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#48 「…………悪い」

「お、おはよう……」


「あ、ああ……」


 ”夫婦ごっこ”という昨日の一件を意識してしまい、翌朝の俺たちはぎこちなさに満ちていた。

 交わしたのは最初の挨拶だけ、それからは黙々と朝食を取っていた。


 そりゃそうだ。あんなの聞く人が聞けば告白――それどころかプロポーズだ。

 小さい頃にやる、おままごととは違う。高校生の男女が夫婦として生活してみるという試みは、いわば結婚前の同棲とも考えられる。それが数日後に、目の前の相手と共に待っていると思うと、緊張でろくに顔も見られなかった。


 そんな俺たちを見かねたのか、母さんは俺と伊沼の顔を見比べてから口を開いた。


「二人ともどうしたの? 喧嘩でもした?」


「してない――」


「です……」


 否定が伊沼と重なり、二人して「あっ」と顔を見合わせる。

 その様子を見た母さんは、赤くなっている(だろう)俺たちの顔を交互に見て微笑む。


「あら、仲良しね。これなら心配なさそう」


 向けられた眼差しの温かさが、こそばゆい感覚として全身を駆け巡る。


「でも、何かあったらお母さん話聞くからね」


「ありがとう――」


「ございます……」


 どうして、どうして今日はこんなにも声が被るんだ……!

 また重なった声に恥ずかしさを覚えながら、俺は机上のメニューを口にかきこんだ。


「あ、そのスープ……」


 すると、伊沼が食事の場に似つかわしくない、消え入りそうな声を上げる。

 自暴自棄になっていた俺の耳にその声が届いたのは、ほとんど奇跡と呼べるものだった。


「……スープがどうかしたか?」


 まだどもりが残る中、伊沼に尋ねる。しかし、俺よりも伊沼の方がさらに動揺を露わにしていたのだ。


「あ、えっと……それ……私の、スープ……」


「え……?」


 多分、この瞬間に出した声が人生で一番間抜けな音だったと思った。それくらいに、告げられた事実が衝撃的だった。


 このスープが、伊沼の……?

 俺は手中にあるカップに目を落とす。


 片側に小さく取っ手のついた白い容器。注がれていたコーンポタージュは、さっき俺が勢いのままに飲み干してしまった。そして、俺も伊沼も右利きだ。ということは、当然取っ手を右側にして飲んでいたはずだ。


 そこから導き出される答えは一つ。俺は、伊沼が口をつけたのと同じ側からスープを飲んだ。

 ……いい加減、もう現実を見よう。これはまごうことなき間接キスだ。


「…………悪い」


 それだけ言って、俺はカップを机に戻す。平静を取り繕っても、置かれたカップは想定外に大きな音を立てた。


「……き、気にしないでちょうだい……」


 これには伊沼も参っているようで、気遣いの一言は自分にかけているようなものだった。


 ……どうしよう。頭に浮かんだ文字はそれだけ。頭を悩ませるほど直面した現実をはっきり認識してしまい、口内の甘さやお腹の辺りの温かさ意識させられる。

 甘かった。温かかった。美味しかった。そのどれにも伊沼が溶け込んでいると考えるだけで、自分のしたことがとんでもない破廉恥な行為に思えてくるのだ。


「残ってるし……俺の……飲むか?」


 何を言ってるんだ俺は?! 混乱のしすぎと言い訳できる範疇を超えてるぞ! 早く撤回しないと――


「じゃあ…………いただき、ます……」


 伊沼?! 待て待て早まるな!

 制止は音にならず、カップを手に取った伊沼はスープを口に運ぶ。取っ手を右側に向け、俺と同じ方向から口をつけて。


 スローモーションみたいになった世界の中で、「あらあら」とにこやかな母さんの姿だけが嫌に印象に残った。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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