#55 「――くしゅんっ」
「なぁ、本気なんだよな……?」
「もちろんよ……。さ、さぁ、いつでもどうぞ……!」
扉の向こうからくぐもった声が返ってくる。
俺は今、伊沼の部屋の前にいる。なぜかというと、彼女の部屋を訪れるためだ。しかし、それはただの来訪ではなく、さっきまでの会話の流れから明確な目的を持ったものだった。
『い、今なら! 見られてもいいと思ってるわ……』
突然伊沼がこんなことを言い出すものだから、「そうですか」と踵を返すこともできず、実際に見てみるというとんでもない方向に話が飛躍したのだ。
彼女が冗談で言っていないことは、たった今確認が取れてしまった。
これから俺がすることは、一分の言い訳の余地がない変態行為だ。相手からの許可を得ているからといって、やっていいことと悪いことがあることくらい俺でも分かる。
偶然を装って伊沼の部屋に入り、彼女の着替え――下着姿を目撃する。そんなこと、二つ返事でOKを出せるわけがない。けど、自分の覚悟を証明しようとする伊沼の意志を止められなかった。
その失態ゆえに、今伊沼は下着だけを身に纏った状態で部屋に籠っている。
「ま、まだかしら……?」
目の前の扉に抑制された震え声の催促が、俺の耳に届く。
「もう少し! もう少し待ってくれ……」
「分かったわ……」
声の調子を落とし、伊沼が引っ込んでいくのが分かる。
神様……違うな、悪魔様。俺のする愚行、その結果伊沼を辱めることをどうかお許しください。
俺は扉の前で両手を合わせ、別の世界にいるという悪魔の長に謝罪と共に祈りを捧げる。実は俺の行動が伊沼の母親に監視されていたら、という最悪のケースを想定して、取れる手は全て取っておきたかった。
「ちょっと、まだなの? そろそろ待ちきれな――くしゅんっ」
その声を聞いた瞬間、俺は反射的に扉を開けていた。
扉の向こうにいるのは、桃色の下着に身を包んだ伊沼。真っ白な肌を露わにした彼女は、身を丸めて縮こまっていた。
……感想なんか後回しだ。まずは体を温めないと……。
俺はベッドの上にあった掛け布団を手に取り、伊沼の体を包み込んだ。
「あ……ありがとう……」
「悪い、俺がもたもたしてたせいで……」
なんて馬鹿なんだ。自分の羞恥を優先して、伊沼が下着だけでいる、その問題点を考えていなかった。
温かい気候ではあるが、服も着ずにいたら体を冷やすに決まっている。そのうえ、いつまで経っても俺が入らず相当な時間無理を強いていたのだ。
「どうだった……? 勝負下着じゃないけど、可愛いかったでしょ?」
「そうだな、可愛かったよ」
正直、慌ててそれどころじゃなかったけど。
「良かったわ……わたし……」
話をする伊沼は、どこかうつらうつらとして見えた。目はとろんとしていて、呼吸の間隔は早い。それに、冷えているはずの体は熱を帯びているようだった。
「伊沼?」
「すぅ……すぅ……」
やがて浅い呼吸のまま、意識を手放してしまう。
考える必要はない。彼女は熱を出していた。
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