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01 孤児のわたしが王族の使用人になりました

2~3万文字くらいで完結する短編になる予定です。

 わたしには親がおらず、物心ついた頃には教会が運営する孤児院で生活しておりました。


 故に誰がどう見ても下賎の身であるわたしが、王族であらせられるオズヴァルド・ティーガ・ヴィゲンリヒト公爵様の邸宅に引き取られることになったとき、当時たった六歳だったわたしでさえ、何かの間違いではないのかと、疑ったものであります。


 ぞろぞろと、鎧を着た衛兵に、立派な官服を着た官吏かんり、そして一目で天上人であらせられる事が理解できる、礼服を着こなしたティーガ公爵が孤児院を訪問したとき、よもや彼らが孤児を引き取りに来たとは、神父様もシスターも思いもしなかったことでしょう。


 事実わたしは、もしかしてこの孤児院は、教会という身分を隠れみのに、何か後ろめたい事業でも営んでいたのではないか? それが発覚して王宮から捜索が行われるのではないか? などと思ったほどであります。


 我ながら、己をここまで育てて下さった方々に随分ずいぶんと酷い疑いを抱いたものです。

 実際のところ建物は古くとも、いくら叩いてもひとかけらの埃も出てこない、このご時世では珍しいくらい潔癖な運営がなされた孤児院であったため、育ての親を疑ったことを今でも恥じている所存でございます。


「ノア君。君には今日からここで使用人として生活して貰うことになる。分かったかね」


 なぜわたしが選ばれたのか、それを尋ねたくて仕方ない気持ちではありましたが、当時のわたしは王族を目の前にして恐縮してしまい、失礼のないようにと必死になった結果、「はい、分かりました」としか答えることは出来ませんでした。

 そうしてわたしは琥珀こはく色の髭を蓄えたオズヴァルド様に連れられ、お屋敷へと連れていかれます。


 そこでわたしは出会ったのです。

 我が生涯を費やし忠誠を誓った主。

 オズヴァルド様の御息女にして、王位継承権五位にあらせられる、第四王女。


 ――エリス・ティーガ・ヴィゲンリヒト様に。



***



「あなた、名前はなんというのかしら?」


 初めてお嬢様の声を聞いたとき、その玲瓏れいろうな声に耳がとろけてなくなってしまうのではないかと心配してしまう程でありました。

 当時六歳であったエリス様は、わたしと同い年とは到底思えない気品を携えており、琥珀色の髪と緑色の瞳は、まるでおとぎ話に出てくるお姫様そのものでした。


 いえ、実際彼女は王位継承権を持つまごうことなき本物のお姫様なのですが……。


「ノア・シュールです」


 当時敬語も使えない、最低限の教育しか受けていないわたしは、なにか失礼はないかと、口を開くことさえ恐れており、実際わたしの受け答えは、王族の方に対してするにはあまりにも不敬ふけいな言葉遣いでありましたが、エリス様は――


「まあ、素敵な名前ね。ノア! それに私と同じ髪の色! 私の名前はエリスよ!」


 ――と柔らかな手でわたしの手をぎゅっと掴んだのでありました。


 その時に香る麗らかな香りと柔らかい感触は、今もなお思い出せる程にわたしの五感に刻みつけらております。


「エリス、王族はみだりに使用人に触れるものではない。それにノア君もビックリしているではないか」


「あら、ごめんなさいノア。驚かせるつもりはなかったの。同世代の知り合いがいないもので、嬉しくて。それからお父様、ノアはこの家の使用人になるの? だったらわたし専属の使用人にして欲しいわ!」


「案じずとも、元よりそのつもりだよ」


「本当!? お父様ありがとう。ああ、今日はとても素晴らしい日だわ。女王陛下に今日を祝日にして頂くべく奏上そうじょうすべきではないかしら! お父様、今から陛下へお手紙を送ってもよろしくて?」


「よろしい訳がなかろうが、バカ娘」


 その時わたしは、その美しく天真爛漫てんしんらんまんなエリス様のお姿を見て、胸が高まると同時に、このお方にお仕え出来ることに至上の喜びを見出したのでした。

 日頃、神父様とシスターがそうしていたように、わたしもまた心の中で感謝の意を述べました。


 おお、神よ! ――と。



***



 かくしてわたしは六歳にしてティーガ公爵家の使用人となりました。

 最初のうちは仕事を覚えるのが大変で、何度も先輩方に怒られたものですが、それを苦に思ったことは一度もありませんでした。

 一日でも早くエリス様のお役に立ちたいという一心で、落ち込んでいる暇など少しもなかったのです。


 使用人としての言葉遣いや立ち振る舞いから始まり、紅茶の入れ方、ベッドメイク、髪の結い方など、お嬢様の身の回りのお世話をさせて頂く仕事を中心に学んでいき、やがては算術、語学、貴族社会のルール、マナーなど、王族の使用人として外に出しても恥ずかしくない教養も叩きこまれました。


「ふふっ。ノアの淹れてくれた紅茶が一番美味しいわ。ノアはわたしがたっぷりと蜂蜜を入れても怒らないのだもの」


「恐悦至極に存じます」


「あらあら、そんなかしこまった言い方しないでよ。そうだわ、ノアも隣に座りなさいな。一緒に飲みましょう」


「そういう訳には参りませんので……」


 エリス様から労いの言葉を頂くだけで、わたしは心臓が甘露かんろで満ちた壺に落ちるかのような至福に包まれ、日頃使用人の先輩から怒られながら仕事を身に着けたかいがあったと思い深けるのでした。


 その後エリス様の言葉に逆らえず、隣に腰掛け紅茶を共にしていた時に限って、オズヴァルド様がいらっしゃり、お嬢様共々叱責を受けたのでした。


「全く、エリスもノア君も、それぞれ王族と使用人という関係であることを忘れて貰っては困る」


「面目次第もございません」


「ごめんなさいお父様……」


 エリス様はうなだれながらオズヴァルド様に頭を下げますが、ちらりとわたしの方を見て、いたずらっ子のように舌を出しながらニヤリと笑うものですので、わたしも釣られて笑ってしまった所、「本当にわかっているのかね!?」と再度叱責を受けてしまうのでありました。

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