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#46.5 「後悔しないでくださいね」

「私、今日は買い物に行きたいので、ここで失礼しますね」


 何か言いたげな遊佐君に背を向け、私は足早にいつもとは違う道へ足を踏み出す。

 本当は買い物なんてするつもりはなかった。ただ、この場から、遊佐君から離れたかった。明日からまた、いつもの私として彼と向き合うために。明日からはもっと、彼にアプローチするために。


 考えなしに道を選んだせいで、辿り着いたのは初めて訪れるカフェだった。隠れ家的な名店でもなんでもなくチェーン店だったけれど、知らない道に面した知らない店舗というのはワクワクする。


 腰を落ち着けて、一息ついて。それからでいい。今までのことを振り返るのも、これからのことを考えるのも。


「いらっしゃいませ。一名様で……よろしいでしょうか?」


「はい」


 今、一人でいることを悲観的に捉えてはいない。これが一時的なことだと分かっているし、元来私は一人でいることが多かったから慣れてはいる。


 吸血鬼と人間のハーフという明らかに変わった出自の私にとって、友達を作ることはおろか最低限のコミュニケーションを取ることすら緊張感を求められた。ボロを出して自分の混じった血を悟られることも、人間との常識の差を露呈させることも避けなければならなかった。そのためにたくさん勉強はしたし、当たり障りない応対も身につけた。


 その結果、教師には模範的な優等生として、クラスメイトには深窓の令嬢という色眼鏡で見られるようになった。いつの間にか周囲の人間は、私と一線を引きながら接するようになっていた。

 関係をギクシャクさせることなくそういう立ち位置を手に入れたことは僥倖だった。でも、それによって私の学校生活は色を失っていった。


 仮面を被り、台本のような受け答えをする日々。放課後に友達と遊びにいくことも、行事で絆を深めることもしなかった。いや、できなかったのだ。

 陰では皆こう言っていた。「神楽先輩を誘うなんて、恐れ多い」と。


 今思えば、図書委員に立候補したきっかけは、そんな孤独感を埋めるためだったかもしれない。私の意思に関わらず、図書室を利用する生徒が私のいる場所にやってくる。静寂と人々の生活音が同居したこの空間が私は好きだった。


『こんにちは、神楽先輩』


 一年前の初夏。梅雨入りする少し前の時期に、とある後輩が私に声をかけてきた。

 初めて見る生徒……ではなかった。一ヶ月前から、図書室を頻繁に利用している男子生徒だ。私が当番の日は必ず来ていたから、顔はすぐに覚えた。名前はたしか――


『遊佐君、こんにちは。今日も図書室に用ですか?』


『はい……まぁ、そんな感じです』


 照れ臭そうに頭を掻く彼の制服の胸元には、遊佐と書かれた名札が光っていた。


 彼が何をしに図書室を利用しているのか、私は知らない。最近はこうして来る度に挨拶を交わしているが、することといったらそれくらいだ。いつもの席――彼がいつも利用する席から時々、というよりも頻繁に視線を感じてはいるけど、そっちを確認してみたことはない。

 だって、何かあったら彼から話しかけてくれると思っていたし、目が合ったら気まずい。それに、せっかくの常連さんだ。些事で足を途絶えさせたくはない。


 ある日、私はついに好奇心に抗えなくなってしまった。

 遊佐君からの視線の謎を解きたくなってしまったのだ。その時は、好奇心の強い自分の性格を恥じもしたが、今はそれが転機だったと思える。

 意を決して、バレないように視線を感じる方に目を向けてみたのだ。


『あ……』


 目が合った時、私の口からは小さな呟きが漏れた。そして、遊佐君の方はふいと目を逸らしたのだ。

 どうしてか、その時私はムキになった。なぜ目を逸らしたんだ、見てきたのはそっちなのにと不服に感じたのだろうか。ともかく、次に遊佐君が私を見るまで、ずっと彼の方を見つめることにした。


 しかし、再び彼がこちらに目を向けることなく、その日は図書室を閉めることとなった。

 それからというもの、視線を感じたら遊佐君の方を向き、その度に目線を外される辱めを受けたのだった。

 

 そんな独り相撲を続けること数週間が経った。梅雨前線は去り、燦燦と照る太陽がアスファルトを照らすようになった頃、私は気付いてしまった。自分の方から彼を目で追っていることに。

 いつからだったのか、正確なことは分からない。向けられるまで待っていた視線を、いつしか自分から向けるようになっていたのだ。


 私は彼に恋をしたのだと、自覚するのに時間はかからなかった。


「お待たせしました、キャラメルマキアートです」


 注文した品を受け取り、席で一口飲む。全体的に感じる甘さの中に、ふわりとほろ苦さが舌をなぞる。

 恋の味も、こんな風だと思った。胸を蕩けさせる甘美な体験であると同時に、相手の言動一つで耐え難い傷を負うこともある。


 表情や声音は、主観よりも客観の方が顕著に感じられる。だから、遊佐君が伊沼さんについて話している時の楽しそうな顔、そっけなさそうで軽く上擦った声は、私にしか伝わっていないのだろう。

 彼が私の話をする時、果たして同じ姿を見せてくれるだろうか。そう考えた時、私には自信がなかった。私と彼の繋がりは細くて頼りないものだったから。


 だから遊佐君が私を好きになるように努力するのではなく、一緒にいる伊沼さんを排除しようとした。厳しいことを言って、彼から離れさせようとした。彼と二人っきりになって、いっそのこと契約を迫ってしまおうと思った。でも、結局その全ては失敗に終わり、私は伊沼さんと彼を取り合うことになった。

 私は弱い。それに加えてずるかった。自分がこれ以上傷つくのを恐れて、決着をつける前に身を引こうと考えた。伊沼さんに傾いていく遊佐君を、隣で見ていられなかった。


『それなら、俺が気付く前に上書きすればいいんです』


 けど、遊佐君はそう言った。自分は誰にも傾いていないと断言した。

 諦めるのはまだ早いと説教された気分だった。まさか、好きな相手に言われるとは思っていなかったけれど。


「後悔しないでくださいね」


 自然と言葉が零れていた。私は弱い、ずるい。そして、明日からは諦めも悪くなる。

 その決意を固めるように、カップに残った甘みと苦みを飲み干した。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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