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第7話 神殿の死闘



 死人たちにとって、時間の重みは関係がないようだ。すでに時を超越した肉体になっている。というより、死の瞬間のまま彼ら自身の時が止まっているのだ。


 ケルウスは必死で剣をぬき、それを前につきだした。とりもちにつかまれたように動きの遅い腕で、どうにか手前の兵士の喉をよこに切り裂く。刃がふれたとたんに、兵士の体はそこからポロポロと崩れた。灰になって風に舞い散る。


 だが、動きに制約がかかっているのは、ケルウスだけ。目に見える範囲だけでも、五、六体はいる。全部を倒せない。


 ケルウスは神殿の柱のかげへかけこむ。神殿のなかは暗いので、死人たちの目をごまかせないかと考えた。それに、神殿のなかには、まだドラコレクスが聖なる竜だったころの神聖な魔力が少し生きている。


 ここなら、多少は戦えるかもしれない。それも、相手が一対一ならだが。


 死人たちは神殿へ入ると、動きがにぶくなった。

 これなら、条件はケルウスと同じだ。対等に戦える。と言っても、ケルウスは剣士ではないのだが。あくまで、剣は自衛手段として持ち歩くていどだ。


 追ってきた死人に背後から抱きつかれた。おどろいたことに、腰に立派な剣を持っているくせに、彼らはそれを使わない。肩口にかみつかれた。行動原理が野生獣だ。


 剣をうしろ手に持ちなおし、死人の腹につきたてる。また、灰になった。かまれた箇所が痛むが致命傷ではない。


(どうする? 外には百五十人はいた。あれが全部、死人なら……)


 とてもじゃないが、かなわない。疲労してやられてしまう。


(あの神殿をかこむ壁さえ突破できれば……)


 そのときだ。神殿の奥から顔がのぞいた。見なれない帽子をかぶっている。もっと南の外国人が使うターバンというものかもしれない。男はこっちに手招きしていた。あれも死人だろうかと躊躇ちゅうちょした。が、三体ばかり、いっせいにとびかかってきたので、とにかく走る。


 近よると、男はまぎれもない生者だ。顔色が違う。しかし、なんとなく不気味な風体だ。目つきが怪しい上に、態度に落ちつきがない。目立つ鷲鼻わしばな酷薄こくはくそうな薄い唇。


「あんたは?」

「わしの名はアクィラ。王に仕える魔術師よ」

「よくこの状態で生きてられたな」

「そこは魔術の力でな。が、このままでは、やがて力つきるだけだった。そなた、いいところに来てくれたのう」

「いいところにって……おれは魔法なんか使えないぞ?」

「魔法はわしが使う。そなたは、呪文を唱えるあいだだけ、わしを守れ」

「……」


 ずいぶん、身勝手を言う。それでいったい、ケルウスになんのメリットがあるのか?


「どんな魔法だ?」

「空間に穴をあけ、ここから脱出する」

「おれもぬけだせるんだろうな? あんた、自分だけ逃げるつもりじゃないよな?」


 アクィラはフォフォフォと、ややまぬけに笑う。よく見れば、前歯が一本ない。


「自分だけ逃げるつもりじゃないよな?」

「フォフォフォ」

「……」


 どうにも信用ならない。が、呪術の空間からぬけだすためには、魔法の力を借りるしかないだろう。ここは協力するよりほかなさそうだ。


「わかった。早くすませろ」


 今ならば、死人どもは、それほど多くない。動きもノロイので、アクィラを守りながら時間を稼ぐくらいはできる。が、アクィラはとんでもないことを言う。


「ならば、庭へ行こう」

「庭だと?」

「あの場所がもっとも魔力の高まりが強いからだ。呪術の力に満ちている。悪しき力ではあるが、わしならば、うまく利用できるとも」

「……」


 やはり、あそこが神殺しの場だからか。

 だからと言って、おいそれと賛成できない。神殿から外に出れば、死人たちの動きが早まる。数も多い。とは言え、ずっとここにいても、じょじょに疲弊ひへいするだけだ。


「わかった。行こう」

「よろしい」


 柱のかげから襲いくる死人を一つ二つ退治して、中庭へ走った。外へ出たとたん、やはり体が重くなる。しかも、だんだん束縛がきつくなる。


 もうしょうがないので、むこうからとびかかってくる勢いを利用して、死人に体当たりだ。死人は焼死体なので、もろい。ただの灰のかたまりだ。体当たりするだけで、かんたんに崩れた。


 やっと、例の場所にたどりついた。神の流した血のあとが、黒くしみついた大地。そこから、じわじわととどまることなく、呪いがふきだしている。



 ——コル……ヌ……コルヌゥ……!



 地の底から呼び声がとどろく。

 ケルウスはハッとした。

 それは、夜な夜な村を徘徊する者の叫びだ。

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