神殺し
登場人物
カッコ内はラテン語の意味
ケルウス(鹿)
本作品の主役。鳶色の髪。青い瞳の美青年。二十歳くらい。吟遊詩人なので、歌って路銀を稼ぎながら、各地を旅している。伝説を追い求め、壮大なサーガを作ることが夢。幻視者。夢で他人と感応したり、人の気配、霊、魔術の波動などを感知する。
コルヌ(角)
ケルウスを助けた超絶美青年。プラチナブロンドに水色の瞳だが、右目は失われている。ふだんは花飾りの眼帯(黄金細工)で隠している。十九歳か二十歳くらい。娼館のカエルム男娼。客は貴族なので、本人もすごいお金持ち。生まれたときの身分は高かったらしい。
スティグマータ(聖痕)
コルヌがひろった少年。召使い。全身に深い傷を負っていて、言葉も話せない。なんらかのトラウマか?
グラキエス(氷)
娼館カエルムの店主。
アラネア(蜘蛛)
セルペンス(蛇)
ヴェスパー(夕方)
娼館カエルムの娼婦たち。ほかにも数人いる。
ノクス(夜)王
この国の王。もとは前王朝の将軍だった。前王朝の王、王妃を弑虐し、王位を簒奪した。残酷王と名高い。40代。
スクトゥム(盾)
ヴェスパーの恋人。王宮の兵士。
アクィラ(鷲)
王宮の魔術師。老人。腕はいいらしいが、根性は悪い。敵か味方か、目的はなんなのか、もう一つわからない。たまに助けてくれる。
ウンブラ(闇)
王宮の女魔術師。アクィラと張る腕前。長い黒髪のものすごい美女だが、美青年の言うことしか聞かないワガママ魔女。魔法を使うさいに必ず生贄を必要とする。
ラケルタ(トカゲ)・サッピールス(青い色)次期侯爵
王都一の美青年。金髪碧眼。顔はいいが、ずるがしこく、あなどれない。女官の多くをたらしこんでいるらしい。
アージェントゥム(銀)公爵夫妻
50代の小柄で優しいお金持ち夫婦。コルヌをひいきにしている客。夫は宮廷の財務大臣。
エブル(象牙)
ノクス王の愛妾。もと女官で身分が低いため妾だが、現在、王の一番のお気に入り。ある日、急にキレイになったというウワサがある。
ヘルバ(草)
後宮の女官。ラケルタの恋人の一人。雑草のような可愛さ。
ラク(ミルク)
後宮の召使い。顔に生まれつきのアザがあり、周囲からイジメられている。14歳。
フィデス(信頼)
ラケルタ配下の女隊長。短く切った銀髪にグリーンの瞳。筋肉質な女戦士。
イグニス(炎)
滅んだ前王朝の王
テッラ(地球、大地)
イグニスの妃
コルヌレクス(角の王)
ドラコレクス(竜の王)
リーリウムレギーナ(百合の女王)
キュグヌスフィーリア(白鳥の王女)
この世界の神々。
コルヌは現在の神。ドラコとリーリウムは過去の神。キュグヌスは未来の神。
神殿を出ると白い綿毛が舞っていた。いや、綿毛ではない。手にふれると冷たく、とけてゆく。
生まれて初めて見る雪だ。
日暮れから降りだした雪はまたたくまに大地を白く染めあげた。
冬が来たのだ。
《《彼》》の世界には季節がない。だから、こうした天候の変化、季節の移りかわりが、とてもめずらしい。
真綿のようにやわらかな雪のなかを裸足でかけまわるのも、今は楽しかった。そのあと、凍える寒さで体が悲鳴をあげることなど、《《彼》》は知るよしもない。
《《彼》》は神だ。この世界の者たちがあがめる神そのもの。
極世界の管理者。
その名を角の王。
ほぼ永劫とも言える時のない世界に、ただ一人だけ存在する孤独に退屈して、人の世界へ遊びに来たのだ。
人界は何もかも目新しい。こんな山の上の何もない僻地ですら、彼の興味をかきたててやまない。
彼はこの世界で生まれたての赤ん坊にも等しかった。無垢で、無防備。
何しろ神だから、何も怖いものなどなかったし、彼の本体は不老不死だ。半永久的に二十歳の肉体のまま、人生の最後の瞬間にだけ、次の極管理者と生をまじえる。それは恋かもしれないし、友情かもしれない。
コルヌが誕生した瞬間、前任者と出会ったときには、それは師弟関係、あるいは父子のそれに近かった。前任者は竜の王。その交流は一瞬でもあったし、永遠でもあった。
だが、ドラコレクスが去ったあと、コルヌはずっと一人だった。それが極管理者の定めだから。
ドラコも若いころ——それは精神的な意味での若さをさす——人間の世界に何度か降臨したと言った。だが、けっきょくは存在のレベルが違いすぎるので、一方的な交流にしかならない。最後には失望が残るだけだと語っていた。
それでも、コルヌは夢を見ていた。やりかたによれば、人ともっと対等にふれあえるのではないかと。
だから、極世界に本体を残し、これは彼が髪と血を材料に、思念で作った分身だ。人の姿を模している。
極世界へ意識を回収するための《《接点》》を宿してはいたものの、それ以外は完全に人間。ただ、人にしては美しすぎたかもしれないが。
無邪気に神殿のまわりをはねまわるコルヌだったが、とうとつに彼の楽しい時間は終わった。背後から、とつぜん、何者かになぐられたのだ。
本体の彼なら、きっとシルクのハンカチでやんわりとなでられたほどの衝撃もなかっただろう。しかし、この体は真に人に等しかった。後頭部を棒状の何かでなぐられて、そのまま意識が混濁した。もうろうとする彼のまわりで人の声がする。
「父さん! 何してるんだよ」
「見ろ。こいつのこの冠を。黄金だぞ。それにこの意匠。こんな素晴らしい細工、見たこともない。この眼帯も金細工だ。神の世の品なのか?」
「神殿から出てきたんだよ? 巫女か神官だよ」
「まさか。この神殿はとっくに廃墟だ。こいつこそ、財宝荒らしだろう。神殿のどっかに残ってた宝物を手に入れたんで、はしゃいでたんだ」
「だからって、し……死んだの? 人を殺すなんて、ゆるされないよ」
どうやら親子のようだ。
男の子と老いた父親。
それももう、コルヌの目はかすれ、よく見えない。しかし、眼帯をはがれたとき、その目に映る男の表情に、彼は戸惑った。なぜなら、襲われて、今にも死にそうなのはコルヌなのに、おびえていたのは男のほうだったから。
「な……なんだ、こいつ。ほんとに人か? 竜……か?」
竜? ああ、そうか。私がドラコレクスから受け継いだ《《証》》を恐れているのか。
「父さん! だから言ったのに。これは神様の使いだよ。こんなことして、絶対、よくないめにあうよ」
「な……何が神の使いだ。誰も信仰してない古い神など、ただの石くれだ。怖くなんかあるもんか!」
男は叫ぶと、棒をすて、かわりにナイフをとりだした。それをコルヌの《《証》》につきたてる。片目をえぐりだしているのだ。
「やめろ……それは、私が極世界へ帰るための……」
接点なのだと、最後まで言えなかった。血が大量に流れ、コルヌの意識はそこでとだえた。
殺された神の上に、ハラハラと雪が降りつもる——