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#62 「これからもよろしくね」

「じゃ、じゃあ……勇は、恋、したってことよね……?」


「ああ」


「だ、誰にって聞いてもいいのかしら……?」


 チラチラと俺と床を行き来する視線。俺を見る度に上目遣いなので、どぎまぎして心臓がいくつあっても足りない。


 ……この流れ、とうとうするんだよな。こ、こここ、告白を……!

 ここまで来たんだ。あと一歩、この一歩を踏み出すことができれば、俺は自分の感情を正面からぶつかれる。


「伊沼」


「は、はいっ」


 改めて、と名前を呼ぶと緊張丸出しの伊沼の声が上擦る。

 きっと俺も同じくらい緊張している。人間、緊張しすぎると心臓の音も聞こえなくなると知った。


 これで噛んだら俺は二度と立ち直れないと思う。だから、浅くなっていた呼吸を落ち着かせた。いつもより大きく口を開いた。この言葉を、目の前の相手に伝えるために。


「好きだ。俺は伊沼に恋してる」


 言葉は思っていたよりもすんなり出てきた。声も目線も、真っ直ぐ彼女に向けることができた。瞳を潤ませ、微笑みをたたえる伊沼を見逃さなかったのがその証拠だ。

 思いを伝え、気が緩んだ矢先のことだった。伊沼が俺に飛び込んできたのだ。そのまま胸に顔を埋められる。俺はどうしていいか分からず、情けない声を上げることしかできなかった。


「ちょっ、伊沼……!」


「……離すんじゃないわよ」


「え……?」


 抱きしめる力を強め、伊沼は一層俺の胸に顔を押し当てる。放っておいたら窒息してしまうんじゃないかとも思ったが、今は彼女に従うことにした。

 そして、俺も彼女の背中に手を回す。未だ震える体は、初めて会った時のことを想起させた。


 華奢な体は、力を入れすぎたら折れてしまいそうだ。手にかかる髪はサラサラで、丹念に手入れされていることがうかがえた。

 この腕の中いる彼女が大切な存在であると、時間の経過につれて強く感じる。


「嬉しい……嬉しいわ……」


 やがて、震えの治まった伊沼がそう口にした。変わらず俺の胸に顔をめり込ませたまま。


 胸元で喋られると、息の温かさや声の響きやらでくすぐったい。

 俺はこの瞬間、形容しがたい快不快に気を取られていた。


 だが、それが油断だった。


「……っ!」


 突然何かに足を取られ、ベッドに向かって後ろ向きで倒れ込んでしまう。それでも頭は伊沼を守れと命令を出し、彼女を強く抱いた。


「っつつ……」


 柔らかな衝撃の後、目を開けると伊沼が俺を見下ろしていた。伊沼の背後から出ている細長く、黒いもの――尻尾は、辿ると俺の右の足首に巻きついていた。


「伊沼……?」


「これでやっと私も我慢しなくていいのよね……」


「何をするつもりだ?」


 物騒な発言に恐れを感じながら、伊沼に問いかける。


 ……ま、まさか! これまでの全ては俺を篭絡するための演技で、俺の告白をきっかけに魂を抜き取る契約が結ばれてしまったのか!

 そう自分の中で合点がいった俺は、魂を奪われることよりも伊沼からの好意が偽りだったことに悲しさを感じていた。


「――こうするのよ」


「……くっ!」


 現実を直視したくないと、俺は目を閉じた。せめて最期に見る伊沼は、俺の知る伊沼であってくれと願った。


「すきー、すきすきすきー……好きよ勇、大好きー……」


「…………何、やってるんだ?」


 耳に届いた猫なで声にうっすら目を開けると、仰向けになった俺の体に伊沼が頬ずりしているではないか。

 スリスリと素早く胸元に顔を擦る姿は、声に反して猫のようだった。


「すーっ……はーっ……すーっ……はーっ……ふふ、勇の臭い……」


 猫のフェーズがしたかと思ったら、伊沼は次に犬になってしまった。


「むふー……体操服の時よりも直に感じるわね。……でも、なんか物足りないわ。汗かいてないからかしら?」


「走って帰ってきたから、汗はかいてると思うけど……じゃなくて! 恥ずかしいからそんなに臭いかがないでもらえます?」


「いーや、だってずっと我慢してたんですもの。今日くらい満足いくまで吸わせなさい」


「吸うって……」


「勇成分よ、悪い?」


 ……悪かないです。


 そんなこと見つめながら言うなんて、卑怯にもほどがあるってもんだ。

 俺は白旗を上げる代わりに、ベッドの上で脱力した。


「……満足しましたか、お姫様?」


「ええ、それはもう大満足よ」


 心なしか伊沼の顔は、さっきまでよりテカテカしていた。


 どれだけ吸われていたか分からない。五分くらいだったかもしれないし、一時間だったような。刹那とも永遠とも思える時間が、ようやく終わったのだ。


「なぁ、伊沼」


「何?」


「その……これからは璃々って呼んでもいいか?」


 その質問に、伊沼は何がおかしかったのか吹き出す。

 

 おい! 俺の覚悟を笑うんじゃない!

 そんな抗議は、直後に握られた手で黙らせられる。

 互い違いにそれぞれの指を通した……うん、これはいわゆる恋人繋ぎってやつだ。


「いいに決まってるでしょ? これからもよろしくね、私だけの王子様」


 璃々との関係は、まだ始まったばかりだ。ちょっと不健全なあれこれも、青春の一ページになるだろう。断じて! 断じて性春ではなく。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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