中:強欲な魔女の呪い
妊娠していると言われた途端、急に始まったつわり。流石に身近で協力者が必要だと悟り、カトレヤは信頼できる侍女におそるおそる相談した。
「私に出来ることがありましたら、何でもおっしゃってください。ところで何故、ご両親には秘密に?」
「色々聞かれるから。『バロンとの子か!?』とか『跡継ぎになれるの?』ってうるさくなるし、下手したらまた3人を絡むゴタゴタになる。それに・・・どうして妊娠したか分からないから、言い出すのが怖い」
数ヶ月前まで活発に動いていたお嬢様が、ここまで落ち込んでいるなんて。ただ事ではないと改めて理解して、ゆっくり頷いた侍女。周囲には「過労で体調を崩したので休養する」ことにして、郊外の別荘で過ごすことになった。
それでも何もせず、閉じこもっているわけにはいかない。原因はあるはずだと、手持ちの本を大量に引っ張り出すカトレヤ。つわりと戦いながら、比較的動ける時間に調査する。
しかし怖かった、自分のお腹には命が宿っていることに。カトレヤも初心では無い、どうやって子どもが出来るのかは知っている。いつ何処で、どんな相手と繋がったのか、全く記憶が無い。まさか無理矢理襲われて、記憶を操作する魔法を掛けられた・・・?そう思うと調査に手が出ず、落ち着くまで布団にくるまるしかない。
そんな日々を過ごすこと数週間、まとまった休暇を取ったゼルクが様子を見に来てくれた。心配させまいと、カトレヤは空元気を出して研究に励む。
「ちょっと散らかってますけど、どうぞどうぞ」
「本だらけだな、この部屋。学園での部室かよ」
「何言ってるんですか、アレよりは片付いてますよ?それに必要なモノは、手に届く方が良いので」
「いや、そういうのは衛生用品とか食品とか・・・。まぁ信頼できる侍女もいると聞くから、そこは大丈夫か」
差し入れに小さめの柑橘類を持ってきてくれたので、休憩がてら早速頂こう。最近は偏食気味で、不思議と酸味が欲しかったので助かる。
「元気そうで何より、と言いたいが・・・突然身に覚えがない子どもが出来たんだし、不安にならないわけ無いよな。
何かあったら言えよ、無茶して抱え込むな。理解者は1人でも多い方が気が楽だろ」
そっと頭を撫でれば、久しぶりの体温に不思議とホッとする。「あっ、悪い・・・」とすぐに手は離れたが、カトレヤは嬉しそうにニコニコ笑う。
するとゼルク、途端に恥ずかしくなったのか、柑橘を一口で頬張ったではないか。ムグムグと頬張る様子に、カトレヤはアハハと笑ってしまう。
やはり彼といると安心する。昔から何でも話を聞いてくれたし、口はぶっきらぼうでも親身になってくれた先輩。こうした人がいるだけでも、自分は幸せ者だ。
・・・そんな風に見ていたら、ふと目が合った。「ん、何か付いてるか?」とつっけんどんに聞かれたので、どう返事しようか迷う。オタク話を立て板に水のように喋れても、上手い嘘はつけないのだ。
「ど、どうされましたか!?」
ふと玄関から、慌てた侍女の声が聞こえてきた。「な、何でしょうか?」とその場を誤魔化すように、ふらつきながら玄関へ向かうカトレヤ。ゼルクに支えられつつ向かえば、そこには見知った顔が2つ。だがその状態は、危機的なモノだった。
「頼む、マーナを・・・俺の婚約者を助けてくれ!」
ハァハァと息切れをしながら、真っ青な顔のマーナを抱きかかえるバロン。「すぐに上げて!」というカトレヤの一声で、侍女は慌てて部屋を整えた。
「悪いなカトレヤ、急に押しかけてしまって」
「いえいえ、急病人は放っておけませんよ。それより彼女の容態を確認させて」
苦しそうな呻き声を上げるマーナ、お腹がそれなりに膨らんでいるようだ。幸いカトレヤや侍女が回復魔法を施せば、彼女はすぅすぅと安定した寝息を立てる。山は越えたようだ。
「・・・彼女、妊娠してるのか?」
少し離れた場所でゼルクが尋ねれば、バロンは深呼吸しながら頷く。しかしそこには、不可解な点があった。
「胎児の成長が早いんだ。通常の倍、いや、それ以上に成長していると。でも魔法検査では、全く異常が確認されなかった。経過観察するように言われて、騒々しい都を離れて別荘に来たんだが、散歩中に突然倒れて・・・」
カトレヤの侍女も、簡易ながら魔法検査が出来るという。「失礼します」と一礼をして、マーナの体をしっかり確認していく。やがて腹部をそっと見れば「えっ!?」と驚くような声を上げる。
そこには、巨大な青紫色の痣。自然に出来たにしては、薔薇のように形が整っている。じんわりと嫌な魔力が、その痣から零れているようだ。
「お嬢様・・・これは、以前おっしゃっていた」
侍女の言葉とほぼ同時に、カトレヤはドタバタと部屋を出ていく。「何処行くんだよ!?」というバロンが言った間に、何かの本を取ってきた。日焼けした分厚い表紙で、表題が全く読めない。ぱっと見で目に入る絵も、かなり古くささを感じる。
「何だ、そのボロボロな本」
「それは『古代魔法全集』?職場にもちょくちょく持ってきてたな」
「はぁ?そんな馬鹿げたモノ、なんでこんな時に・・・」
いちいち突っかかるバロンに苛立ったのか、ゼルクは彼の頬をぎゅぅぅと抓りながら「続けて良いぞ」と催促した。初対面にも容赦ないゼルクにクスクス笑いつつ、カトレヤは本を開く。昔の文章だからか、中も言い回しが独特だ。
やがて、中盤のページで何かを指差した。荘厳な魔女の影絵が、片側のページに大きく描かれている。
「古代魔法の1つには“呪術”があるんです。使用者諸共を破滅させるため、今や伝承されていない危険な魔法。その最後の使い手とされるのが、数百年前に実在したとされる魔女ジェリルツィーンです」
「その名前・・・おとぎ話で聞いたな。『嫉妬深き魔女』だっけか」
それはとある強欲な魔女の話。既に婚約者のいる王子に呪いを掛けて、婚約破棄を引き起こした。しかし元婚約者の令嬢に正体を暴かれ、怒り狂った魔女は娘を殺そうとするが、逆に呪いから解けた王子に殺される。その後、2人が再度結ばれるハッピーエンドで終わるが、実際の伝承には続きがあるという。
肉体は消失したものの、その強い嫉妬から呪霊となった魔女。魔境にどこかある石碑に魂を宿して、王国に【婚約破棄】の呪いを掛けてしまう。彼女の呪いで強い嫉妬に駆られた娘は、魔女と同じように婚約者のいる男を奪い、婚約破棄を引き起こすのだ。
この呪いの怖いところは、奪った娘と奪われた娘には、共に突如として子が宿ること。奪った娘は、その子どもを産んで力尽きる。
そして奪われた娘は自ら産んだ娘に、自らの杜撰な過去と悲しみを背負わせる。それに影響を受けた子どもは奪う側になり、成長して別のところで婚約破棄を起こし、また互いに子を宿す。その繰り返しだ。
魔女が倒されない限り、婚約破棄の呪いは連鎖する・・・と締められている。
「ジェリルツィーンに直接呪術を掛けられた者には、薔薇のような痕が残るそうです。それがコレなのでしょう」
「そ、そんなおとぎ話を本気にしてるのか?」
「近年出産して亡くなった貴族令嬢に、妙な痣があると確認された事例が多数あるようです。浮気の果てに結ばれたことも、共通点になってましたし。それに似たモノが私にもあるんですよ、バロン様」
ふとカトレヤは、そっと右肩を露わにした。小さいながらも、薔薇の形をした青紫色の痣。マーナの痣と同じように、魔力が放出されているという。
「私、この本はほぼ暗記していまして。この薔薇の痣が出てきたとき、もしかしたらマーナ様にも、同じモノがあると考えました。体調が落ち着き次第ご連絡を・・・と思いましたが、まさかこうして確認出来るとは。
おそらく彼女を救うには、古代魔法全集に書かれた魔女ジェリルツィーンを倒すしかないでしょう」
「い、いい加減にしろ!そんな馬鹿げた話、古代の作り話や空想だろうが!お前の好みを否定するつもりは無いが、そんな下らないモノに俺とマーナを巻き込むな!
そういうところが気に食わなかったんだ、いつもいつも間抜けなコトを言いふらして!」
バロンはいつもこうだ。異常現象の類いを決して信じないのは分かる。だが自分が正しいと思うことは絶対に曲げず、違う意見を頑なに通さない頑固者だ。それ故に、人を過度に攻撃する。カトレヤが彼を好きになれなかったのも、これが原因だろう。
どうやって話を聞いてもらおうか悩んでいると・・・侍女とゼルクがグイッと寄っていく。ギャアギャアと騒ぎそうなバロンの肩を、双方ガシッと掴む。
「いい加減にするのはそっちだ。今はカトレヤが話しているんだぞ」
「なっ!?まさかお前ら、こんな女の戯言を・・・!?」
「戯言という前に、もっと彼女の話を聞け。例え間違っていても、まずは話を聞く姿勢が重要だろうが」
「それに貴方から溢れる負の感情が、この呪術を加速させていますね。貴方が怒れば怒るほど、マーナ様は苦しむことでしょう」
「なっ・・・」
「お前からの騒音、汚い言葉、そして傲慢さ。彼女はおろか全てに有毒だ、一旦落ち着け」
ピン!とゼルクが強くデコピンをした。ここまで説明(威圧?)されれば、流石のバロンも黙ったようだ。
「・・・悪い、カッとなって。だが仮に呪いが本当だとして、どうすればマーナを救えるんだ?方法はあるのか?」
ようやく話を聞いてくれそうだ。2人には後でお礼を言っておかないと。そう思いつつ、カトレヤは口を開く。
「先程言った通り、魔境にいるであろう魔女を除霊するしかありません。ただし呪霊を相手するには、並大抵の者では太刀打ちできないでしょう。
ですが、このまま手を打たなければ・・・」
ギュッと自分の手を握りながら、少し膨らんだ腹をさする。このままでは【母は婚約破棄された】という過去に囚われる子どもを産んでしまう。おそらく完全に呪われれば、自分も意識せず、その悲しみを背負わせてしまうのだろう。
婚約破棄の呪いを連鎖させてしまう、マーナに至っては命を失ってしまう・・・。
そんな不安に震えるカトレヤの手をガシッと掴んだのは、ゼルクだ。
「その根源を討ち取るのか、上等だ。良いぜ、やってやろうじゃねぇか」