#45 「もしかしてスリーサイズですか?」
「私、先生に呼ばれてるから。今日は先に帰っててちょうだい」
放課後にそう告げられ、俺は久しぶりに一人で帰路についていた。
伊沼と出会った以来、なんだかんだ毎日欠かさず一緒に帰っていたということもあって、隣に誰もいないというのは少し心細い。思いの外自分が彼女に依存していると気付き、なんだか恥ずかしい心地だ。
「ふぅ……」
頬を叩き、のぼせた思考に活を入れる。
でも、昨夜は記憶の一部を取り戻せた。それなら、こうした無自覚の移り変わりが、記憶の封を緩めることに貢献しているのだろうか。
難しいことは分からない。というよりも、人間は自分の感情の機微に疎い気がする。それが恋であれば、なおさらに。
「思い詰めた顔して、どうしたんですか?」
「神楽先輩ですか。実は――」
背後からの声に振り返るが、そこに見知った影はない。
おかしいな。今たしかに神楽先輩の声がしたと思ったんだが。
「ここですよここ。私の能力、忘れてしまいましたか?」
いつぞやの帰り道と同じく、俺の影から神楽先輩の顔が覗く。
「うわぁぁ!!」
思わず後ろに飛びのき、物理的に離れようと試みる。だが、先輩の出所は俺の影、どれだけ後ずさっても俺たちの間隔は一向に変わらなかった。
お化け屋敷であれば百点満点の悲鳴、それを聞いて神楽先輩はご満悦な様子だ。
影から飛び出し、気味悪がる俺に微笑を漏らす。
「ふふふ……毎度新鮮な反応をしてくれると、私としても悪戯心がくすぐられてしまいますね」
「心臓が持たないので、勘弁してください……」
「それは残念。大事な思い人さんを悪戯で失うわけにはいきませんね」
口ではそう言いつつも、神楽先輩は今も口元に笑みをたたえている。
本当に俺は、神楽先輩の見かけしか知らなかったらしい。こんなお茶目な一面も、学生のあるあるに憧れる一面も、図書室で遠くから眺めているだけじゃ知れなかった。想定外のギャップではあったけど、一種の盲目状態だった以前よりも健全に関係を築けていると思える。
せっかく神楽先輩と二人きりなのだ。昼休みに聞きたかったことを尋ねるチャンスじゃないか?
「先輩、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「なんですか? 遊佐君が望むなら、私はなんでも答えますよ。そうですね、子どもは二人くらい欲しいです。幸い私は稼ぎが期待できる進路ですので、遊佐君は専業主夫になってもらっても構いません。やっぱりウェンディングドレスは着たいですよね。吸血鬼的には十字架の前で誓いを立てることには葛藤がありますけど……」
一を聞こうとしたら、関係のない百が返ってきた。
「落ち着いてください……! 俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて……」
「もしかしてスリーサイズですか? ふふ、大胆なのも嫌いじゃないですよ。えーっと、上から――」
「それはダメです!」
予想だにしない方向に話が逸れたのを、俺は必死で食い止める。
そんな情報、簡単に喋っちゃダメだろ! 俺が紳士じゃなかったら、それを売って稼ごうとするところだったぞ!
危ない危ない、献身もここまでくると狂気的だな。
「そうじゃなくて。魔法のことです」
「魔法がどうかしましたか?」
「前に吸血鬼は魔法を使えないって言ってましたよね」
「はい、言いましたね」
「それなのに、どうして図書室に結界が張れたんですか? それとも結界は魔法じゃないとか?」
俺の問いに、神楽先輩は「なんだ、そんなことですか」とがっかりしたような表情を浮かべる。
……本当に俺がスリーサイズを聞こうとしてるって思ってたのかよ。まぁ、気にならないっていったら嘘にはなるけど。
「これですよ」
そう言って神楽先輩は、ブレザーのポケットから小さな石を取り出す。
表面には傷とも紋様とも取れる軌跡があり、それは鈍い光を放っていた。
「なんなんですか、これ」
「これは魔石と言います。その名の通り魔力を宿した石で、これを媒介にすることで私でも魔法が使えるんです。結界はこれを使って張りました」
「なるほど……」
とは言ったものの、全く理解はできていない。
肺活量が少ない人でも、空気入れを使えば風船を膨らませられる的な解釈でいいのか……?
神楽先輩によると、俺が持ったとしても魔法は行使できないらしい。悪魔と違って人間は潜在的に魔力を持っていないので、魔石を起動させるという最初の工程が行えないとか。
ともかく、神楽先輩が結界を施した仕掛けは解明できた。
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