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第五章 救いたがりの‶殺人鬼‶ 玖院契助  第四話

 目で追うことも叶わない攻撃に、気付けば音だけが生々しく響いた。最後まで気丈に立っていた体が、ドサリと崩れ落ちる。

 頭部の喪失――誰が見ても明確な、死。

 零れ落ちる涙、しかし唇をギュッと噛み締めて嗚咽を我慢する。渡された鬼狐の面を抱き締めて、現実から目を背けないように前を向く。


『あっけない、なァ。‶殺人鬼‶と言えど、人間。戦闘向きの能力でもないのに、ここまで恐れられたのは、ひとえに《猟犬》のネームバリューに過ぎないということかなァ』


 さァて、と勝田は七海の方へ機体を向ける。


『悪いなァ。邪魔者に一生纏わりつかれるとメンドウだからなァ。協力する姿勢は要らないよ。僕が勝手に、君を利用させてもらうだけだからなァ』


 きひひ、と上機嫌に笑っていた勝田だったが、その表情が不満げに変わる。

 七海の顔が、絶望に染まっていないからだ。キッと勝田を睨むその顔は、何も諦めてはいない。強い意志を感じる眼に、勝田は苛立ちながら舌打ちをした。


(――信じます)


 何があっても信じてほしい、と契助は言った。

 ならば、七海は信じるだけだ。

 研究所から逃げ出した七海を救ってくれた。

 研究所の制圧を見届けたいという願いを叶えてくれた。

『不老不死』の七海に、生きる意味を教えてくれた。

 一度、気持ちを裏切られた。

 だが、もう一度やり直そうと、歩み寄ってくれた。


「私は、契助さんを信じます!」


『死人を信じて何ができるんだァ? これは滑稽だなァ! 君の王子様は死んだ! 君に残されたのは一生モルモットになるというバッドエンドだけなんだよナァ!』


 どうせ『不老不死』で死なないのだ。移送車襲撃の時と同じ。多少手荒に扱っても問題はない。手足の骨を折って、無抵抗な状態で連れ去ろうと鎧装兵器を操った時。


 ――ドクンッ!


 力強い拍動が、響き渡る。

 ドクン、ドクンと脈打つ音が聞こえてくる。

 契助の体から湯気が立ち昇り、心拍の高鳴りが増す。真紅色の柔らかな光が契助を纏うように輝き始める。


『バカな。頭を潰した人間が生きているはずが……』


 驚愕の声色で、勝田は契助の死体に銃口を向ける。激しい閃光と共に弾丸が射出されて契助の体に突き刺さるが、数秒後にはカラン、と体内から押し出されるようにして弾丸が地面を転がった。


『だったら、全身を吹き飛ばせばいいだけだァ!』


 上腕部から銃身を構える。タンタンタン! と『Bドラッグ・クイック』が撃ち込まれ、瞬く間に契助の体が膨れ上がる。ニヤリ、と勝田は歪んだ笑みを溢すが、それも束の間。膨張した契助の体がまるで逆再生をするかのように萎んでいき、元に戻っていく。


「蘇生中はいかなる妨害も無効化する……まるで、私の『不老不死』のように……」


 第五学区の病院で、風花の話になった時に契助が言っていたこと。殺した相手を蘇生する時は、完全に蘇生するまであらゆる妨害を受けても止まらない。

 折れた骨が、抉れた肉が、潰れた頭部が、再生する。

 失われた骨が生え、筋肉と神経が覆い、皮膚を取り戻す。


『‶殺人鬼‶の能力は『殺した相手を蘇生する』能力のはずだァ……』


 裏社会でも有名な話。

 契助の能力は殺した相手を異常も何もない姿で蘇生させる。それ故に、躊躇なく人を殺す。


 重要参考人?

 関係ない。殺しても蘇生すればいい話だ。


 味方が瀕死?

 関係ない。この手で殺せば、復活する。


 治療法がない難病?

 関係ない。治してあげよう。痛みは、一瞬だ。


 倫理に反する?

 関係ない。‶殺人鬼‶は人でなく‶鬼‶だ。


 それが‶現代社会の劣等生‶たる所以。

 殺して発動する能力など、現代社会に認められないのだから。

 しかし、眼前で起きている光景は、『殺した相手を蘇生する』能力とは違う。自分自身をも蘇生するならば、それは『不老不死』をも超える人智の超越だ。


『殺せない……? だったらァ……!』


「きゃあっ……⁉︎」


 七海を掴み、機体の踵を返す。

 殺せないのは口惜しい。だが、七海さえ確保できれば『ダーウィン計画』を遂行できる。

 今回は引き分けだァ、と勝田は不気味な笑みを浮かべながら遁走を開始する――


『転送……完了!』


 ――ことは、叶わなかった。


 ズダンッ! と工場の天井を破壊して降って来た巨大な金属塊が鎧装兵器の右腕に直撃する。激しい金属音と共に衝撃で神経系に異常が走り、七海を拘束していた手が緩む。

 宙を舞う七海、受け身を取る術など知らない七海は鬼狐の面を抱えて痛みに備える。だが、背中は固い地面に叩き付けられることなく、柔らかい感触が七海を受け止めた。


「契助さん!」


「今度は、間に合ったな」


 垂れた前髪を掻き上げて、契助は不敵に笑う。唇が触れそうなくらいの近距離に七海はぷしゅーっ! と顔を真っ赤にしながらも、大事に抱えていた預かり物を契助に差し出した。


「こ、これ! やっぱり‶殺人鬼‶さんは、これを被ってないと」


「おう。ありがとうな」


 契助は七海から鬼狐の面を受け取ると、前髪を掻き上げて装着する。暗い視界から一転、ブゥンと起動して薄暗い工場内をハッキリと映した。空からの飛来物によって大穴を開けた天井を見上げる。

 いつしか雨は止み、黒雲は流れ去り、星空と月が闇夜を照らしていた。差し込む月光が契助を照らす。それはまるで、闇より出でし‶殺人鬼‶のスポットライトのように。

 拳をグー、パーと開いては閉じて復活後の体を操る契助の視界にネコのアイコンが映る。程なくして、チョーカーから『あー、あー』とマイクテストをするような間延びした声が聞こえてきた。


『ケースケ、状況は?』


「ナイフが壊れて一回死んだ。だが、ナイスタイミングだ。天装武器がないと勝てない相手だからな」


『大変だったんだからね、まったく……まぁ、間に合ったなら良かった』


「戦い終わったら連絡する。それまで休んでいてくれ」


『お言葉に甘えるとするよ。メアリちゃんが美味しいお菓子作ってくれてるから、終わったらみんなで食べようね。がんばれ〜』


 契助が負けることを一ミリも考えていないような気の抜けた声を最後に、プツンと通信が切れる。

 本当に助かる、と心の中でもう一度感謝して、契助は空から落ちてきた物体――‶殺人鬼‶専用天装武器『鬼人之棺』を手に取った。大きさ一メートル近い棺桶状の物体に持ち手、そして鋼縄が斜め十時に巻き付いた武器だ。《月下猟犬》の最上級戦闘(ネームド)員にのみ所持を許された特殊装備の一つである。


『‶殺人鬼‶ィ……お前、まさか能力を複数持っているのかァ⁉︎』


「異なる能力をいくつも持っている……って意味か? お生憎様、俺の能力は生まれてこの方一つ。『血気循環』と名付けた能力だけだ」


 契助は話してもいいか、と口を開く。裏社会には既に『血気循環』の情報が‶半分‶出回っているのだから。


「俺の能力『血気循環』は、殺した相手を無病無傷で蘇生させる。だが、それは正確には違う」


 それはむしろ副次的な効果。『不老不死』の七海の血が、‶マナ‶の力を増幅させるのと同様に本来の能力とは少し外れている。


「『血気循環』は殺した相手から特殊なエネルギー‶血気‶……あんたの言う‶マナ‶に近しいものを生み出す。俺はその‶血気‶を『貯蓄ストックする』か『相手に返還する』かの二択を選択できる」


 貯蓄ストックしたならば、自身のエネルギーとして必要な時に利用できる。自身の身体能力強化、受ける衝撃の相殺、そして自身の蘇生として。

 相手に変換する場合、‶血気‶は相手の蘇生を行う。途中で蘇生を妨害することは発動した契助本人も不可能だ。

 裏社会に出回っている情報は後者の『血気の返還』だけ。契助の能力としての本質は『血気の貯蓄』の方が近い。人を殺して血を啜る‶吸血鬼‶であり‶殺人鬼‶。

 故に契助は‶鬼‶を名乗るのだ。


『くそっ、くそっ、くそがァ! 『ダーウィン計画』の邪魔はさせない! きひひ、そうだ……邪魔者は全部『ASNAアスナ』で消せばいいんだよなァ……』


 ガシャコンッ! と全砲塔が契助を向く。


「七海、俺の後ろへ。すぐに終わらせる」


「はいっ!」


 契助は鬼狐の面の下で歯を剥き出しにして笑みを浮かべながら『鬼人之棺』を構えた。


『邪魔者は……死ねェええええええ!』


 一斉砲撃。

 人が消し飛ぶには過剰な程の弾幕が契助に放たれる。

 閃光と爆風に耐えながら契助は全てを『鬼人之棺』で受け止める。オリハルアダマイト製の天装武器はあらゆる弾丸、砲撃、レーザービームを受けようが鉄壁の守りで主人を守り抜く。


『うがァああああああ!』


 守りを固める契助に業を煮やしたのか、勝田は鎧装兵器の拳を振りかざして直接攻撃に切り替える。それを見た契助は前へ突っ込むと、『鬼人之棺』を構えて突撃する。

 破城槌もかくやの鋼鉄の一撃と超硬度のシールドバッシュが衝突した。空気がビリビリと揺れ、風圧が工場内の物を吹き飛ばす。渾身の一撃は拮抗したかのように見えたが、ジリジリと契助が押されていく。『身体強化』を上乗せした鎧装兵器では質量の差もある。

 完全武装した‶殺人鬼‶を押している、と勝田はきひひと不気味な笑声を響かせる。


『どォしたどォした、‶殺人鬼‶ィ! もう一度その顔面を潰してやろうかァ!』


 勝田の調子が上がるように、攻撃の圧力も増していく。ギリ、と歯を食いしばる契助だったが、歯を剥き出す獰猛な笑みは消えていない。むしろ、相手が力を増していくごとに昂りを見せる。


「契助さん! 頑張れ!」


 後方からの声援に背中を押されるように、契助は徐々に押し返していく。両者の譲らぬ鍔迫り合い、それはビシリ、という亀裂音と共に幕を閉じる。


『バカなァ……! 純オリハルコンの装甲にグレイプニールの駆動関節だぞ⁉︎』


「天装武器はクソ重たくてなぁ。『転送』しなきゃ持ち運べない……天から装備が送られる、そんな命名なんだとよ。そのクソ重てえ武器が上空から自由落下で落ちてくるんだぜ?」


『転送』によって送られてくる天装武器。契助を倒した直後、七海を連れ去って逃げようとした時に右腕部に直撃している。


「でもってこんなにぶつかりゃ、そらオリハルコンだろうがなんだろうがぶっ壊れるよなぁ! こちとら強度はよく勉強したぜ! 技術課とネコに文句言われないように!」


 純オリハルコンは、硬い。能力断絶力も高く、能力者殺しを名乗る素材といえば確かにオリハルコンだろう。だが、真の意味で最高硬度であり耐久性があるのはオリハルコンにアダマンタイト鋼を混ぜたオリハルアダマイト合金だ。


「『対能力者戦闘鎧装』と聞いてピンと来たぜ。装甲は水晶光沢、半透明。不純物なしのオリハルコンの特徴だ」


 ならば、耐久勝負がまんくらべに持ち込めば、砕け散るのはオリハルコンの方だ。


『ふ、ふん。ひび割れたくらいでは『ASNAアスナ』は止められない……! なんてったって『自動修復』が付与されているんだからなァ!』


 想定内だ、と自信満々に勝田は叫ぶ。だが、契助はそれを聞いて片眉を上げる。


「だったら、それよりも早くぶっ壊すだけだ」


 取手を両手で掴み、ガシャンッ! と変形機構を起動する。


「兵器は《アダム》の特権じゃない。《猟犬》の牙を、見せてやるよ」


 棺桶状の裏面に付いていた持ち手が格納され、細長い側面に新たな柄が出現する。第一形態はあらゆる攻撃を防ぐ盾。だが、これは天装防具ではなく天装‶武器‶だ。つまり『鬼人之棺』の真価は、ここからである。


「第二形態――『鬼人之棺・牙鎚』!」


 契助の声に呼応するように『鬼人之棺』が堅牢な盾から、全てを破壊する凶悪な金鎚ハンマーへと姿を変える。打撃を繰り出す面からは棘杭が伸びる。あまねく防御を貫通する、猟犬の鋭牙が月光を受けて鈍く輝いた。


『っ……!』


 振り上げて、ぶん回す。

 単純で凶悪な一撃に、勝田は鎧装兵器に防御姿勢を取らせた。鎧装兵器に搭載されているのであろう、能力で生み出した『障壁』が展開されて契助の攻撃を阻む。激しい衝突音と風圧が工場を駆け巡る。

『障壁』は『鬼人之棺』を完全に受け止めたかのように見えた。しかし、直撃から遅れてピシッと亀裂を生んだ障壁は、瞬く間に亀裂を広げて粉々に破砕される。『障壁』を打ち破った『鬼人之棺』はそのまま鎧装兵器に直撃し、オリハルコン装甲が激しい衝撃と共に砕け散った。


『‶殺人鬼‶ィいいいい!』


「変形!」


 ガシャン、と第一形態に戻して敵の突進を受け止める。絶対的な防御が鉄拳を阻み、変形機構が稼働して高硬度装甲を粉砕した。衝突の度に右腕部の装甲が剥がれ落ち、全身の装甲が破損していく。攻防一体の連撃に勝田の表情が強張っていく。視界一杯に‶Error‶の文字が表示され、各部位の損傷に緊急警報レッドアラートが鳴り響く。


『バカな……バカなァ……! 有り得ない……『ASNAアスナ』の敗北など、認めなァあああいッ!』


 逃げなければ!

 勝田の脳内をその思考のみが支配する。

 今度こそ、‶殺人鬼‶の力量を見切った。奴の力のデータを得た。

 次だ。次さえあれば、より強く、より硬くした『ASNA』でもって虐殺できる。今度こそ七海を連れ去り、『ダーウィン計画』の火蓋を切ることができる。


『ブースト、ブーストしろ!』


 鎧装兵器に地を蹴らせ、背部と腰の揚力推進装置ブースターを起動する。転送された『鬼人之棺』が開けた天井の穴を目掛けて機体を加速させる。月が、星々が、勝田の行く末を見守っている。


 逃げろ!


 逃げろッ!


 逃げ――


「――逃がすかよ!」


 契助の声と同時に、ガクンッ、と機体の上昇が止まる。勝田が視界を下に移すと、鎧装兵器の両脚部に鋼鉄のワイヤーが絡まっていた。脚部から伸びる二本のワイヤーの反対は、まるで空中に縫い付けられるように『固定』されている。


『こ、この能力はァ……⁉︎』


 七海を移送車から連れ去る時、最後まで抵抗してきた金髪の子供が脳裏に浮かぶ。対して強くもないにもかかわらず、増援が駆け付けるまで足掻いてきた、忌々しい《月下猟犬》の飼い犬――そう判断していた相手の能力に、今、捕らわれている。


「『操糸固定』……! 借りるぞ、‶毒蜘蛛アラクネ‶!」


『鬼人之棺』に巻き付けられたミスリルファイバーのワイヤーに付与された‶毒蜘蛛アラクネ‶の能力。本人のように複雑に長時間操れることはできないが、数秒だけなら敵の動きを縫い付ける。

 空間に固定されたワイヤーの上を駆け抜けて、契助は飛び上がる。『鬼人之棺』を振り上げ、ギラリと歯を剥き出した。


「『血気』――『解放』!」


 体内に蓄積した特殊エネルギー‶血気‶を爆発的に引き出す。瞬間的に生み出された‶血気‶により全身の筋肉が隆起し、契助の双眸が真紅色に染まる。落下エネルギーが増幅され、『鬼人之棺』が真紅のオーラを纏い始めた。

 月を背後に鮮血色の輝きを放つ契助を目にした勝田は、その姿に‶吸血鬼‶を幻視する。

 獰猛な犬歯を剥き出しにして、契助は不敵な笑みを浮かべた。


「相手が悪かったな、対能力兵器。この一撃は、対能力装甲じゃ防げないぜ」


 天高く掲げた『鬼人之棺』を、契助は全力で振り下ろす。ドパンッ! と音速を超えた一撃は刹那の内に『障壁』、特殊鎧装、あらゆる防御を全て打ち砕く。

 急速な死が迫る中、勝田は何故か、父の言葉を思い出していた。


 ‶すごいぞ、宗生! お前の能力は、人類の進化に繋がる力だ!‶


『……あァ、そうだったァ。俺は、親父に褒められたくて……』


(あれ……だったら、どうして……)


 父親を殺してしまったんだろうか――そんな勝田の疑問は、鎧装兵器と意識ごと契助の一撃により消し飛ばされた。


 ――爆風が吹き荒れる。


 やがて残されたのは、衝撃に耐えきれなくなり崩壊した工場跡地と、粉々に砕け散った鎧装兵器、そして人外の‶殺人鬼‶と‶人魚姫‶だけ。

 月光を反射して輝く結晶が、空の彼方へと舞い散っていった。

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