#38 「最初は教科書を読みなさい」
「むむ……」
暗記科目で、わざわざ教わることはない。手に癖づけないといけないのは、数学をはじめとした実践的な科目だ。
テスト勉強とは、主に復習を通して自分の苦手を修正することが目的なのだが、俺はそうはいかない。なぜなら授業をまともに聞いてないため、自分の苦手が何かも分からないのだ。ということで、まずは自分なりにテスト範囲と向き合い、分からないことが出てき次第、伊沼の力を借りることにした。
勉強してこなかった期間のブランクはあるものの、基礎的な問題にはどうにか食らいつけている。ここで躓いていたら、きっと自分のダメさ加減に嫌気が差していたところだ。小さな成功体験の積み重ねが人を調子に乗らせ、やってもいいかなという気にさせてくれるというもの。しかし、ページ後半の関門、応用問題が俺の前に立ちはだかる。
「……む」
そこで俺の手はピタリと止まる。とにかく分からない、分からないのだ。たった今学習した公式を当てはめることくらいは察しがつく。では、その公式を用いるためには? という部分が突破できないのだ。
さすがは応用問題、他の単元の知識が必要なのだろうか。
「分からなかったら聞いてくれてもいいのよ」
「あ、ああ……じゃあいいか?」
俺は解けないでいる問題を指で示す。
「ここがどうやっても解けなくて……」
それを一目見た伊沼は、教科書のページをめくり始める。そして、目的の場所に辿り着いたのか、俺の前に開いた教科書を差し出す。
そこに書かれていたのは、現在取り組んでいる最中の単元だった。
「これ、今やってるとこじゃ――」
「そうよ。っていうか、なんで関係ないところ開かなきゃいけないのよ」
「ここは分かってる。そのうえで解けないから聞いてるんだって」
「はぁ、教科書読まずに問題集だけ解く人なんて初めて見たわよ。いい? 最初は教科書を読みなさい。泳ぎ方も知らないのに、プールに飛び込むんじゃないわよ」
呆れた声のアドバイスと、押しつけられた教科書を受け取る。
教科書では、問題集の頭に箇条書きで記してあったような説明が、文字数を使ってより噛み砕いた説明にされていた。ただ今回の単元で使う公式を紹介するだけではなく、どうしてそれを使うのかや各値の意味まで詳しく解説しており、まさに至れり尽くせりといった感じだ。
これが教科書。教科用の図書とはよく言ったものだ。
俺は今まで、こんなチートアイテムを使用せずに攻略していたのか。これさえあれば、どんな問題でも敵じゃないと思えてくる。
教科書の加護を受け、応用問題を次々となぎ倒していく爽快感がたまらない。
「ありがとう! まさか勉強がこんなに楽しいとは思わなかったよ!」
テンションが上がった俺は、思わず伊沼の手を掴んでそう言っていた。
「そ、そう……? それなら良かった、わね……」
視線を彷徨わせる伊沼を見て、手中に収まる彼女の熱を自覚する。考えなしだったとはいえ、我ながら大胆なことをしてしまった。
途端に冷静になり、パッと手を離す。
「わ、悪い! そういうつもりじゃ……!」
「分かってるわよ」
あしらうみたいな声音なのに、心がむず痒くなる。微かに持ち上がった口元が、慈愛に満ちているような気がしたのだ。
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