#57 『私のことを認めてくれた』
朝のHRも終わり、いよいよテストが始まろうとしている。喉の渇きとソワソワした足元で、自分が緊張していると自覚した。
「ふぅ……」
どうにも落ち着かなくて、手の平を擦り合わせるのがやめられない。
今までのテストで、こんな経験はなかった。対策は一夜漬け、問題集は答えを写していた過去の俺にとって、本番の前後に大した心境の違いはない。それもこれも、自分には何が分かっていて何が分かっていないのかも分からない状態だったからだ。成果云々よりも、補習を回避できれば及第点という意識だったような気がする。
それが今回はどうだ。やってきたことが身になっているのか、本番でしくじったらどうしようという不安に襲われている。
もし、ここで実力が発揮できなかったらと考えるのは恐ろしかった。
伊沼が原因……というのは少し意地が悪いだろうか。そもそもの原因が自分にあることは、この際無視だ。俺が気負っている理由は、間違いなく伊沼にある。彼女の頑張りに報いたいという思いが、俺の中で渦巻いているのだ。
彼女はあの時、何を思ったのだろう。サキュバスとしての落第を告げられ、降り立ったこの地で不安に押し潰されそうになったかもしれない。自分の能力に落胆したかもしれない。溢れ出す涙を抑えられなかったかもしれない。
今になってようやく、俺は伊沼にのしかかっていた重圧を実感した。
『声をかけてくれたの』
以前、伊沼はそう言っていた。落ち込んでいる時に声をかけられたら、俺もコロっといってしまいそうだ。それが自分を肯定するものであれば、なおさらに。
『私のことを認めてくれた』
……そうか。
伊沼は前に俺を”救世主”と形容した。あの時は大げさだとも思ったが、あれは当時の彼女の等身大の印象だったのだ。……もちろん、今もその表現は恥ずかしいが。
それなら、今の俺にとっての伊沼はどんな――
「ほら、テスト回すから席に着けー」
号令をきっかけに、クラスメイトの移動する音が幾重にも聞こえる。
先生の声で意識が鮮明になり、教室がこんなにざわついていたのかと気付く。
一教科目は数学。物思いに耽っていたから、復習は全くできていない。でも、伊沼お手製の小テストも解いてきた。あれのおかげで苦手なところも体で覚えることができた。だから、やれるという自信を体の奥底から感じる。今日までの日々が、俺の背中を押してくれているようだった。
「解答はチャイムが鳴ったらやめるように。それじゃあ、始め」
ついに、運命の中間テストが幕を開けた。
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