#33 「ちゃんとお母様には紹介してあげるから」
「ちょっと休憩にしますか。実は、焼き菓子を持ってきたんです」
全員の集中力が散り始めた頃、神楽先輩はそう言って席を立った。
「遊佐君、台所をお借りしてもいいですか?」
「ご自由にどうぞ」
「もしよければ、一緒に――」
「私もこの家には詳しいの。変なものが入ってないか確認するため、私が同行するわ」
神楽先輩の誘いに食ってかかるように、伊沼が我先にと立候補する。
さすがに異物は混入してないと信じたいな……。
けど、伊沼が見張ってくれるなら任せてしまおう。前は先輩への警戒を怠り、襲われたかけたわけだし。これで、うっかり惚れ薬は防げたと思いたい。
「非常に不本意ですが、この家の勝手が分からないのも事実です。ここは大人しくお願いするとしましょう」
「生意気言わないの。ちゃんとお母様には紹介してあげるから」
今、聞き捨てならない発言が聞こえたような気がする。
本当にこのまま二人で部屋の外に出して大丈夫か? 昨日の敵は今日の友とも言う。ここで二人に結託されては、俺に勝ち目はない……!
「や、やっぱり俺が一人で――」
「遊佐君は部屋で待っててくださいね」
俺の提案は、言い終える前に却下されてしまう。
直前までの不本意が本意に変わり身したと、先輩の笑顔が物語っていた。
「そういうことだから、男水入らずで盛り上がってなさい」
とどめに伊沼はそう言い残し、扉を開け出て行ってしまう。
……終わった。解散した後、野次馬根性丸出しの母さんに問い詰められることが確定した。今のうちに当たり障りない答えを考えておかないと……。
必死に頭を働かせる俺の正面で、拓斗は頬杖をつき、にやにやと下衆な表情を浮かべている。
「聞きたいことは山ほどある。どれから聞かれたい?」
「好きにしてくれ。俺は忙しいんだ」
「それじゃあ質問だ! どうして俺はここに呼ばれた?」
その質問に対する答えは決まっている。
「親友だからだ」
「それ、答えになってるのか?」
「もちろん。俺とお前の付き合いは長い。病める時も健やかなる時も、俺たちは一緒に過ごしてきた。それなら、勉強してる時だってしてない時だって一緒にいるもんだろ? 拓斗は勉強を始めた。だから俺も勉強を始めるんだ」
「泣ける話だけど……美少女二人を侍らせてる理由にはならないぞ」
泣けるとは言いつつも、拓斗の瞳は一切潤んでいない。むしろ、俺を疑るような視線を向けている。
一連の言葉に嘘はなかった。俺は拓斗を信頼しているし、これからも仲良くしたいと思っている。今日ここに拓斗を呼んだのは、俺が拓斗と勉強がしたかったからだ。それでも、拓斗にあの二人が悪魔であることを明かすわけにはいかない。傍から見れば、俺は拓斗に不義理を働いているように見えるのだろう。
「伊沼は転入試験を好成績で突破したらしい。それに神楽先輩は、誰もが知る超優等生だ。そんな二人に教われる機会があるとなれば、お前を誘わないわけにはいかないだろ?」
「それはありがたいな」
「俺は運が良いことに賢い二人に勉強を見てもらえることになった。拓斗は頭が良くなりたい、俺は拓斗と勉強がしたい。この勉強会は、まさにwin-winのイベントってわけだ」
「丸めこまれたような気がしないでもないが……よし、分かった! 勇は俺の親友で、俺は勇の親友ってことだな!」
はつらつとした声で、拓斗は立ち上がる。そして、俺に手を差し出す。
疑問符を見せる俺に、拓斗は言う。
「握手だよ。俺とお前の関係の新たな旅立ちに、な」
――そういうことか。
振り返ってみれば、拓斗と喧嘩したことは何度もあった。その度に仲を深め、こうして握手を交わしたものだ。
今日も互いの手を握り、俺たちはまた一つ友情を確かなものにしていくのだ。
俺も拓斗と同じ目線に立つため、腰を浮かそうとしたのだが……
「おわっ!」
しまった! しばらく座ってたから、足が痺れて……!
すぐに結論に至るがもう遅い。俺の体は拓斗に向かって倒れ込もうとしていた。
直後、凄まじい衝撃が身を包む。視界もひっくり返り、自分たちがどんな状況になっているかも分からない。
「ちょっと大丈夫? すごい音がしたけど……って……」
全身が痛みが走る中、俺は扉の方に顔を向ける。
唖然とした伊沼、口元を手で覆う神楽先輩を経て、恍惚とする母さんと目が合う。
「勇君、二人だけじゃなくて、ついにたっくんまで……」
「母さん何言って――……え」
俺はようやく、自分がどんな体勢になっているかを知る。
――俺は、拓斗を押し倒していたのだ。いわゆるラッキースケベに分類される形で。
「勇……お前そういうつもりだったのか……? お前が本気なら、俺も……」
「誤解を広げたくないから、拓斗は頼むから黙っててくれ」
親友の乙女な姿を、俺はとんでもない形で知ることとなった。
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