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翡翠の布団

 姫棋は、先をゆく爺さんと木蓮の後を憂うつな気分でついていった。

 そして着いた部屋は、同じ三階の角部屋。

「普段、客間として使用していない部屋ですので、少々狭もうございます」

 爺さんはそう言いながら部屋の扉を開ける。

 部屋の中は、客間ではないというだけあって飾り気がなく質素な趣だったが清潔感はあった。おそらくは従業員用の寝間であろうか。

 ここにも大きな丸窓があって月の光が障子を透かしている。ちゃんと蝋燭も灯してくれており、急ごしらえにしては十分整っていると言えよう。

 ただ、一点を除いては。

「なにぶん満室でございますゆえ、ご用意できた寝具がこれしかなく……」

 姫棋はその狭い部屋に敷かれた布団に愕然としていた。

 なぜに、一つだけ? 

 しかも、布団に施されている刺繍は翡翠かわせみだ。翡翠かわせみというのは翡が雄、翠が雌の意で雌雄を表す名。つまり夫婦の吉兆を祈願する、めでたい図案なのだ。

 場違いにもほどがある。

 この爺さん一体何を考えているのだろうか。これしかなかったと言うが、こんな立派な布団を用意できるなら満室とはいえ、他にも何かしらあるだろう。

 そう思って爺さんの顔を見てみれば、彼は申し訳なさそうに肩を落としていたが、なんだろう、心なしかちょっと口元が笑っている気がする。

「あの、薄い掛物とかもないんですか?」

 すがる姫棋に、爺さんは悲しそうに首を横に振るだけだ。

(うそでしょ……)

 木蓮おとこと同じ部屋というだけでも嫌だったのに、同じ布団で寝ろというのか。

 ないない。それはさすがに、なしだろう!

 姫棋は木蓮の顔を見上げる。

 木蓮は、なんだかもう眠そうな顔をしていた。

「仕方ない。諦めよう」

 そう言って、すたすたと部屋の中に入って行く。

(いや、え? ちょっと!)

 男と同じ布団で寝るなんて絶対に嫌だ。

 姫棋はもう一度爺さんに頼もうと振り返った。が、すでに爺さんの姿はなかった。

(ええ! どこ行ったの? お爺さん!)

 階段周辺も探してみるが、どこにも爺さんは見当たらない。

 人ってこんな瞬間的に姿を消せるものなのだろうか。そう思いながらすごすご部屋に戻ってみれば、先に部屋に入っていた木蓮はすでに布団に潜り込んでいた。

(何であんたが、真っ先に布団に入っているかね……)

 こういう時、普通は女に布団を譲るものなんじゃないのか。

 やはり木蓮の気の利かなさぶりは健在だった。

「いつまでそこに突っ立ってるんだ? 早く寝なよ」

 挙句の果てにこれである。

(寝なよ?)

「どこで寝ろって言うの!」

 姫棋がほえると、木蓮は煩わしそうな顔をしたあと、ずりずりと布団の端に移動して左側に空間スペースをつくった。

(そこに入って寝ろってか?)

 嫌だ。絶対に嫌だ。何がどうして一緒の布団に入らなきゃいけないんだ。

 男は敵。そう敵なのだ。

「一緒の布団でなんか寝られるわけないでしょ」

 姫棋はぷいとそっぽを向く。

 すると木蓮はやれやれと言わんばかりに溜息をついた。

「何を心配してるんだ? 賊のかしらになんか手を出せるわけないだろう」

 姫棋の頭の中で何かがブチリと切れた。

 ズカズカと木蓮に近づき、彼が被っている布団をバッと剥ぎとる。

「うわっ何するんだ」

 びっくりしている木蓮を無視して、姫棋は敷き布団の上に転がり、ひったくった掛け布団にくるまった。

「何なんだよ、いったい……。手を出して欲しかったってことか?」

 と悪びれもせず言う木蓮をふり返って、姫棋はギンと彼の目を睨みつけた。

 木蓮がびくりと身体を震わせる。

 結局、木蓮は姫棋がくるまっている布団を少し引っ張って被り、二人は布団の端と端でそっぽを向きながら寝るかたちとなった。

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