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二人の秘密

 夜、部屋の扉を叩く音が聞こえた。

 姫棋がそっと扉を開けると、そこに立っていたのは、木蓮だった。


 姫棋はぎょっとして廊下をのぞき、誰もいないのを確認すると、ぐいと木蓮を部屋に引き込んだ。


「意外と大胆なんだな」


 とあっけにとられた様子の木蓮を、姫棋はキッと睨み返す。


「何でここに来たの」


 怒ったように言う姫棋に、木蓮は不思議そうに首を傾げる。


「私が来たら何か不都合でも?」


 姫棋の住む宮女宿舎があるのは男の立ち入り禁止区域ではなかった。

 だからといって男が女の部屋に訪ねてくるなんて、他の者に見られたら何を言われるか分かったものではない。

 ここは飢えたおんなたちが巣くう場所なのだから。


「不都合ありまくりでしょ。勘違いでもされたら困る」


 木蓮はそこまで言われてやっと、姫棋の怒っている意味を理解したらしく、ほう、と愉快そうに口角を上げる。


「どうして勘違いされたら困るんだ?」


 ニヤニヤして見つめる木蓮に、姫棋はむうと膨れる。


(木蓮のやつ、絶対、分かってて聞いてるだろう……)


 と思いつつも姫棋は、ニヤついている木蓮に答えた。


「どうしてって、女の恐ろしさは分かるでしょ。嫉妬されて毒でも盛られたらどうしてくれる」


 姫棋は彦星番付や毒味役たちの様子を思い出して身震いした。直接攻撃なら対処しようがあるが、毒は防ぎようがない。


 木蓮はそれを聞いて、ふっと吹き出したかと思えば、あははは、と声をあげて笑いだした。


(だから、そんな大きな声、聴かれたら困るというに!)


 まったく木蓮は自覚があるのかないのか、てんで分からない。

 木蓮はひとしきり笑ったあと、意地の悪い笑みを浮かべ言った。


「そんなことを気にしているなら、もう少し自分の振る舞いにも気をつけてもらいたいものだな」

「振る舞いって、何の話?」


 姫棋は苛立ち気味に目を細めた。


倪可げいかに食ってかかっただろう、君」


 姫棋は驚き口をつぐんだ。


 どうしてそのことを木蓮が知っているのだろう。

 後宮での出来事、しかもキッチンでのことなど役所まで話がいくのだろうか。


「でもあれは、向こうが悪かったんだよ。罪もない宮女を弄ぼうとするから」


 姫棋は、今思い返しても倪可げいかの横暴に虫唾が走った。

 気持ちは分かるが、と木蓮は真剣な顔で言う。


「君には倪可(げいか)と渡り合うだけの力はない。たとえ倪可(げいか)個人をやり込めても、後ろにいるのはげい家なんだから。今回は賀紹がしょう殿が来てくれたからよかったが、あれ以上大事になっていたらどうするつもりだったんだ」

「そんなの大丈夫でしょ。刑部に言えば、彼女がおかしいことなんてすぐに分かった」


 姫棋は自分が間違ったことをしたとは思えなかった。

 一方、木蓮も、なかなか折れない姫棋に語気を強める。


「そんなことをしてもげい家には通用しない。とにかく君は絵を描く意外はおとなしくしていてくれないと困るんだ。この前言っただろう。後宮では目立たないようにしろって」


 姫棋はつい先日、自分が皇帝の妃候補だったということを木蓮から聞かされた。

 そして木蓮が、妃候補の迎え役として屋敷にやって来たのだということも。

 驚きはなかった。

 後宮に連れてこられる女なんて皆そんなものなのだ。無理やりだったり、売られたりしてやって来る。

 ただ厄介なのは、姫棋が死んだことになっている、ということである。

 だから自分が生きていて、さらには宮女として後宮にいることは絶対に隠し通さねばならない。

 目立つ行動は厳禁なのだ。

 木蓮の言うことは正しいのである。


 姫棋は言い返す言葉を見つけられず、目を伏せて黙り込んだ。

 そんな姫棋を見つめる木蓮は、小さく溜息し肩の力を抜いた。


げい家を敵にまわすと厄介なことになるんだよ。まったく、火消をする私の身にもなってほしい」


 木蓮はやれやれといった様子で椅子に腰かけた。


「火消し? どうやって?」


 木蓮はその問いには答えず、不敵に微笑んで姫棋を見上げる。


「勇敢なのはいいが、もう少し自分の身を守ることも考えてくれないと。私だって、いつも守ってやれるとは限らないんだから」


 木蓮はじっと姫棋の目を見つめて言った。

 うん、と小さく返事をしたものの、姫棋はなんだか子ども扱いされたようで悔しかった。

 一方、木蓮はゆったり椅子に腰かけたまま部屋の中を見渡す。


「ところで、絵は描いてるか?」

「そりゃあ、もちろん描いてる」


 姫棋は少し拗ねたように答える。


「じゃあそれを展覧会に出してみるかい?」


 姫棋はきょとんとした顔で木蓮を見つめた。


「展覧会?」

「そう、夏后国中の美術品が集められ、展示販売される催しだ」


 姫棋はぱっと顔を輝かせた。


「ただし、君は匿名もしくは偽名で参加する」


 木蓮はピシャリと釘を刺してきた。


(なるほど)


 今回のことで、用心しろということか。


「それは別に構わないけど、開かれるのはいつ?」

「まだずいぶん先だな。十一月だから」


 詳細は追って連絡する、と言って木蓮は立ち上がった。どうやら帰るつもりらしい。

 姫棋もさっと立ち上がる。


「待って。廊下に誰かいないか確認する」


 慌てて扉の方へ駆けていく姫棋の後ろで、木蓮はくすくす笑っていた。


「そんなに心配しなくても、誰にも見られないって」


 そう言いつつも木蓮は、何やら良からぬことを思いついた顔になる。


「いや、やっぱりこそこそするのは良くないな。今度来るときは、人通りの多い道を通って来ようか」


 姫棋がカッと怒りをあらわにすると、木蓮はニヤリと満足そうに微笑む。

 姫棋は言葉にならぬ唸り声をあげながら木蓮を部屋の外に押しやり、ばたんと扉をしめた。





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