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いよいよ宇宙会の始まりだ

下北沢にある一軒家。地方出身者が初めて訪れると、必ず驚くであろう都内でも一風変わった雰囲気を醸し出す駅周辺を抜け、本多劇場寄りに5分ほど進む。閑静な住宅街の中でも、ひときわ立派な一軒家で、第1回宇宙会は催された。到着すると、中から初老の男性に出迎えられる。


「アースです。どちら様でしょう?」


突然の問いに驚きつつも、私は答える。


「あ、ヴィーナスです」


美の女神でもあるこの名を口にすることに多少の抵抗を抱きつつも、彼は何かを理解したように頷き、私を招き入れた。


座敷に案内されると、そこには既にスーツ姿の男性と毳毳しい装いの女性がいた。2人の前には、それぞれ「マーズ」と「ジュピター」の文字が書かれたプレートが置いてある。私が呆然と突っ立っていると、マーズでスーツ姿の男性が立ち上がり、持ち前の営業スマイルと共に歩み寄ってきた。


「こんにちは、俺はマーズです。あなたは?」


「は、はや… あ、ヴィーナスです」


本名を言ってしまいそうになったが、すんでのところで留まった。


「ヴィーナス!俺も彼女も、さっき着いたところなんです。さ、名札の前に座って」


そう言われ、私はヴィーナスと書かれた名札の前に座った。そうこうしているうちに、先程案内してくれた初老の男性が、大学生くらいの男の子と広間にやってくる。彼らもそれぞれ「アース」と「マーキュリー」と書かれた座席に座った。残る空席は、あと「ムーン」だけである。


「ムーン」、最大の衛生であり、英単語の中でも最も知名度が高いと言われている「月」を表す言葉。遠目から見ると、ウサギが餅をついているようだとか、かぐや姫が住んでいるとか、何かと話題の絶えない存在。さぞかしキラキラした女性が来るのではと推測していると、水の流れる音の後に、誰かの足音が聞こえてきた。現れたのは、スラッと細身な女性ではあったものの、ショートカットで色白の女の子だった。高校生くらいだろうか、彼女が「ヴィーナス」の方がよっぽど似合っているのではないか?と思うほど、女の私でも見惚れる透明感を感じた。彼女は、居間に戻るや否や「お待たせしました」と言い、自席に着く。


彼女が席につき、座席が全て埋まったのを確認すると、最初の案内人、初老のアースが立ち上がった。


「本日はみなさん、お集まりいただきありがとうございます。今回の司会を務める、アースです。事前に送られてきた手紙は既にお読みかと思いますが、私の方から再度説明をさせていただきます」


そう言うと、黒い封筒から白い紙を取り出し、机の中心に置く。


「 1. 互いの本名は伏せ、惑星名で呼び合うこと

   2. 提示された課題には各々従うこと

   3. 毎週末に一度、必ず集会を開くこと

   ※会の情報については他言無用

                        」


彼は、手紙の内容を上から順に読み上げながら、最後に、


「ということで、今回は私、アースの家で宇宙会、改め集会を開いている次第です」


互いが互いの顔を見合わせ、次の一手を読み合っている。すると、声を上げたのはマーズだった。


「本当にあったんですね、ネットの迷信かと思ってました。ビビりませんでしたか?突然DMが来て、詳細は手紙をみてくださいって。ポスト見たら、本当に手紙入ってて、住所どこで調べたんだーって、怖くなりましたよ」


「ほんとそうですよね!」


同調して応対するジュピター。


「今日はお伝えしなければいけないことがいくつかあるのですが、まず簡単に自己紹介でもしますか?」


主催から届いたであろう他の紙をちらつかせ、アースは問う。どうやら司会であるアースは、私たちより多くの情報を得ていると見て間違い無いだろう。


「では、私から。アースです、今年で53になります。この家で一人暮らしをしています。宇宙には若い頃から興味があって、今も天体望遠鏡で星を見るのが生きがいです。こんな老いぼれですが、活力とやる気は若いもんには負けない自負があります、よろしくお願いします」


見た目の堅苦しさとは裏腹に、柔和で柔軟な考えに関心しながら、私は周りを見回すと、仏壇に男女と子供の写真があるのを見つけた。奥様とお子さんだろうか、なんて考えていると、ムーンが話しはじめる。


「ムーン、高校2年です。この会は、なんとなくワクワクしそうだから参加しようと思いました。以上です」


それ以上聞かれたく無いのだろう。無機質に、端的且つ早口な口調に圧倒されていると、私の番がきた。


「ヴィーナス、30歳で広告系の仕事をしています。えっと、趣味は旅行ですかね」


思わず口をついて出てしまったが、実のところ最近仕事が忙しく、ここ3ヶ月は家と会社の往復しかしていないため、趣味という趣味に時間を割けてはいない。次に、ジュピターが続ける。


「ジュピター28歳です。今は歌舞伎町で夜に働いてます。よろしくです」


「不動産会社勤務のマーズ33歳です。たまにはこうゆう経験もアリかなって、ワクワクして今日は来ました。」


勤め先を暗にごまかす女も、聞いてもいないのに勤め先を誇張する男も、あまり私の周りにはいないタイプで、この会の主催は一体どういう基準でメンバーを選んでいるのだろうと、疑念を強める。


「マーキュリー、25歳、社会人です」


なんとも無気力で、就活の面接なら落とすかもしれない…といった感じの男の子だ。大学生かと思ったが、入社3年目の若手社員といったところだろう。意外と今は、こうゆう寡黙な子がモテるんだろうかと感慨に耽っていると、アースが切り出す。


「みなさん自己紹介ありがとうございます。まさか高校生の方もおられるなんて、ビックリです。年齢も性別もバラバラですね。さて、一通り自己紹介も終わったことですし、交流のお時間としましょうか。今回のお題は『好きな作家』についてです」


なんともまぁ、突飛な展開に一同がたじろんでいると、マーズが代弁する。


「アース。交流の時間とは何でしょうか?」

「あー、これは失敬。私も初めてのことで説明不足ですみません。この歳になると自分が知っていることと、相手が知っていることの差をあまり気にしなくなってくるんです」


「なるほどー」

アースの老害発言に、愛想笑いをすると、気づかず彼は続けた。

「どうやら集会では、それぞれの課題の進捗報告とテーマに沿って、自分の体験、経験、考えを話すことになっているようなんです。テーマも毎回変わるらしいんですが、今回は作家ですね」


迷惑だなと、そう思う。

私は、私のことを話すことが嫌いだ。

まして、どこぞの誰か、赤の他人に話すなんて。


小学3年生の時、レイラという名前の女の子がクラスに転校してきた。帰国子女と紹介された彼女は、父親の関係でオーストラリアのパースという場所に今まで住んでいたのだという。明朗快活とは程遠い私は、皆んなから羨望の目でみられている、一等星の如く輝く彼女とは一生無縁だと思っていた。


ところが、そんな予想とは裏腹に、私と彼女はクラスの誰よりも早く話すこととなる。映画やドラマなんかで見る「〇〇の隣が空いてるから座ってー」なんてことは流石に起きなかったが(毎回あの空席はいつからあったんだろうと思う)、彼女の自己紹介が終わるや否や、先生は席替えを提案した。


視力が悪い私は、1番前の席を学期初旬から固定でキープしていたので、席替えに対する思い入れはあまり無かったが、それでも近くに座る生徒は重要だった。勉強に集中できそうな人が隣だったらな、なんて考えていると、


「はい!よろしくね」


可愛らしくて甲高い声が響いた。例の転校生である。

まさかまさかの展開に思わず唖然としてしまったものの、決まったことは仕方ないと割り切り、その日1日は教科書を隣で見せてあげながら授業を受けた。


問題が起きたのは最後の授業「道徳」である。その日のテーマである「人の気持ち」に関する話し合い。


「あなたが幸せや悲しみを感じる時はどんな時ですか?」


に対して、私は澱みなく答える。


「甘いおかしを食べたときはうれしくて、ピーマンがにがてです」


ペアワーク相手の転校生が微笑み、こう続ける。


「好き嫌いしちゃダメだよ!私はね、ママが笑うとき楽しくて、泣いてる時は悲しいです。あのね、ママはお笑い芸人さんが好きで、笑いながらみてて、玉ねぎきるときとか泣いちゃうから、私いつもヨシヨシしてるの」


今思うとドングリの背比べだが、私は幼心にして劣等感を覚えた。初対面の相手に、こうも明け透けに心の内を話せる彼女の警戒心の無さに驚嘆し、同時に私とその子ではみる世界、生きる場所が違うと悟った。


私はうまく私を話せない。

怖い。知らない人に私を話して、私さえ分かっていない私を知られることが。耐え難い。意図しない方向で理解されることが。憎い。あなたはそういうタイプねと断じ、グルーピングする奴らが。嫌いだ。


「ヴィーナス、ヴィーナス?」


ジュピターの声で我に帰る。


「大丈夫?あなたの番よ。あ、すみません。えっと、好きな作家ですよね。東野圭吾とか、村上春樹ですかね、最近なら湊かなえも」


答えないという選択肢がない中、誰もが聞いたことのあるベストセラー作家を列挙し、私はため息をついた…

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