表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リーネのために。  作者: 亜島
2/4

2.「初討伐」

「あ、あの。ずっと気になってたんですけど……」


 リーネとパーティを組んだあと、朱音は気になっていた事を尋ねた。


「どうして私とリーネさんは会話できてるんですか?」


 お互いに違う言語を使っているのに、何の問題もなく会話できている。リーネと同じ言語を使っているであろう受け付けの女性とは話せなかった。何とも奇妙な感覚だ。一体どうなっているのだろう。


「ああ、それは──」

「“クベルサ”っていう魔法の効果だねぇ」


 リーネが答える前に、何者かが会話に割り込んできた。


「やっほー、リーネ」


 そう言って手を振りながら寄ってきたのは、青髪の少女であった。白いローブを身につけ、杖のようなものを持っている。

 少女はニコニコと笑みを浮かべながら黄色の瞳でまじまじと朱音を観察した。


「珍しい格好だねぇ。変わった服装だし、綺麗な黒髪に黒い瞳っていうのもなかなか見ないよ」


 この少女もリーネと同じ言語で喋っている。そしてリーネと同じように、何故か朱音にも言葉が理解できる。


「リーネがパーティ組むなんて珍しいじゃん」

「別に、この子が困ってるから助けてあげてるだけよ」


 彼女はリーネの知り合いのようだ。少女は朱音に向き直ると、小さく両手を振りながら言った。


「どもどもー、私はイリナ。適当に魔導士やってまーす」

「は、初めまして。朱音です。魔導士……?」

「魔法を専門に扱う役職よ。イリナはこれでもギルドじゃ最高クラスの魔導士なの」


 このイリナという少女はのほほんとした雰囲気を漂わせているが、どうやら凄い人物らしい。そしてそんな人物とリーネが友人のように普通に話している。リーネも実は凄い肩書きがあったりするのだろうか。


「アカネちゃんはリーネとお話できてるのを不思議に思ってたんだよね?」

「え、あっ、はい」

「それは魔法の効果でね、クベルサっていうんだけど──」


 “クベルサ“というのは魔法の一つであり、この魔法をかけた対象とは使用言語に関係なく会話が可能になるという。クベルサを使った状態で長く会話を続けていると、自然に相手の言語で話せるようになったりもするのだとか。


「私もこっそりアカネちゃんにこの魔法かけちゃったんだよね」


 謎の現象の理由がわかってスッキリしたが、知らないうちに魔法をかけられているというのは若干怖い気がした。


「それにしても気になるなぁ。全然聞いた事のない言葉。どこ出身なの?」

「それは……」

「ここでは言わないほうがいいわ」


 朱音の言葉を遮るようにリーネが言った。その真剣な表情に、朱音は思わず口をつぐむ。イリナは少し目を細めて朱音を見ていた。


「ふーん。訳ありって感じかぁ」


 意味ありげなイリナの眼差しに朱音はたじろいでしまう。しかしそれでも素直にリーネの言葉を受け入れたようで、特に追求はされなかった。


「それで、イリナはどうしたの?何か私に用?」

「いやぁ、別に何でもないんだけどさ。ただリーネが変わった子と一緒にいるから気になっちゃっただけで」

「そう。……あ、そうだ。イリナ、ちょっとお願いしてもいいかしら?」

「ん?何?」

「アカネに魔法を教えてあげてくれない?」


 リーネの言葉に朱音が驚いてしまった。何故そんな話になるのか。


「これから冒険者として生活する事になるわけだし、魔物と戦えたほうがいいでしょう?アカネは武器を扱うよりも魔法のほうが良いと思うのよね。見たところ魔力量も多いみたいだから」


 確かに魔物の討伐依頼が一番稼げるという話は聞いた。しかし、やはり魔物と戦える自信がない。仮に戦う能力が身についたとしても怖いものは怖いだろう。討伐依頼が出るほど危険な存在なのだから、人間の命が奪われたりもしているに違いない。

 魔法で戦うというのも、これまで魔法など存在しない世界で暮らしていた朱音にできることでは無いのではないか。

 それから一つだけリーネの言葉に気になる部分があった。魔力量が多い、とはどういう事か。


「あの、魔力って何なんですか……?」

「そうだなぁ、一言でいうなら……魔法を扱うために必要な物質ってとこかな」


 この世界には魔力という物質が存在し、これに指示を与えることで魔法を使うことができる。魔力は空気中や物体、人体の中などあらゆる場所に存在しているそうだ。そして通常、物体や人体などの中に保有できる魔力量には上限があり、その上限が朱音は非常に大きいらしい。本来なら朱音は魔力など全く必要としなかったはずなのだが、何故なのか。


「アカネちゃん、本当にすごいよ。私よりも魔力量多いんじゃない?」

「そ、そんなにですか……!?」

「私もかなり多いほうだと思うんだけどねぇ。アカネちゃん何者……?」


 ギルドでも最高クラスの魔導士だというイリナがここまで言うのだから、おそらく本当に凄いのだろう。元の世界では何の役にも立っておらず、朱音には全く実感がないが。


「ま、とりあえず魔法の適性調べてみよっか。そこ座ってー」


 言われるがまま、ギルド内の適当な席に座る。イリナは朱音と向かい合って座ると、いくつかの宝石のようのものを取り出した。これは魔石というもので、得意な魔法の種類などを調べることができるという。

 温度を操作したり、電気を発生させたり、感覚を操ったり……。魔法には様々なものがあり、人によって得意な種類の魔法は異なる。


「じゃあこの魔石を手のひらに乗せて。それで魔力を送ってみて」

「ま、魔力を送る……?」

「なんかこう、念じる感じで。体の中のエネルギーを魔石のほうに集めるイメージ」


 よく分からないが、とりあえず言われた通りにしてみる。イリナとリーネはその様子をじっと見つめる。だが何も起こらなかった。無言のまま、周囲の話し声だけが響く。


「で、できないです……」

「いや、できてるよ。ちゃんと魔石に魔力が集まってる」


 一見何も起きていないようだが、魔力を送ることには成功しているらしい。


「うーん、これは適性なしかぁ。他のも試してみよっか」


 順番に一つずつ魔石を手に乗せ、同じように魔力を送っていく。しかし一つとして反応を示すものはなかった。そして分かったのは……。


「……アカネちゃん、あんま魔法は得意じゃないみたいだね」

「あら……」


 なんという事だ。魔法が使えないとなると、どうしたら良いのか。リーネのように剣を持って戦うしかないのか。そんな事できる気がしない。

 絶望する朱音をよそに、イリナは首を横に振って言った。


「魔法を使うより、魔力をそのまま放出して戦った方がいいんじゃないかな。魔力の消費は激しいけど、アカネちゃんの魔力量なら大丈夫だと思うよ」


 イリナの話をリーネは関心したように聞いていた。

 魔力をエネルギーや結晶などの形で放出することは魔法と比べてはるかに簡単だという。威力も絶大のようで、十分戦いに使えるそうだ。


「でもクベルサぐらいは使えた方がいいんじゃないかしら。このままだとアカネは相手がクベルサを使えなきゃ話ができないし」

「それはそうだね。けどなー、けっこう難しい魔法だからなぁ……。クベルサかけられた状態で話し続けてたらいつの間にか相手の言葉話せるようになってたりするし、とにかくいっぱいお喋りして言葉覚えた方がいいかも」


 クベルサが魔法として難しすぎるのか、朱音の魔法の才能がなさすぎるのか。クベルサの練習をしてもいいが、使えるようになった頃にはとっくに言葉を覚えているだろうとイリナは言った。


 とりあえず朱音は魔力を放出して戦おうという話になり、練習がてら魔物の討伐依頼を受ける流れになった。


「れ、練習っていうか本番ですよね……!?」

「大丈夫よ、私がいるんだから」

「で、でも……」

「何かあれば私がどうにかするわ」


 そうしてほぼ強制的に依頼を受けることになってしまった。リーネがいてくれるのは心強いが、実際に魔物と戦いに行くのはあまりにも怖い。先程はリーネに助けて貰ったが、毎回そう上手くいくとは限らないだろう。複数の魔物に囲まれてしまったりもするかもしれない。不安ばかりが脳内をぐるぐる回っている。

 しかしリーネはそんな事は気にせず、朱音は腕を引っ張られて依頼を受けに連れて行かれる。


「……私もついて行っていいかな?」


 朱音を引っ張るリーネに、イリナが言った。


「別に報酬は分けてくれなくていいからさ。ただついて行くだけ」

「構わないけど……。珍しいわね、面倒くさがりのあなたがそんな事言うなんて」


 イリナは朱音に目を向ける。その視線に朱音は気圧されてしまった。笑顔を崩さないイリナだが、先程から彼女の眼差しから何か圧力のようなものを感じるのだ。何か失礼なことをしてしまっただろうか。


 朱音はそんなモヤモヤを抱えたまま、三人で出発するのだった。


 ◆


 朱音たちは先程の森へとやってきた。

 受けた依頼の内容は『エキュールの討伐』。エキュールというのは朱音に襲ってきたあの魔物のことで、この依頼は討伐数に応じて報酬金が増える。


「それで、アカネちゃんは何者なの?ここなら話せるでしょ?」


 人気のない場所へ来て、イリナは早速その質問をぶつけてきた。よほど気になっているようだ。朱音が答えるよりも先にリーネが口を開く。


「……別の世界から来たそうよ」

「別の……?」


 リーネの言葉に、初めてイリナの顔から笑顔が消えた。目を見開き、額に汗が流れる。かなりの衝撃を受けているようだった。


「本当に?確かなの?」

「絶対とは言えないけど……。そうだとしたら納得できることも多いわ」

「それは……そうだね」


 彼女の反応に朱音はなんとなく緊張してしまう。単に驚いているだけには見えなかった。焦っているような、怯えているような。リーネも同様だった。自分が来たことで何か問題があるのだろうか。


「確かに、人前で話すと騒ぎになっちゃうねぇ。他の誰かには話したの?」

「いいえ、あなたにしか話してないわ」


 二人の反応を見るに、本当に重大な何かがあるのではないか。しかしその部分をはっきり言ってくれない。


「ど、どういう事ですか──」


 朱音が尋ねようとしたその時、木の向こうから咆哮が聴こえた。その鳴き声には聞き覚えがあった。


「あ、来たね」

「ひぃぃ……!!」


 木の影からエキュールが姿を現す。牙を剥き、じっと朱音たちを睨みつける。威嚇しながらこちらの様子を伺っているようだ。


「ほらほらアカネちゃん、やってみて!」

「ど、どうやって……!?」

「なんかこう、デカいのぶっぱなすつもりで!」

「何ですかそれぇ!?」


 朱音が狼狽えている間にエキュールは両腕を広げ、走り出した。朱音は咄嗟に目を瞑り、両手をエキュールに向け、魔石に魔力を送ったときのように念じてみる。そして──


「で、デカいのをぶっぱすつもりで!!」


 手のひらに力を込める。その時、手のひらに大きな衝撃を受け、それが腕から体へと伝わった。耐えきれずにそのまま後ろへ倒れこんでしまう。失敗したのではないか、そう思い顔を上げた瞬間。朱音は目を疑った。

 目の前には足だけになったエキュールが転がり、その背後や周囲の樹木が消し飛び、地面が抉れている。衝撃はかなり遠くまで届いているようで、奥のほうまで木のない景色が続いている。

 リーネとイリナは言葉を失っていた。


 しばし沈黙が流れ、最初に口を開いたのはイリナだった。


「え……。いや……ええ……?」


 しかし依然としてまともに言葉が出てこない。朱音は目の前の景色を眺めて唖然としていた。一体何が起こったのか。


「ど、どうなってるんですか……?」

「いや、アカネちゃんがやったんじゃん……」


 信じられない。これが自分の力だというのか。自分のどこにそんな力があったのか。現実とは思えず、実感が湧かない。別世界にやってきたこと自体なかなか現実味のない話だが、目の前の光景を自分が一瞬で作り出したというのはもっと信じられなかった。


「凄いけど……大丈夫?あなた、魔力使いすぎたんじゃ……」


 心配そうにリーネが朱音の顔を覗き込む。突然目の前に顔が接近してきてドキッとしてしまう。


「い、いえ!大丈夫……あれ?」


 立ち上がろうとする朱音だが、体に力が入らない。そのまま仰向けに倒れこむ。


「まあ、そりゃあ……これだけ一気に魔力消費したらねぇ……」


 イリナが苦笑いしながら言うが、朱音の耳にはほとんど入ってこなかった。頭が痛い。意識が朦朧とする。リーネが朱音の体を揺さぶりながら何か言っている。視界がぼやけ、どんな表情をしているのかも分からない。


 次第に目蓋を持ち上げることもできなくなり、朱音の意識は途切れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ