そうせい? 勝田アキラに息子がいるのか」


 高校時代の卒業写真か、少し目線を下げて陰鬱な表情をしている少年の顔が目に映る。現在の年齢は27歳、学園都市外の大学を中退して以降の足取りは不明。


「息子の方は能力者か。能力は……『薬を精製する』能力。爆破にはあまり関係なさそうだな」


 大学の退学理由は、自作の風邪薬や鎮痛剤を販売していたことが露見したから。その程度ならば無関係か、と次の資料に目を通そうとした時に『あ、そうだ』と聞こえてくる。


『薬で思い出したんだけど、研究所で回収した注射器の中身の照合が終わったって。まだ世に出回ってない新薬みたいだよ。鑑識科と化学科が必死になって成分を解析してるみたいだよ』


「あいつらが苦戦しているのか。まぁ《アダム》の研究所だからな。未知の薬を作り出す研究をしててもおかしくはないだろ」


『だね。もし流通したら、とんでもない額になりそうだけど』


「ユグドラシル製品を入手している組織だ。裏で流通するルートを確保しているだろうからな。その資金でまた新しい研究……別の被害者が生まれる。《アダム》の根本を断たない限りな」


 とはいえ今は爆破テロの話だ、と口に出そうとして動きが止まる。


 どうしてテロの話から研究所の話になった? と。


「爆破テロ……能力開発研究……研究所……未知の薬? 新たな薬を、精製する能力……?」


 爆破テロ首謀者、勝田アキラ。


 その息子、勝田宗生。


 能力開発研究に、新薬。


 そして、薬を精製する能力。


 繋がる。

 テロ事件が、研究所での出来事が。

 契助、ネコ、七海は同時に一つの答えに至った。


「「それだ!」」


 契助と七海の声が被る。

 大きな声を出したことで周囲の買い物客から注目を浴びて顔が赤くなるが、すぐに気を取り直して情報の整理を始めた。


「まず、二年前。勝田アキラはテロを起こす。目的は能力犯罪者の解放、そして能力の研究のため」


『結果として、失敗。勝田アキラは自爆を選び、テロ事件は幕を閉じる、だね』


「その後に、私は《アダム》に攫われる……能力の研究のために」


「ああ。その研究所で発見されたのは新薬。そして、勝田アキラの息子である勝田宗生の能力は『薬を精製する』能力だ。人を‶狂戦士バーサーカー‶に変える薬を作り出しても不思議じゃない」


 七海は納得するようにコクリと頷き、ネコも『うんうん』と相槌を打つ。


「犯人は勝田宗生の可能性が高い。ネコ、《猟犬》本部に連絡して勝田宗生を手配してくれ。まだ容疑者の段階だが……手遅れになるよりマシだ。この繋がりが偶然とは思えない」


『ん、りょーかい。ショッピングモールに応援は要請してある。後は任せて』


「おう、頼……」


 ‶頼んだ‶と契助が言おうとした時、少し離れたところで「きゃあああっ!」と悲鳴が響いた。周囲の客の視線と一緒に、契助達の視線もそちらにつられる。

 周囲の買い物客を押し除けながら二人の男女が現れる。金髪に髪を染めてヤンチャをしていそうな二人組だ。周囲をキョロキョロと見渡していたが、契助達の方を見るや血走った目で近寄ってくる。

 契助が七海を背に隠して拳を構えるが、様子のおかしい男女に敵対心は見えない。いや、むしろ彼らの表情は明確に‶恐怖‶の色に染まっていた。


「た、た、助けてくれ! お前なんだろ⁉︎ あいつが言ってたのはお前だろ⁉︎」


 躓きながらも駆け寄り、契助に縋り付く男と女。錯乱したかのように助けを乞う姿に契助は戸惑う。二人を落ち着かせようと声を掛けても、まるで聞こえていない。壊れたように「助けてくれ」と懇願し続ける。


「おい、待ってくれよ。せめて理由を聞かせてくれ」


「あ、あ、あいつが言ってたんだ。お前なら助けてくれる、どうにかしてくれるって! おいどうなんだよ! 死にたくねぇよぉ!」


「こんなにお願いしてるじゃない! 何が不満なの⁉︎ ねぇ、なんでもする! なんでもするから助けてよ!」


 ‶あいつ‶と呼ぶ人物が二人を殺そうとして、契助に助けを求めるように指示を出した。二人の言い分をまとめるとそうなるが、違和感が残る。殺そうと思っている人間を、どうして契助の元に送り出したのか。


『陽動かもしれない。油断しないで』


「わかってる。だが、殺気はないぞ。狙いがわからない」


 契助の周りには喚く男女から距離を取りつつも何事かと集まる買い物客しかいない。不審な動きをする者はおらず、この二人も怪しい物は持っていない。


「なぁ、なぁ! ‶時間がない‶! 助けてくれよぉ」


「時間がない……?」


 ショッピングモール内に設置されている時計を見る。時刻は11時59分。秒針は時計盤の10を指したところだ。


「ネコっ、怪しい動きをするやつは⁉︎」


『どこにも見えない。爆弾が設置されていたり持ち込まれている様子はないよ。契助の前の二人以外に異常は……』


 ハッとする。それはネコも同じだったのだろう。

 爆弾は持ち込まれていない。爆破系の能力を持っているわけでもない。だが、勝田アキラは自爆した。

 どうやって爆破したのか。簡単だ。


 ‶人間を爆弾に変えればいい‶。


 勝田宗生の能力『薬を精製する』――『薬剤精製』は、人を化物へと変異させる薬も生み出している。

 ならば、人を‶爆弾‶にすることだって――


「伏せろ‼︎」


 腰のベルトに仕込んでいた鞘からナイフを引き抜き、目の前の二人の首を狙うが、遅かった。


 正午を知らせる鐘が鳴る。


 男女の身体が膨張する。


 内部に溜め込んだエネルギーが、一瞬にして炸裂するように。風船が破裂する寸前の、最後の抵抗のように。


「――ぁ」


 漏れ出た声は、誰の声か。


 瞬間、大爆炎が全てを吹き飛ばした。

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