#50 「……何納得しそうになってるのよ」
「遅いです!」
図書室に着いた俺たちに、神楽先輩は第一声そう言い放った。
その俺たちの中に、拓斗はいない。なぜなら、あいつこそがこの遅刻の元凶なわけで。
とはいえ、これは言い訳の余地もなく俺たちが悪かったので、素直に頭を下げる。
「すみません……」
すると、拓斗の不在に気付いた神楽先輩が静かに尋ねてきた。
「何かあったんですか?」
「はい……実は――」
俺は学校に到着した当時の話を、神楽先輩に聞かせた。
遡ること十数分前。昇降口にいた俺たち(この時は拓斗もいる)の前を、とある人影が横切ったのだ。
小柄な体躯、歩く度に揺れるポニーテール、見知った横顔。正体は、ちーちゃんこと綾瀬だった。
その事実を、絶賛恋煩い中の拓斗が見逃すはずはなく。
「おい、勇! 今のちーちゃんだよな!」
「そ、そうだな……」
「今の一瞬でよく分かったわね……」
引き気味の伊沼は、なぜか俺の方を睨んできている。
なんだ? またか? また冤罪なのか?
「俺、今日の勉強会はスキップさせてもらうぜ」
「それはスキップじゃなくてサボりだろ」
「ちっちっちっ……これはスキップだ。だって、スキップって言葉の中には”好き”が入ってるだろ?」
「あ、あぁ……」
「……何納得しそうになってるのよ」
伊沼からの冷ややかな視線の甲斐あって、思考が冷静になる。
考えてみればおかしい。何が好きップだ。うっかり騙されそうになったじゃないか。(できれば自力で気付きたかった)
ひとまず、拓斗の言い分はこうだ。目の前に綾瀬がいるから、勉強会を欠席して話しかけたいと。
だが、それを二つ返事で認めるわけにはいかない。何せ俺たちは神楽先輩に教わる側だ。自分の都合を優先する前に、一言くらい断りを入れるべきなのだ。
「欠席自体は好きにすればいいが、まずは神楽先輩に――」
「美少女が常に周りにいるお前には分からないかもしれないけどな、恋ってのはちょっとのチャンスを逃したら終わりなんだぜ」
今すぐにでも駆け出していきそうな拓斗が、俺の眼前に指を突きつけてそう言う。
くっ……! こんな時に妙に刺さることを……!
今の俺には、言い返すことができる手札はなかった。ぐうの音も出ない正論に思えてしまったのだ。
「っ……行ってこい……」
「お、話が分かるじゃねぇか。男ってのは、時に何かを捨てないと何かを手に入れられないんだよ。でも、俺は勉強も疎かにしたくないから、ノートは後で見せてくれよー!」
この期に及んで、ちゃっかりしたやつだな。
それだけ言い残して、拓斗は綾瀬が進んでいった方へ早足で駆ける。
すまんな綾瀬、俺には拓斗を止めることはできなかった。実行委員のよしみで、話を聞いてやってくれ。そして神楽先輩――
「これが事の顛末です。すみませんでした」
俺は改めて神楽先輩に頭を下げる。
「うーん……事情が事情なので、私が遊佐君を怒ることはしません。代わりに、今日の勉強会はビシビシいきますからね」
「……承知しました」
誰かと勉強をしなくても、伊沼は賢くて成績もいい。ここで教えを乞うのは、俺しかいないというわけだ。拓斗の分まで、先生の指導を受けるとしよう。
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