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宇宙会との出逢い

私は宇宙人だ。

そう思うことがある。インターネットでお気に入りのYouTuberの動画を見ているときや、通勤時の電車の中、実家に帰省したときやお風呂の中でさえも。


私はこれを「宇宙症候群」と呼んでいる。発作的にやってくる宇宙症候群の正体はハッキリとは分からないが、私はおそらく、私を人間でない「何か」と思いたいのだろう。思うことで自分という生命体を理解しようとしている。じゃないと不安で押しつぶされそうだから。じゃないと、私は私を保てないから。


発作に自覚的になったのは、大学生の時だ。

当時、仲の良かった清水さん、田中くんという私の友達にしては陽キャに分類される二人に誘われて『命の雫』という、お涙頂戴、小動物映画を観に行った。主人公の(みのる)が、幼少期に拾った子犬(メロという)を我が子のように育てるも、病気で余命幾許もなくなってしまう。なんとか延命を図ろうと奮闘するも、その甲斐なくメロは死んでしまう。メロを軸に、関わる人々同士が繋がり、成長していく物語だ。


清水さん、田中くんは、メロが亡くなるときには、既にわんわんと号泣していたものの、私の眼から涙が溢れ出すことはなかった。一粒も、一滴さえも。実話をもとに書籍化され、映画化された本作はヒットし、興行収入5億円を記録したようだが、私は未だに、あの映画の泣けるポイントが分からない。


これは私が単に動物嫌いとか、感動映画が苦手とかそういった理由ではない。

そんな表面的なものでなく、もっと根源的な「何か」が原因だ。

あたりまえをあたりまえと思えない。

普通のことが普通にこなせない。

みんなが笑う時に、同じポイントで笑えず、みんなが泣くときに、1人だけ客観的に冷めたような分析をしている。能力的でなく、感情的にそれができない私は、たぶん人間として大切な何かが欠落しているのかもしれない。それを人は「冷めた人」と一言で片付けてしまうのかもしれないが、当事者にとって、少なくとも私にとってそれは、一生を添い遂げる伴侶のようなものなのだから、中々どうして割り切ることは容易ではない。


「私は宇宙人かもしれない」


そう思う。きっと私は、太陽系外縁天体からやってきた「人ならざるもの」なのだ。

太古の昔に隕石に付着した「何か」が、ホモサピエンスやネアンデルタール人を模し、交流し、真似ぶことで生き延びてきた、人ならざる存在。それが私。


そんな厨二病的な思考をつらつらとしていると、いきつけのカフェ「モンテローザ」に着いた。イタリア・スイス国境に聳える山の名を冠するそのカフェは、私の行きつけの東京都品川区目黒にある。イタリア語で「バラの山」を意味するモンテローザ、という名前の洒落さと、なにより職場に近いという理由で、ランチはここで簡単に済ますことが多々ある。10分ほど注文したパスタを待っていると、隣の席からこんな会話が聞こえてきた。


「先日の件、考えてくれた?」


30代後半に見える小太りの女性と、10代後半か20代前半に見える金髪の青年。親子かと思ったが、こちらにも緊張が伝わるほどのよそよそしい雰囲気を感じる。ママ活を一瞬疑ったが、次の瞬間、その疑念が思い違いだと確信する。


「宇宙会は選ばれた人間しか入ることができないの。この機会を逃したら、あなたを次いつお誘いできるか分からないのよ。巷では、教祖様がいて、変な水を買わせるだとか、そんな噂が流れているけれど、そんなことはないわ。メンバーの私が保証する。宇宙会のメンバーは、みんな面白い人よ。強制はしないけど、私はあなたの力になりたいの。今の自分を少しでも変えたいと思うなら、ここに連絡してちょうだいね」


そう言って、自分の名刺の電話番号欄を強くペンで囲み、彼に手渡す。彼女はそのまま立ち上がり、2人分のお金を置いて立ち去った。残された彼は、1分ほど考えたのち、残った水を飲み干し、何も言わずその場を去った。勢いよく立ったせいで、風は女性の名刺を吹き飛ばし、床に落ちる。私は店内を見回し、接客係を一瞥した後、それを拾い上げた。


「株式会社××× 第二ユニット営業 田中真由美 080-2***-4****」


「今の自分を変えたいなら、宇宙会に」か。思えば私は、何かに熱中したことがあったろうか。いつの時代も「やらなければならないこと」を卒なくこなすことのできた私は、いつしか「やらなくてもよいこと」をしようとするのを辞めた。無駄なことをしないと言えば聞こえは良いが、相手が求めていることしかできない私は至極つまらない人間だなと、自分で思う。


まただ。また「宇宙症候群」が出てしまった。ふと下ろした目線の先には、先ほどの女性が置いていった名刺が置いてあった。


「080-2***-4****」


呟きながら番号を押す。


「あ、もしもし」


私の中の中かが躍動するのを感じた。

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