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第二章 研究所と《アダム》  第二話

 翌日、契助が目を覚ましたのは午前六時。普段の起床時間よりも三十分早かった。暗がりの中、枕元の電灯を点けると仄かな明かりが灯される。

 だが、隣で寝ている七海の幼い顔を見て契助は明かりを消した。再び部屋が闇の中になるが、契助の起床に感付いたのか、首のチョーカーが起動して小さな光が点滅を始めた。


『やぁ、おはよう。眠れたかい?』


「……ん。それで……どれくらいできた……くぁあ……」


 尋ねようとして欠伸が出た。チョーカーの向こうでは小さな笑い声が聞こえ、ピロンッと軽快な音と共にデータが送られてくる。契助が近くで充電していた鬼狐の面を被ると、特殊レンズに様々な情報が映し出された。


『取り敢えず、研究所の場所と規模が分かった。関与している組織は、やっぱり《アダム》だったよ。ほら、‶毒蜘蛛アラクネ‶に武器を与えた組織』


「知ってるさ」


 《アダム》――非能力者排斥主義集団。学園都市化計画の闇。能力向上委員会過激派。自称神々の子孫、などなど。様々な別名を持つ組織だが、その実態は『能力犯罪者の吹き溜まり』だ。

 そして、契助の最大の敵とも言える。


「また尻尾を出しやがったな。今度こそ首を捕まえたいが……本部の様子は?」


『研究所の場所が分かったから慌ただしく動いてるよ。特に相手は《アダム》だからね。それと、八重波 七海を見つけたのはお手柄だってさ』


「手柄はどうでもいい。それより制圧は何時からだ? 俺も行く」


『明日の2時。目標1時間制圧。もちろん君にも声が掛かってるよ。ボクが了承しておいた』


「サンキュ。俺の武器、使用許可は貰えそうか?」


『いいや、上からの命令だ。しばらく無理だろうね。そもそもあんなに大破させておいて修理が終わってると思うかい? 全く、毎度ながら技術課に修理を頼むボクの立場を考えてみろよ』


「簡単に壊れる方が悪い。技術課が『君の能力は完全に計算できた』なんて自慢げに言ってたのによ」


『最高硬度を誇るオリハルアダマイト合金が損壊したなんてボクでさえ耳を疑ったね。君を過小評価してたよ』


 呆れたような音声が届く。契助はハンッと鼻を鳴らした。とはいえ、契助の武器が壊れているのは事実で、手元にあるのはナイフ二振りだ。雑魚処理用の武器しかない。強力な武器は、話題にも上がったように修理中だからだ。

 もっとも、直っていたところで使えはしない。前回の使用時にちょっと力加減を間違えたせいで学都内の一部区域を‶吹き飛ばして‶しまい、一定期間使用禁止を言い渡されてしまったからだ。


「……もう一つくらい、天装武器が欲しいもんだ」


『壊して文句を言う為かい?』


 その通り、と言わんばかりに契助はニヤリと笑った。


 ▽


「ふぁぁ……おはようございます、契助さん」


 相棒との会話が終わった後、ナイフの素振りをしていた契助に目を覚ました七海が声を掛けた。幼い顔に寝癖がぴょこんと立っていて可愛らしい。契助は二振りのナイフを腰の鞘に納めると、近くの椅子に腰掛けて小さな笑みを浮かべる。


「ああ、おはよう。どうだ、眠れたか?」


「ええ。ベッドはやっぱり快適ですね。床のひんやりした感じも捨てがたいですけど、固いので眠りがどうしても浅くなるんです」


「いや、そんな悲しい情報いらないから」


 契助は何とも言えない微妙な顔で七海を見る。七海は「じょ、冗談ですよ。あははー」と笑った。その口端が引きつっているが契助は見ないふりだ。


 ――ピロンッ。


 通知が来たような軽快な音が契助のチョーカーから鳴る。契助は何事かと首を捻るが、すぐに思い当たったように頷いた。


「……ああ、転送か」


「てんそう?」


「昨日ネコに頼んだヤツが届いた。今から転送されてくる」


 契助が言い終わった直後、二人の目の前にホログラムのような淡い光の物体が発生する。それはやがてチキチキという音を立てながら端から実体へと変遷していった。そして全体が転送され終わると、重力に従って落下運動を始める。それを慣れたように契助がキャッチした。

 転送されたのは、契助の首にあるのと同型のチョーカーだ。少し違うのは、契助のような無骨な物ではなく、デザイン性のある可愛らしいチョーカーであるということである。女の子がアクセサリーとして着用しても違和感はない。


「護衛用チョーカー。ウチの技術課による発明品の一つだ。これを着けていれば着用者には常時『防御』が発動される。GPSで位置も分かるし、繋げれば遠隔通信も可能だ」


「これ……私に?」


「ああ。やるから首に着けとけ」


「……どうしてそこまでしてくれるんですか?」


 七海の質問に契助は即答する。


「昨日言っただろ。困ってる人がいたら助けるのが俺の信条だ。年下の女子なら悩むまでもない」


「……私以外の女の子でも、ですか?」


「ん? んー……どうだろうな。助けるには助けるだろうが、ここまではしないだろうな、うん。お前は特別だ。だってお前は――」


 そこまで言って、契助は口を閉ざす。『お前は妹に似ている』とはどうにも口に出せなかった。それは気恥ずかしさなのか、それともまた別の感情なのかは契助には分からない。

 しかし、そんな契助の心の中の葛藤など七海は知らない。七海が知るのは契助が発した言葉そのままだ。

 つまり『お前は特別だ』という契助からの告白である。


「……つ、着けてくれてもいいんですよ? チョーカー」


 素直になれないながらも、プイッと横を向きながら七海は告げる。その顔はほんのりと赤く染まっている。しかし契助はそれに気付くことはない。


「おう。最初は違和感があるがすぐに慣れる。俺がそうだったからな」


 契助は椅子から立ち上がると、ベッドに座る七海の正面に片膝を立てて目線を合わせる。そして、そっと七海の首を撫でるようにチョーカーを添えた。カチッと接続が完了し、契助のチョーカーのように点滅がほのかに光る。


「できたぞ。どうだ?」


 七海は自身の首に手をやると、確かにそこにはチョーカーがあった。契助によって着けられた、守る為のチョーカー。七海は立ち上がると、鏡台の前に移動して鏡を覗き込んだ。


「……ふひ」


「お、おい。凄く……緩んだ顔になってるぞ。大丈夫か?」


「大丈夫です! えへへ……」


 鏡でチョーカー姿の自身を見ては、ニヤニヤと頬を緩める七海。誰がどう見ても‶恋する乙女の顔‶になっているのだが、本人はまだ気付いていない。そして「どうしてそんなに喜んで……ハッ、機能性か!」と変な勘違いをしている契助。恋愛に疎い訳ではないものの、普通の感性からは程遠い人生を送ってきている。

 一方は妹を想うような契助、もう一方は‶特別‶に嬉しさを感じる七海。二人の認識のズレのしわ寄せは、果たしてどんな影響なのだろうか。

 それは誰にも分からなかった。


 ▽


 護衛用チョーカーを装着させたことでようやく契助は一息をつく。銃弾くらいならば『防御』で身を守ることが可能であり、契助の隙を突いて一瞬で連れ去られたとしてもGPSで追跡ができる。今までが神経質過ぎたのかもしれないが、敵が《アダム》という大規模組織だった以上、警戒は無駄では無かったであろう。

 昨晩の分までシャワーを浴びて、自室に引きこもって埃を被っているだろう相棒に頼んで契助は自分と七海の分の服を転送してもらい、それに着替える。

 替えの服も地味ではあるが、無頓着な契助が選ぶよりも見栄えは良くなった。七海に至っては研究所の薄汚れた服だったのが白色のワンピースへと変わっている。七海の可憐さに思わず見惚れた契助が固まる。脳内の相棒が『ケースケの浮気者ぉ!』とポカスカ殴ってくれなければ、怪しまれる程に見つめていただろう。

 そうして着替えなどの支度を済ませた二人は、ホテルの十階に備え付けられた食堂レストランへと足を運んだ。


「あの……大丈夫ですかね?」


「人目についても、ってか? それは問題ない。ネコ……俺の仲間がしっかり見張っているからな。折角その服が似合ってんだ。もっと堂々としてろ」


 もし何か異常があれば、すぐにチョーカー伝いで連絡が入るだろう。もっとも、契助達が泊まっているホテルは既に相棒によって『接続』、『干渉』されている。不審者はホテルに入った瞬間に契助へとその情報が届く仕様だ。

 それよりも、さっきから隣でそわそわしている少女の方が気になる。


「け、契助さんっ」


「どうした? 花摘みに行きたいのか? 手洗いの前までついて行くぞ」


「違いますよ! その……手を繋いで、くれませんか?」


「ん? どうしてだ?」


「えっと……そう、あれです。仲良し兄妹の演出ですよ。その方が自然ですし、堂々とできますから!」


「む……まあ、間違ってないかもな。ほら」


 契助が手を差し出すと、七海は僅かに嬉しそうな顔をしてその手を取った。必死にニヤニヤを止めようとしているが全く隠し切れていない。食堂に入った二人を見る目はむしろ好奇なそれだ。


「あらまぁ、可愛い。兄妹かしら」


「あの女の子の表情を見て兄妹と思うのか? 間違いなく彼氏彼女だよ」


「若いって良いわねぇ」


 何故だか周りの視線をやけに感じる……と契助は微妙な顔をしながら食堂のバイキングコーナーへと並ぶ。料金は既に相棒が払っているから、食べ放題だ。それを七海に伝えると、目をキラキラと子供のように光らせて皿一杯に料理を盛り付け始めた。

 こんな量食えるのかこいつ……と思いながらも、契助は口には出さない。監禁生活では好きな食べ物すら与えられなかっただろう。もしかすると、『不老不死』を口実に飯すら出されなかったかもしれない。どちらにせよ、苦しい思いをしたはずだ。


「……好きなだけ食えよ。食べ残さない程度に」


「はいっ! 了解です!」


 ビシッと敬礼する七海。言質は取った! と言わんばかりに更に皿へと盛り付ける。最終的に、その量は契助の倍以上あったのだが、七海はぺろりと平らげていた。朝食を食べ終わった後、契助と七海はお茶を飲んで少し雑談する。


「契助さん。この後はどうするんですか?」


「夜まで待機だ」


「えっと……他には?」


「無い」


「そ、そうですか……」


 ずっと閉じ込められていた七海は、本当は外へ出て歩き回りたいと思っていた。だが、守ってもらっている手前、勝手なことを言って契助を困らせるのも嫌だった。昨日の夜に契助に助けられなかったら、七海は今も白い部屋に閉じ込められたままなのだから。それを七海の表情から汲み取った契助は頬を掻きながら独りちた。


「……ま、流石に退屈だろうからホテルの周辺を軽く散歩しよう。夜に出掛けるから、夕方からは仮眠する」


「出掛けるんですか? どこに?」


「お前がいた研究所だ。俺の仲間が居場所を突き止めたからな。逃げられる前に制圧する」


「せ、制圧……それは、その……」


 七海の脳裏には昨日の光景が再生される。七海を追い掛けていたあの二人の最期。そして、獰猛な鬼狐の面。七海の内側に瞬間的に湧き出た恐怖、それを読み取った契助は七海の頭に手を置いた。


「お前は気にしなくていい。勝手に巻き込まれた被害者なんだからな。日陰を生きるのは、そこでしか生きられない人間だけで十分だ」


「契助さん……」


「とりあえず今はそんなこと忘れて散歩しようぜ。食後の運動だ」


「そうですね。少し歩きたいです」


 そして食堂を後にした二人は、ホテルの外へと足を踏み出す。七海はワクワクとした顔で契助を引っ張っていき、引っ張られる契助は小言を言いながらもその表情は嫌そうではなかった。


「ふわぁ……! お散歩なんていつ振りだろ〜!」


 契助は周囲の警戒を怠ることなく、前を歩いている七海を追う。ずっと閉じ込められていた反動か、七海は何を見ても楽しそうだ。それこそ、犬に似た雲を見つけただけで大はしゃぎしていたのだから、小学生みたいだなと契助は苦笑いする。

 ふらりふらりと気ままに進んでいると、遠くからでも分かる巨大な建物が見えてきた。

 第三学区でも最大規模の建造物、【能力戦闘競技場】だ。名前の通り、能力を用いた模擬戦闘や能力格闘技、能力競技を開催している場所である。

 学都民の間では『バトルアリーナ』とも呼ばれているあの場所は、観戦としての娯楽だけではなく、能力者同士のストレス発散の場としても活躍している。公式大会期間中以外は誰でもエントリーできるからだ。

 契助も妹が参加する能力格闘技の観戦に何度か足を運んだ経験がある。


「あれの向こうは『第四学区』だな。これ以上は遠出になる。引き返すぞ」


「分かりました。でも、いつかは行ってみたいですね」


「そうだな。大和ミュージアムに厳島神社……は、どちらかと言えば『第五学区』寄りか。いや、でもお前は確か『第五学区』の高校だったよな?」


「そうですね。でも私、いまだに学園都市の区分がよく分からなくて……区分もそうですが、能力について契助さんは詳しいですか?」


「んー、いや、人並みだな。俺の知っている範囲で話してやろうか?」


「本当ですか? じゃあ、お願いします!」


「ああ。つっても、まあ――」


 ――始まりはいつだったかは分からない。

 いつしか人は、『能力』と呼ばれる不思議な力を手に入れた。ある者は物に触れずに動かすことを可能とし、またある者は仕掛けも無しに空を飛んだ。人々はそれぞれ違う能力をその身に宿し、新たな才能開花とした。

 能力の発現により世界は急速に姿を変えた。科学の進歩はもちろんのこと、能力を十全に引き出す為の研究や未知なる能力を生み出す研究、果ては軍事目的の能力開発まで。良くも悪くも、能力は世界を変えてしまった。

 そんな世界の動乱の中、日本もまた新たな巨大研究施設を構築する。若者の能力を正しく育成する研究施設――否、正確には『学園都市』を作り上げた。


 北海道・東北エリアの学園都市【雪原】。


 関東エリアの学園都市【新都】。


 中部エリアの学園都市【霊峰】。


 近畿エリアの学園都市【古都】。


 中国・四国エリアの学園都市【浮島】。


 九州・沖縄エリアの学園都市【火山】。


 また、学園都市とは別に『監獄都市』も作られた。そこには凶悪な能力犯罪者達が送り込まれ、表には出さないような非道な刑罰が課されているという。監獄都市は地獄だという噂から、監獄都市こそ真の能力研究施設だという都市伝説まである。

 能力犯罪は特に重い刑罰であるのは事実なので、人々は能力を悪用しようとは思わない。しかしながら、犯罪者というのは存在するわけで……


「……そこで設立されたのが俺達の組織。警察じゃ手の出せない闇を潜る非合法自警団。その名も――《月下猟犬ナイトウォッチ》。頭文字を取って《N・W》って呼ぶ奴もいるな。俺は《猟犬》と名乗ってるが」


「組織……ってことは、契助さんは戦闘員?」


「そうだ。でも、どちらかと言えば……呼ばれたら行く、ぐらいのフリーな浮浪者だけどな」


「へぇ……ちなみにお給料は?」


「ボランティア」


「マジで⁉︎」


 丁寧な口調も忘れて七海が驚愕する。契助は「冗談だよ、冗談」と目を丸くする七海を見て口元を緩めた。七海は安心したように胸を撫で下ろす。


「お、脅かさないでくださいよぅ……本当にびっくりしたんですからね」


「そうか? 別にボランティアでも、なんら不思議は無いと思うんだけどな」


「人の命を助けるのに対価不要ボランティアだったら、逆に契助さんの精神を疑いますよ。対価として体を要求するとか」


「…………別に金髪幼女を奴隷にしたりとかしてないぞ」


「あの、今の間は何ですか? それに内容が妙に具体的ですし……ちょっと、契助さん? ああっ、逃げようったって、そうはいきませんよっ!」


 騒がしい契助達に対してチョーカー越しで相棒の溜息が聞こえた気もするが、契助は気にしない。

 契助と七海の散歩はこうして終わり、二人はホテルの部屋へと帰還した。昼食を食べ、部屋に戻った後も契助は七海と雑談を交わしていたが、仮眠の時間にはきっぱりと「寝る。起こすな」と雑談を打ち切ってベッドに寝転がった。やることがなくなった七海はしばらく契助の寝顔を眺め、思い付いたように契助のベッドに忍び込む。


「〜〜〜〜っ」


 勝手に契助の懐に潜り込んでは、勝手に一人で悶える七海。この時、契助は人物の接近に反応して目を覚ましていたのだが、それを七海が知る由もない。契助は契助で、やっぱり風花いもうとみたいだ、と思っていた。

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完全にすれ違っている契助と七海の恋の行方がすごく気になりました!
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