#4 「あんたのそういうとこ、嫌いじゃないわよ」
気絶した拓斗を背負い、俺は伊沼と登校していた。
女子と二人で学校に向かうなんて経験、することになるとは思わなかった。
同級生の女子と並んでの通学路。昔の俺がこの光景を見たら、きっと羨ましがるだろうな。……相手がサキュバスじゃなかったら、余計に。
「んん……俺も……」
「拓斗、起きたのか?」
不意に後ろから声が聞こえ、俺は拓斗に問いかける。
「俺も……いるぞ……きゅぅ……」
拓斗は寝ぼけているのか、うわごとのようにそう呟いた後、おかしな鳴き声を上げ再び沈黙した。
「思ったより重傷みたいね。……やりすぎちゃったかしら」
「拓斗のやつ、割と頑丈なんだ。これくらいどうってことないだろ」
「ふふっ、優しいのね。あんたのそういうとこ、嫌いじゃないわよ」
「……さいですか」
気まずさが全身を駆け抜け、微笑みかける伊沼から顔を逸らす。
乱されるな、俺。伊沼はただ「嫌いじゃない」って言っただけだ。伊沼は俺のことが嫌い”ではない”、嫌いの反対は好き、つまり――
……って、何馬鹿なこと考えてるんだ俺は。
出来の悪い式を、頭を振って外に散らす。
「何やってんの。そんなことしたら髪型が台無しよ?」
「気にすんな。別に気合いを入れたセットってわけじゃない」
そもそも、セットというか無造作に整えただけだ。髪に対するこだわりも特にないので、最低限身だしなみが綺麗に見えさえすればいいという考えだ。
「あんたはそれでいいかもしれないけど、私は気にするの!」
そう言って、伊沼は俺の前に回り込む。そして、少し見上げるような姿勢で俺の頭部に手を伸ばした。
伊沼の細い指が髪の間を通る度、ソワソワした感覚が訪れる。人に触られ慣れていないところは、どうも敏感になるらしい。
……それに加えて、距離がとても近い。
伊沼の顔は、俺の目と鼻の先にある。彼女の動きに合わせてなびく髪が、外の空気とは違う蠱惑的な香りを漂わせていた。
「こうかしら……んっ……でもこっちの方が……はぁ……」
少し経った頃だろうか、伊沼の口元から扇情的な吐息が漏れ始める。
伊沼の熱は空気と溶け合う直前、俺の鼻腔をくすぐり、体の内に秘めた熱を呼び覚まそうとする。
まずい……まさか、これが発情期ってやつなのか。このままだと俺はおろか、拓斗の精気まで吸い取られてしまうかもしれない。
一刻も早く、伊沼を正気に戻さなければ!
「なぁ、伊沼……」
「ふぅ、何よ……今いいところなんだけど……」
「息、荒いぞ」
「はっ……!」
こいつ今、「はっ」って声に出したぞ。動揺がこんな分かりやすいことあるか?
「……何よその顔、言いたいことでもあるの?」
「図星だったのかなと思って」
「は、はぁ?! た、ただ、あんたの顔近くで見てて、ちょっと格好いいかなーって思って興奮してただけよ! それもちょっと! ちょっとなんだからね!」
そこを強調されても……。それだと、「ちょっと」でも格好いいと思ったことは認めちゃってないか?
勝手に墓穴を掘った伊沼の姿に、ちょっとした悪戯心が芽生える。
「そうかそうか。伊沼は、俺のことをちょっとはいいと思ってくれたんだな」
どうだ伊沼、いつまでもお前のペースだと思ったら大間違いだぞ! いい機会だ、ここで攻撃に転じさせてもらう。
「……そ、そうよ。悪い……?」
……あれ? なんか思ってた反応と違くないか?
頬だけじゃなく、耳まで真っ赤に染めて伊沼は俺の言葉を肯定する。心なしかモジモジしているように見えるのは気のせいだろうか。
体をよじらせ、今なお情欲を煽りかねない息遣いの伊沼。そんな彼女にあてられてしまったのだろうか、伊沼を見つめていると俺も息苦しさを覚える。
まるで首が締まって息が吸えず、呼吸が浅くなっていくような――
「ちょ、ちょっと! 後ろの友だち、ずり落ちてるわよ!」
――ああ、比喩でもなんでもなく首が締まってるのか。
事態を知ったところで遅かった。俺はもう、限界みたいだ……。
そこから俺が意識を手放すまで、時間はかからなかった。
こうして異性との初めての登校は、とんでもないアクシデントと共に幕を下ろしたのだった。
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