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#47 「ごっこならいいわよね……」

 自分の部屋に戻り、ベッドに身を投げ出す。

 考え事をするといっても、俯けの姿勢で息が詰まり、脳に酸素が行き渡らない状態だ。でも、それで良かった。帰りの神楽先輩との問答が今になって恥ずかしくなっただけなのだ。


「ふぅ……」


 枕に息を吐くと、顔全体に熱が広がっていく。程々の不快感が余計に思考に靄をかける。

 取り繕うために嘘を吐いたわけじゃない。あれは俺の本心だ。けど、もう少し言い方というものがあったと思う。


 何が『俺が結論を出すまで勝負は終わりません』だ。こんな態度、武器商人だと言われても否定できない。伊沼と神楽先輩の好意を蔑ろにしているみたいなものじゃないか。


「んんー……!」


 行き場を失った羞恥心を足に込め、じたばたと布団を蹴る。


 そして、そんな場面を伊沼に目撃されてしまった。


「何やってんのよ……」


 信じがたいものを見るような目で、伊沼は俺を見下ろす。


 ……ちょっと待ってほしい。ここは俺の部屋だ。俺の部屋で俺が何をしていようと俺の自由じゃないか?

 免罪符を得た俺は、寝転んだまま堂々と伊沼に応じる。


「いいか、ここは俺の部屋だ。むしろお前の方が何をしてるんだ?」


「帰ってきたら、あんたの部屋から呻き声が聞こえてきたのよ。それで覗いたらこのザマってわけ。心配して損したわ」


「このザマって、そこまで言わなくてもいいだろ……」


 心配してくれた割に、ボロクソな言われようだった。とはいえ、先の発言通り帰宅後すぐに俺の部屋に急行してくれたようだ。家の中では珍しい制服姿でいるのがその証拠だ。

 思ったより外にも声が聞こえるんだな。これからは、悶えても叫ぶのは控えることにしよう。


「まぁ、ちょうど部屋には行こうと思ってたし都合は良かったわね」


 呻き声を上げている状況が都合いいことはないだろ……というツッコミは、話に水を差しそうなので胸の内に留めることにした。


「それで、なんの用だ?」


「えっと……今度の週末、お母様家を空けるでしょ?」


「そうだな」


 母さんにも母さんの付き合いがある。次の休日は、友達と小旅行に行ってくるらしい。

 当初は俺も連れていくという恐ろしい計画が立っていたようだが、伊沼がやってきたことで頓挫することとなった。そうでなければ、俺も今頃荷造りをしていただろう。


「だから、その……」


 なんだ? 随分歯切れが悪いようだが。そもそも、母さんが家を空けることと伊沼の用件に何か関係があるのか?

 母さんがいないということは、真の意味で伊沼との共同生活が始まるということ。それはつまり、朝から晩まで伊沼と二人っきり。……おいおい、冷静に考えてみればそれってとんでもないことなんじゃないか?


「い、伊沼、ちょっと待ってくれ。週末は拓斗の家に泊めてもらうよ。伊沼も俺と二人っきりはあれだろ?」


 あれ――形容しづらい言葉を濁してくれる魔法の言葉。正直、俺も二人っきりだとどう”あれ”なのかはよく分かっていない。不純とでも言えばいいのだろうか。

 母さんの有無に関わらず、異性の同級生と一つ屋根の下というのは中々に不純な気がするが、これまで間違いは一度も起きていない。強いて言うなら、寝ぼけた伊沼が布団に潜り込んできたくらいだ。


 だが、今回は休日だ。学校もなければ来客の予定もない。こんな同棲としか思えないことをしたら……


「いよいよ夫婦みたいじゃないか……」


「ふっ、夫婦……?!」


 しまった、考え込むあまりつい口に出してしまった……!


「違うんだ、伊沼! 今のは気のせいというか……」


「そ、そうよね! まったく、勇ったら気が早いんだから!」


「そうだな! は、はは、ははは……」


 どうにかこうにか誤魔化すことに成功したみたいだ。


「でも……ごっこならいいわよね……」


「え?」


 直感が何か不穏な気配を察知する。伊沼のやつ、何をしでかすつもりだ?


「夫婦ごっこよ……。お母様がいない間だけ、ダメ?」


 伊沼はチラチラとこちらを窺いながら、そう口にする。

 激しい瞬きに合わせて、長い睫毛が羽ばたいているようだった。


 反射で答えていいのなら、俺は迷わずダメだと言う。しかし、伊沼を知るという観点から考えれば、これ以上ない催しだとも思う。

 二人からの好意に甘えて、キープするみたいな状態からは抜け出さないといけない。打破するためには、俺もどこかで大きな一歩を踏み出す必要があるはずだ。そして、これがその最初の機会なのかもしれない。


「分かった。やろう……夫婦ごっこ」


 俺の答えに、伊沼は目を丸くする。

 ダメ元だった、了承されるとは思っていなかったといったところだろう。俺だってそうだ。まさか自分がこれを受け入れるとは思っていなかった。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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