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月の女神

『誰のものでもあるようで、誰も手に入れられない、決まった日に姿を隠す恥ずかしがり屋』


(一体何のことを言っているのか、さっぱり分からない)


 姫棋は賀紹がしょうに案内された部屋に移ってきてから悶々と姮娥こうがの謎かけについて考えていたが、一向に答えがでる気配はなかった。


(もしかして何かの動物とか……?)


 恥ずかしがり屋の動物ならたくさんいそうだ。しかし特定の日にだけ姿を隠すものなどいるのだろうか。

 それに、仮に動物だとしても、誰のものでもあるとはどういうことだ。その辺にたくさんいるという意味なのだろうか。なら誰も手に入れられない、のは毒でも持っているから……?

 

 姫棋が頭を抱えて悩み苦しんでいると、何かが窓に当たる音が聞こえた。蛙でも飛び跳ねたのかと窓際に寄ってみると、窓の外にはいるはずのない人物が立っていた。


「何でここにいるの、木蓮」


 窓の向こうにいたのは、木蓮だった。

 ここは後宮のなかでも皇帝の妃たちが住まう区画。男の立ち入り厳禁区画(ゾーン)のはず。


「首尾はどうかなと思って」


 そう言う木蓮は、のんきに窓辺に頬杖をついている。


「どうかなって、ここがどこか分かってるの? 見つかったらどうするつもり」

「そんなへまはしないよ。ここは私の庭のようなものだから」


 庭って……。そんな頻繁に立ち入り禁止区画に入ってきているということか。


「まさか、皇帝の妃たちに……」


 怪訝な目を向ける姫棋に木蓮は首を傾げたが、すぐ意味を理解したらしい。クスクスと笑いだした。


「そんなわけないだろう。さすがに私も皇帝の妃になんて、そんな大それたことはしな……」


 と何か思い当たる節があったのか、木蓮は語尾をまごつかせる。


(え、まさか図星?)


 非難の目で姫棋が見つめると木蓮は、ハハと笑いながら目をそらした。


(まあ、木蓮が誰と何をしようが知ったことではないが)


「木蓮が捕まったらわたしまで――」


 といいかけて、木蓮の後ろに登った大きな月に目が吸い寄せられた。今日は満月らしい。薄くたなびく雲の隙間から見える月は見事だった。


「誰のものでもあって、誰も手に入れられない………。そうか!」


 月だ。月はどこからでも見える。でも誰もそれを手に入れることはできない。そして決まった日に姿を隠すというのは、おそらく新月のこと。



 姫棋は置いてあった筆と紙をひっつかむと、木蓮を押しのけて窓から外に出た。そして月を見ながら浮かんだ情景を描いていく。

 答えが分かってからは早かった。途中木蓮がどこかに消えたことにも気づかず描きおえたのは、ちょうど亥の刻(二十三時)の鐘がなったときだった。



◯ ◯ ◯



「ほう。これは」


 姮娥は姫棋が仕上げた絵を食い入るように見ている。

 姫棋が描いたのは、玉蟾宮の上に登った月、そしてそれを見上げる一組の男女である。


「なるほどのう。木蓮の言うとおりにさせてみて正解じゃったようだ」

「へ?」


 もしかしてこのお題を考えたのって……。


「いや木蓮がの、簡単に部屋を与えては面白くなかろうと言うてな。この謎かけを考えおったんじゃ」


 (あの男……!)

 

 だから、のこのここんな所までやってきたのか。高みの見物に。


「そう怒るでない。絵は、よう描けておる。わらわの好みも、あのわずかな問答だけでよくぞ見抜いた」


 姮娥こうが賀紹がしょうに同意を求めるように目配せした。


「ええ。本当に姮娥様にぴったりの絵と存じます」


 好みを見抜くって、前面に出てましたけど。と内心思った姫棋であったが、それは言わずに飲み込むことにした。




 このあと、姫棋は念願の個室を手に入れることとなる。

 他の宮女たちが自分も、とならぬよう表向きは「木蘭」という宮女と二人部屋、ということにして。

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