9.捨てる王あれば拾う人あり
興味を持っていただきありがとうございます。
今回の投稿文字数は約5000文字です。
投稿者の読み終わり時間は約20分です。
長くなりごめんなさい。
次回の投稿時間の日にちは未定ですが、時間帯は19時15分から19時半までの時間で行おうと思います。
その時間帯以外に投稿はしません。
誤字脱字、説明不足などがありましたら教えていただけると助かります。
部屋に明かりがともる。
部屋の中央に設置された照明にともされた明かりは小さな倉庫内を照らすには十分な光ではあるが、この部屋を照らすには光量が足りていない。
その為に、端に立って対面の壁を見ても石レンガを積み上げてできた部屋だとは誰も思うはずがない。
部屋の中には、
内側に無数の針を蓄えた鉄棺。
角には、石炭を熱し、超高温を維持したままの鍛冶炉。
首を固定して切断するための刃付き台座。
その他いろいろな拷問器具が並ぶ部屋――拷問調教室。そんな名前が相応しい。
光が当たることのない部屋は風通りも悪く、地面を灰色鼠が我が物顔で駆けずり回る。
音が鳴る事がなく、人気の感じられない部屋の壁際。
テーブルとも木のベッドとも取れる平坦な木板の上に頑丈な鉄の鎖で手足を拘束され、頭から袋を被せられた女性。
身動き一つする事がない女性は屍か精巧な人形かと思われたが、浅い息遣いと胸の膨張と収縮が見て取れる事からそのどちらでもなかった。
「如何ですか? ゼロ」
建て付けの悪さから軋む音を立てて扉が開くと若作り男の声がしてきた。
背は高く細めで歩く足音も軽い。
赤いシャツと紳士を思わせる黒のタキシードを身に纏い、タキシード上衣とパンツには血を連想させる一筋の紅色が道を違わずに足先まで辿る。
極め付けはカラス顔の仮面を頭から被る異様さ。
年齢はカラス仮面で遮られて不詳だが少年や青年ではない歴戦を感じさせる重みのある声質。
物言わぬ女性をゼロと呼ぶ男が女性の元へ歩き出すと女性の指がピクッと反応する。
ゆっくりと歩み寄り女性の足に長く先細り尖った指を添える。
そのまま指を動かして体の曲線をゆっくりなぞる。
華奢な脛。
細いながらもしなやかな筋肉を内包する大腿部。
引き締まりうっすらと割れた腹。
なだらかではあるが形の良い丘陵。
麻袋で覆われた頭部。
女性の頭部へ辿り着くとゆっくり袋を取り去る。
艶々とした張りのある桜色の唇。
新雪を連想させる白い肌。
薄暗い灯りの中にあって袋から出された女性の髪は銀色に艶めく。
放射状に輝きを放つ真紅の虹彩と縦割れの黒い瞳孔がカラスの仮面をキツく睨む。
憎まれ口を叩きそうな雰囲気でも静かに仮面を睨むのは猿轡をされているから。
「ふが……」
「ふむ。やはり、これでは意思疎通が取れませねぇ。失礼しますよ」
射殺す目線に臆する事なく仮面の男は女性の猿轡に手をかけて取り外す。
「コロス……」
「女性としてその姿勢はどうですかね? せめて『死ね』くらいにおさまりませんかね?」
「……コロス」
鳩尾から湧き上がる黒い憎悪を声にして吐き出してもカラス仮面の男は狼狽する姿も見せず、ただ女性を見下ろす。
やれやれ。
仮面を被っているから表情は分からない。
それでも肩をすくめた姿は女性に対して飽々しているのだろう。
「あなたはこの組織でも最上位であり唯一無二の存在でした。だが、あなたは強すぎた。
いや、強くなりすぎたといっていい。この組織の中であなたを制御できる者がいなくなってしまったのだから。であれば、道は一つしかありません。
処分です。
誰も制御できない強大な物は邪魔でしかありませんからね」
さながら恋人を前に最後の別れを告げるという悲劇の主人公を演じる男の振る舞いに女性は一層険しい顔つきで睨み飛ばす。
「強すぎる……そんな理由で私は死ななければならないのか……」
「我らが王の決めた事です。従うのは当然の事。私達は、暗殺を繰り返すのみで意志を持たない人形でしかないのですからね」
強すぎる。
褒め言葉にしか聞こえない理由で殺されてしまう事に不満を持つゼロと呼ばれる女性。
死ぬという事について意識が薄いのか助けを乞う事もせず、体を身震いさせて死への恐怖を感じている様子もない。
既に拘束された時点で大方諦めている。そんなようにも見える。
「それでも度重なる貢献に報いようと寛大なお心で心臓を抉り潰す方法での殺害はおやめになられました。自らの身を持ってして最後まで貢献せよ、との事です」
カラス仮面は天井を向き、声を震わせて話す言葉は崇拝や狂信者と同類である事を強く思わせる。
「どうしろと?」
「そうですね。まずはゼロを以前から愛玩奴隷として欲しがっていた貴族へ売り渡しましょう。もちろん、四肢が動かせないようにその腕輪はしたままです。まぁ、ないとは思いますが自ら命を絶つ可能性もありますので舌を切り取りましょう。その後は私達の知り得ない事です」
仮面の男が少し高揚を見せながら話す言葉にもあまり関心を持たなくなったゼロは焦点を合わせずにただ天井を見上げる。
何故こうなったのだろう。
言われるがままに遂行していただけ。
作ったのはお前達なのに不要になったら処分されるのか。
私の命はそこら辺の鼠と何ら変わらないのか。
胸の内で蠢く憎悪が自分への自己嫌悪に変わっていくと目を閉じて全てを委ねた。
「それでは、ゼロ。さようなら、でいいですかね? もっとも、この地獄のような快楽から解き放たれる事に少しだけ羨ましいと感じてしまいます。どうか、お元気で」
女性の四肢と首には、状態異常耐性低下と全能力低下の紋様が刻まれた腕輪をつけられて普段の能力を発揮できず、今の女性は一般市民と同類の力しかない。
「強制睡眠付与」
真紅の虹彩を潤ませていくと徐々に虹彩と瞳孔から光が消えていく。
「ついに私が統べる時が来たのだ、ついに……」
瞼が閉じられて意識が刈り取られるまでに聞こえたのは、沈着だった仮面からは想像できない程に歓喜に満ちた暗い雄叫びだった。
◇◆◇
長い螺旋階段を登り終えた先から光が溢れ出る。
ゼノが螺旋階段を登り切って大広間に姿を現すとそこに居合わせたギルド職員や依頼板を眺める守護者、丸椅子に座って雑談する守護者達の視線が一気に集中する。
「な、なんだぁ!?」
一身に視線を浴びたゼノは慌てふためいて近くの石柱に身を隠す。
通常、守護者登録や第3級守護者から第2級守護者へ昇格する場合は、上位の守護者に試験官を依頼して試験を行う事が通例となっている。
その中でゼノだけは、カウンターでの対応中にギルド統括であるマリベルに背中を押されてギルドマスターの部屋に連れて行かれる。
そして、訓練場に向かう際にはマリベルと笑顔を取り繕ったフィルフィと共に地下へ向かったのだ。
ギルド内でも、アイツは誰だ、フィーちゃんが怒ってる、アイツ何やらかしたんだ、など噂で持ちきりとなったのだ。
その結果を知りたい者達の視線を集めるのは当たり前と言っていい。
ゼノは集中する視線の意味を理解できず、答えを提示しないままそそくさと出入り口の扉に向かう。
「お帰りですか?」
体調を崩していた際に助けてもらった燕尾服の女性に声をかけられると、「えぇ、大丈夫です」と短く挨拶をして扉から出ていった。その場を後にしたギルド内では、ある事ない事吹聴する楽しげな会話が飛び交った。
「よし、行くか」
「だね」
「う、うん」
ギルド内に設置された丸椅子に座り、ゼノの行動を観察していた3人組は、ゼノがギルドを出ていくと後を追うようにギルドを出ていった。
既に太陽は頂点から傾き、夜へ向けて移動を始めている。そもそも、ゼノが行動を始めたのが遅く、そこまで長くギルドにいたわけでもない。
ただ、精神的には1日中いたような脱力感に襲われているのか足取りは重い。
「とりあえず街でもブラブラしてみるか」
ゼノが知っているのは東側の城門からタイル張りの道をまっすぐ進んだ先にある宿屋とギルドだけ。
全体の数%にも満たない走破率だ。
居住区画には行かなくても商業区画は見て回りたい気持ちがあるゼノは気分転換も兼ねてギルドから出るとそのまま西側に向けて進み始めた。
「ちょっといいかい? そこの人」
ゼノは呼び止められた『そこの人』とやらに自分が当てはまると思い振り返る。
そこには、3人組の男。
頭の毛を綺麗に削ぎ落とした丸坊主の男。
灰色の膝丈ズボンを履いて、上半身は大袈裟な筋肉の塊を身に纏っている事を見せびらかすように、銀色のプレートを取り付けた鉄の胸当てしかしていない。
左肩からは両刃斧の先端が見え隠れする。
「さっきはありがとな」
男から急に身に覚えのないお礼の言葉をもらい、急ぎ目の前の人物が誰なのか考え込む。
ゼノがクレナミアに来て会話を交わした人は少ない。
すぐに思い当たった。
「あぁ、剣を借りた人かっ」
ギルドカウンターでサハラに職種を聞かれた時に実演を兼ねて剣を借りた持ち主だと分かると男を指刺した。指を刺された男も指を刺すという行為に機嫌を悪くする事なくご満悦な顔をしてゼノに話しかけた。
「すっかり剣も良くなってよ。ありがとなっ。それで、アンタは今からどうするんだ?」
「あぁ〜。まだ街の事を知らないからとりあえずブラブラしてみようと思ってな」
「そうか。それならオレ達が案内してやるよ」
「いいのか? 助かる」
「よっしゃ! んで、オレはブイナン、第2級守護者だ。後ろの2人は、パーティを組んでるドーゾとモウヒ。二人とも第3級守護者だ」
「よろしく」
「こ、こんちには」
第2級守護者と名乗ったブイナンの後ろには第3級守護者のドーゾとモウヒ。
ブイナンからドーゾと呼ばれた男は、両眼鏡を着けた緑のキャスケットを目の上まで隠すように深々と被り、濃淡のある緑や灰色を散りばめて迷彩を目的としている半袖半パンに黒の長手袋を着込む。
身長はブイナンより少し小さめで体格も痩せている。
背中には矢筒と腰に短剣を装備している事から斥候を得意としているのだろう。
モウヒは、3人の中でもブイナンの半分程の背丈で小さく小柄。艶やかな茶色のおかっぱ髪に白シャツと茶色のベスト、黒のマントを羽織る。
黒の半ズボンに黒のブーツを履いたドーゾは他の二人とは違い光沢のある服や靴を着て、金銭に余裕がある中流貴族出身であるかの雰囲気がある。
腰にはマリベルが持っていたような短い魔法杖が揺らめくマントの隙間から見え隠れする。
「それじゃあ、まずはおすすめの道具屋に連れていくか。抜け道を通った方が早いから裏路地を抜けていくぜ」
ブイナンは建物と建物の間を指差すとタイル張りの道から外れて歩き始める。ゼノもブイナンの案内に従って大通りから逸れて路地に入っていった。
「着いた、ここだ」
両脇は2階建の木造建築物や3階建のレンガ造建築物に阻まれて太陽の光が差し込まずに日中でありながらも薄暗く、ブイナンの先は黒く潰れて何があるのかよく見えない。
「何もないぞ?」
ここを目的地だと告げるブイナンを訝しげに見るゼノは、普通ならこの状況で起こるであろう事態も欠如した常識の無さで理解が追いついていない。
「なぁ、アンタ。このガラクタなおせるかい?」
壁際に置かれた木箱をドーゾとモウヒが足を震わせて一歩ずつゼノの所まで運んでくる。
耐えきれずに木箱から手を離すと落下した衝撃で大きな音を立てて木箱が揺れる。
中からは金属が擦れ合う音が響いた。
ゼノが中を覗くと半分に折れた片手剣や元から折れたロングソード、くの字に曲がった槌矛、折れた矢などガラクタと呼ばれる物達が詰め込まれている。
ブイナン達が街中を回って集めてきたのだろうか。
「鍛冶屋に頼めばいいだろ?」
「頼んだら金とられるだろうが。アンタがなおしてオレ達が売り捌けば元手がかからずに金が手に入る。いい仕事だと思わねぇか?」
金のなる木を見つけたブイナンはすぐに行動するとゼノへ交渉に入る。この機会は逃したくないという気持ちが溢れ出している。
その理由は、守護者という仕事は現段階では儲けが出るような仕事ではないという事があるからだ。
守護者としての依頼には魔物の討伐はあるが、ゴブリンやスライムといった市民からすれば害獣に分類される魔物ばかりでブイナンが片手で斧を振るえば完了してしまうような弱い魔物ばかりなのだ。
その出現頻度も魔素が関係しており、大森林を抜けたあたりは魔素が薄くなり頻度はあまり多くない。
その結果、魔物の討伐依頼は少なく、主に街中で配達や掃除、時々他の街への護衛などが多く、皆が羨むような生活などできるはずがない。
守護者だけで食べていけるのは、名の売れた守護者で指名依頼が入るようになってから。
例え、第1級守護者といえども指名依頼がないようであれば生活に支障が出る事があるのだ。
ブイナンの提案は壊れた物を直して売り捌く。
一見すると壊れた物をなおして売るのだからお互いに損はないようにも見える良い提案だ。
しかし、ゼノは即座にブイナンの提案を手を振って雑に断った。
「壊れているのなら鍛冶屋に頼め。その為に鍛冶屋がある」
正当な言葉をブイナンに返すと頭に青筋を立てて顔を紅潮させる。後ろの二人もブイナンの様子を感じ取ったのか、短剣と魔法杖に手をかけて準備を始める。
「いいのか? 痛い目にあってからじゃ遅いんだぞ? 守護者になりたての奴が第2級守護者を入れた3人組に勝てるとでも思ってるのか?」
ゼノの決意は変わらない。
決めた矜持は曲げることはない。
(こんなときなんて言ったかなぁ〜)
書庫で読み漁った本の中からこの状況に相応しい言葉を選び出した。
「かかってこいよ、三下」
ヒロイン、出てきましたよね、一応。
ホントはもっと話が進む筈だったのに。
すみません。
ここまで読んでくださりありがとございます。
また次回もよろしくお願いします。