許されざる者
僕は電車に揺られていた。
こうして毎朝スーツを着て通勤ラッシュに間に合わせているのは、
周囲の人間から無職の男だと思われたくないからだ。
右隣には都内の私立高校に通う西野深愛ちゃんが立っており、
この退屈な時間を英単語の暗記に費やしていた。
定期テストが近いので、その対策を行なっているのだ。
彼女と言葉を交わしたことはないが、
こうして毎日隣り合わせても嫌がられないということは、
少なくとも僕は無害な大人として認識されているのだろう。
いつもの退屈で穏やかな通学時間。
目的の駅まであと5つの地点で事件は起きた。
「この人、痴漢です!」
僕も、他の乗客たちも、一斉に振り向いた。
今の今までテスト勉強をしていた深愛ちゃんが突然大声を出したのだ。
そして驚いたことに、彼女は僕を指差している。
「え……何…………ええっ!?」
何がなんだかわからない。
触ってない。
僕は彼女に触れたことなど一度もない。
周囲の人間たちから向けられる嫌悪の視線。
中にはこの状況をイベントとして楽しむ者もおり、
ニヤニヤと笑いながら僕の動向を窺っている。
なによりも、深愛ちゃんの恐怖に満ちた表情が僕には辛かった。
やってない。僕は絶対にやっていない。
「僕は痴漢じゃ──」
反論しようとすると、サラリーマン風の男性が僕の腕を掴んだ。
「次の駅で降りましょう」
「や、ちょっと……放してください!
僕じゃないですよ! 違いますって!」
どうしてこんなことになったんだ。
いつものように退屈な満員電車に乗っていただけなのに、
どうして今、僕はこんな目に遭っているんだ。
これまで一度も言葉を交わしたことのない赤の他人が、
無害な大人たちが、たった一言だけで敵へと変わってしまった。
ああ、これが冤罪なんだ。
「その人は痴漢じゃありません!」
え?
敵だけではなかった。
僕を擁護してくれる存在がいた。
ただそれだけで、僕は救われる思いだった。
彼は毎日、深愛ちゃんの真後ろに立っている男性だ。
その位置からなら僕の挙動は丸見えだったはずだ。
これほど心強い証言者は他にいない。
そして更に、彼は強力な武器を持っていたのだ。
「証拠があります」
そう言い、彼はスマホに録画した映像を公開してくれた。
そこに映っていたのは、深愛ちゃんのスカートの中に
大きく毛深い手が入っていく光景だった。
その手は深愛ちゃんの右側から伸びており、
つまり彼女の左側にいた僕には不可能な犯行だと証明されたのである。
「ごっ、ごめんなさい!
私、てっきり……その……!」
深愛ちゃんは誤解に気づいてすぐ謝罪してくれたが、
それで問題が解決したわけではない。
彼女が痴漢行為を受けた事実は変わらないのだ。
「もう一度映像を見せてもらえますか?」
犯人確保のため、僕たちは録画された映像をじっくりと眺めた。
ついさっきまで他人から敵へと変わった人たちが、
今では味方になったのだから世の中不思議なものだ。
大きく毛深い手は深愛ちゃんのスカートをスルリとたくし上げ、
その豊満な尻肉を大胆に掴み、米を研ぐようなリズムで弄ぶ。
すると突然パン!パン!と平手打ちが放たれ、波打つ尻が徐々に紅潮してゆく。
一通りの準備運動が終わった後は子供を誉めるように優しく撫で回し、
ウインナーばりの太い指が純白の下着という名の聖域へと踏み込むのであった。
「ほら、ここ……
薬指に特徴的な指輪を嵌めています」
「ああ、本当ですね
これなら犯人もすぐ見つかるでしょう」
そしてその後、犯人は逮捕された。
仕事のストレスを言い訳にしていたが、彼は無職だった。
無垢な少女を辱めただけでなく、身分を偽るとはまったく呆れた奴だ。
今回の一件で、僕は改めて思い知らされた。
痴漢は卑劣な犯罪だ。
決して許してはならない。