#51 「俺……まだ、十六なんですけど……」
図書室に並ぶ長机、その一番端に座る俺。その左隣を陣取る神楽先輩、正面で黙々と問題集を解く伊沼。
この状況が生まれたきっかけは、果たしてどこにあっただろうか。
『スパルタ指導をするので、今日は私が遊佐君を独り占めさせてもらいますね』
……うん、十中八九この提案だ。
いざ勉強会が始まろうという時に、神楽先輩がそんな突飛なことを言い出した。先輩的にはアプローチ半分、伊沼への牽制半分といったところだっただろうが、意外にも伊沼はこれを意に介さなかった。
『いいわよ。私は私で自分の勉強をさせてもらうわ』
こう余裕綽々言うものだから、神楽先輩にも火が点いてしまい、本当に独り占めするつもりで個人指導が始まったわけだ。
はぁ……。
ため息を外に出すわけにもいかず、胸の内で消化する。
「遊佐君、どうしたんですか? 集中切れてません?」
「あ、すみません……! ちょっとボーっとしてました」
不意に顔を覗き込まれ、思わず仰け反ってしまう。
神楽先輩にしても伊沼にしても、異常に顔がいいのだ。普通なら俺と交わることはない人種(正確には種族)、遠巻きで見られるだけでも十分といえる。
それがこうも近くに迫られてしまうと、俺としても動揺を隠せない。
「もう、ダメですよ。今は勉強中なんですから。もし、他のことを考えるなら、私にしてください……」
そう熱い眼で見つめられ、固唾が喉を通る。
声を上げようとしたが、図書室の”静かにするべき環境”という性質に意識を取られ口ごもってしまった。
「大人になるためには、学校の勉強以外にも色んなことを勉強しないといけないんです……。そっちの勉強も私が教えてあげますから……」
ちょっ、神楽先輩……!
左腕に押しつけられた柔らかい感触――確認するまでもなく明らかなそれが、脳内の全ての情報を”お”から始まり”い”で終わる四文字に書き換えていく。
まずい……まずいまずいまずい……。なんだこの柔らかさは……! 男同士が夢を語り合う場で、幾度となく議論されてきた魅惑の果実。そのうちの一つに、俺の腕が沈み込んでいる!
直視できない現実と直視したくなる本能との葛藤の末、口の端から言葉を絞り出す。
「俺……まだ、十六なんですけど……」
「じゃあ、二年待ったら受け入れてくれるってことですか……?」
「そ、そういうことじゃなくてですね……」
さらに強く押しつけられる柔らかさから目を逸らしながら、前にいる伊沼に助けを求めようとする。
口頭では無理なので、目線でどうにか救難信号に気付いてもらおうと伊沼を見つめ続ける。
頼む、こっちを見てくれ……!
懇願する中で、伊沼の表情がいつもと違うことに気が付く。
整えられた眉がピクピクとヒクつき、瞼もぎゅっと閉じられている。心なしか顔も赤みが差していて、怒り心頭ですと表明しているようだった。
「……スパルタ指導をするのは構わないけど、そういういやらしいのはもっと大人になってからにしたらどう?」
「私は、ただ遊佐君に抱きついてるだけですよ?」
売り言葉に買い言葉というよりも、喧嘩の大安売りといった口調で神楽先輩は応じる。
「そ、その抱きつきがいやらしいって言ってるのよ……! そんなに体密着させちゃって恥ずかしくないの?」
「いえ、そこまでは……」
伊沼の初心具合に虚を突かれたのか、神楽先輩の拘束が緩まる。その隙を突いて、なんとか豊満な心地から脱することができた。
そういえば神楽先輩は、伊沼の遍歴とか性的なものへの耐性のなさは知らなかったんだったな。サキュバスだという先入観を持ってたら、彼女の初心な姿は意外そのものだろう。
そして慣れていないからこそ、時々出る大胆な行動が俺の心臓を忙しなくさせることは、俺以外の誰も知る由もないことだった。
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