(閑話)姫棋の推し飯
「うまあ」
姫棋は後宮の端にある池のほとりで、胡餅を食べていた。
胡餅とは、小麦粉を練った生地を薄く焼いた皮のことで、甘辛く炒めた豚肉と、薄切りにした玉ねぎが挟まっている。
姫棋は、その胡餅を噛みしめ、天を仰いだ。
――甘辛という味付けは、人を駄目にする。
そう、誰かが言っていた。気がする。
一体誰が、甘いのと辛いのを一緒にしよう、なんて考えたのだろうか。甘いなら甘い、辛いなら辛い。普通はそういうものだろう。なのに、こんな風に甘さと辛さを混ぜ合わせてしまうなんて……。最初にこの味付けを考えた人に、声を大にして言いたい。ありがとう、と。
(ほんと、甘辛最高です)
仕事をしてきたあとだから腹が減っていた、というのもあるかもしれないが、噛みしめるたびに皮の柔らかな甘み、炒めた肉からあふれる香ばしい旨味、玉ねぎの爽やかな辛みが口の中で絡み合うと、得も言われぬ歓喜がこみあげ思わず涙が出た。
胡餅に使われている材料は、どれも安く手に入るものばかり。けっして高価な食材を使っているわけではない。でも素朴だからこそ、その旨さは、人の深いところに突き刺さる。
(おっちゃん、ありがとう)
これを後宮まで売りに来てくれたのは、通称、「鉄板おやじ」と呼ばれているおっちゃんだ。カラカラの干からびた手足に、禿げあがった頭、薄汚れた手拭いを首にかけるその風貌はけっして小綺麗とはいえない。
年齢不詳で、出身も不明。ただ一つ分かっていることは、彼はどんな料理でも鉄板で作るということだけだ。
「俺ぁな、お嬢ちゃん。鉄板で食いもんつくることに、命かけてんだ」
何のために全てを鉄板で作るのかは分からないが、このおっちゃんからはどこか職人の匂いがした。
姫棋もどちらかといえば職人気質だといわれるほうだ。このおっちゃんのこだわりも分からなくもない。
だからだろうか、やけにこのおっちゃんとは気が合う。
おっちゃんとは、ついつい会話に花が咲いてしまうことがあり、最近では姫棋がおっちゃんの屋台に行くと、焼き菓子をおまけしてくれたり、具をふやしてくれたりする。
後宮の中に男が入れるおかげで、おっちゃんの作る食べ物にありつけるのだと思うと、男が後宮に入って来られるというのも悪くないな。なんて、姫棋は思ったりするのだった。