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#5 「……変わった夢を見たのね」

 ――ん……ここは……学校?


 視界がぼやけてよく分からないが、俺は中庭に立っているようだった。

 俺はたしか、登校中に意識を失ったはずだ。それなのに、どうしてこんなところに? まさか、伊沼が運んでくれたとか?


 いやいや、いくら悪魔といっても男子高校生二人を担いで電車に乗れるとは思えない。

 じゃあ一体、俺は何を見てるんだ?


「っく……ぐすっ……」


 しかし、中庭の端でうずくまる少女の姿を見て、俺の困惑は頭の隅に追いやられる。


 あれって、伊沼……だよな?

 膝を抱え、俯くようにして嗚咽を漏らしている少女――その特徴的な髪色は伊沼以外に考えられない。

 制服の見た目こそ違うものの、俺にはなぜか確信めいたものがあった。


 どうしたんだ?

 そう声をかけようとしたが、音は喉を通らない。それどころか、俺の姿が彼女に認識できているのかも怪しかった。その証拠に、俺は今伊沼の目の前に立っていた。

 膝を曲げてかかみながら、目線の高さを合わせる。そこまでしても、伊沼からの反応は何一つなかった。


 なぁ、どうして泣いてるんだ? 教えてくれよ――


「伊沼……」


「勇、起きたのね!」


「あ、あぁ……」


 あれはどうやら夢だったらしい。俺の顔を覗き込む伊沼は、安堵した様子でため息を吐いた。

 背中に伝わる柔らかな感触と、鼻を刺すアルコールの匂い。俺は保健室で横になっていた。


「良かった、一時はどうなることかと思ったわ」


「伊沼がここまで運んでくれたのか?」


 伊沼は首を横に振る。

 俺の記憶では、拓斗も気絶していた。俺がこうして横になっているということは、誰かの協力があったということか。その人にも、あとで感謝しておかないとな。


「違うわ、矢川君が運んでくれたの」


「矢川……え、拓斗が?」


 嘘だろ? あいつはあの時気絶してて――


「あんたが倒れた衝撃で目を覚ましたみたいなの。それで事情を説明したら、『これは俺の責任だ!』って言い出して……」


 気合い十分な友人の姿が目に浮かぶ。ともあれ、俺が感謝を伝える相手は拓斗だったわけか。それと……

 右手を包み込む、温かな感触に意識を向ける。気付かないフリをしようかとも思ったが、さすがに無視はできないな。


「伊沼もありがとな」


「私は何もしてないわよ」


「俺が起きるまで待っててくれたんだろ? ……手、握ってさ」


 俺は右手を動かし、伊沼の行動の証を掲げる。

 それを見ると、伊沼はばつが悪そうに視線を彷徨わせる。


「こ、これは……安心できるかもと思って……。別にあんたのためにやったわけじゃ……」


 ……これがテンプレのツンデレってやつか。まぁ、伊沼の優しさとして受け取っておこう。


「そういえば、気絶している間に夢を見たんだ」


「へぇ」


「もう少し興味持ってくれよ。聞いたら驚くぞ……伊沼が出てきたんだ」


「あ、あんた……! 私は夢に見ていいなんて言った覚えないわよ!」


「夢見ることに誰の許可もいらないだろ!」


 やれやれ、本題から思いっきりずれてしまった。


「その話は一旦置いといて、だ。夢の舞台はこの学校だ」


「随分と学校が好きみたいね」


「そういうわけじゃないけど……。俺は中庭にいて、伊沼を見つけるんだ。しかも、泣いてる伊沼を」


「……え?」


 それを聞いた伊沼の表情が、少しだけ固くなった気がした。

 夢に出たという話で、まさか泣いている自分が登場するとは思わなかったのだろうか。


「気のせい、じゃないわよね……」


「もちろん。制服は違ったけど、あれは間違いなく伊沼だった。……なんとなくそんな気がするんだ」


「そんな気が、ねぇ……」


 正直、俺も顔を見たわけじゃない。そういう意味では、伊沼が怪訝な顔をしたのも頷けた。


「で、泣いてる伊沼に声をかけようとするんだけど、俺の声は届かないんだ。それでも泣いてる理由を聞こうと奮闘している内に、目を覚まして時間切れってわけだ」


「……変わった夢を見たのね」


「もしかしたら、伊沼が手を握ってたから夢に出たのかもな。たしかサキュバスって、夢にも現れるんだろ?」


「ふふっ、そうかもね。でも、せっかくなら幸せそうな私を夢見てほしいけど」


「それは……善処する」


 じとーっと睨みつけ、伊沼は不服を露わにする。その瞳の中に、さっきまでの憂いのような色はなかった。


 ……良かった。

 どうしてか、和らいだ伊沼の様子に強く安心感を覚える。それにこの感覚、懐かしい感じがする。


 きっと、伊沼を夢に見て感情移入してしまったのだろう。

 夢の中で彼女は泣いていた。それが別人だとしても、今の伊沼が笑っていることで報われたような気がしたのだと思う。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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