#29 「恋をしてください」
「魔法の中に、記憶を消すものってありますか?」
俺は神楽先輩に尋ねる。ここまで魔法に造詣が深いなら、俺の記憶の戻し方にも心当たりがあるかもしれない。
神楽先輩はそれを聞くと、険しい顔を浮かべる。
「記憶ですか? ……遊佐君、もしかして」
「俺、一年生の時に伊沼と会ってるらしいんです。でも、その時の記憶がすっぽり抜けてて……。伊沼が言うには、伊沼の母親が消したって」
伊沼から聞いた当時の出来事を、なるべく詳細に伝える。すると、神楽先輩の顔色はさらに曇りを見せる。
さすが先輩、考え込む仕草も様になってるな。
神楽先輩の表情に反して、俺の胸中は穏やかだった。物は試しと聞いただけで、回答をもらえるとは思っていなかったからだ。
「おかしいですね……。魔法で記憶に干渉できるなんて、聞いたことがありません」
だが、神楽先輩の口から、衝撃の事実が飛び出す。
それが事実だとしたら、俺の記憶はどうして……。
「一般的じゃないだけで、知る悪魔ぞ知るとかは?」
「そうだとしても、サキュバスに使えるとは思えません。あの種族は、悪魔全体では魔力の弱い部類なんです」
「それなら、どうやって俺の記憶を……」
「これは仮説ですが、一つ方法があります。魅了魔法と催眠魔法を組み合わせれば、疑似的に記憶を奪うことはできるかと」
「魔法を、組み合わせる……?」
混乱する俺の胸に、神楽先輩は指を押し当てる。真剣な眼差しを向けられ、俺は固唾を飲み込んだ。
「まず、魅了魔法をかけ遊佐君を支配下に置きます。それから、催眠魔法で特定の記憶を思い出させないように命令するんです。そうすれば、主人からの命令を受けた遊佐君の脳は、その日のことを思い出すことができなくなります」
魅了魔法で無防備になった俺の精神に干渉して、あの時の出来事を思い出せないように催眠をかけた……? 魔法ってそんなでたらめな使い方もできるのかよ……!
「思い出せなければ、忘れてるのと変わらないってことですか……」
「はい。ですが、この仮説が合ってるなら解決法はあります」
「本当ですか?!」
思わず前のめりになった俺を制したのは、口元に指を添えた神楽先輩。
落ち着いて聞いてほしいということだろうか。
「おそらく、遊佐君には現在も魅了魔法がかかってます。今も思い出せないのがその証拠です。これを破りさえすれば、催眠魔法の命令も無効になるはずです」
「魅了魔法を破る……」
そんなことできるのか、とは言えなかった。せっかく神楽先輩が解決法を考えてくれているのだ。試す前に無理だと決めつけるわけにはいかない。
「魅了魔法の原理は単純です。恋は盲目って言いますよね? あれみたいなもので、対象が自分に盲目的になるよう仕向ける魔法なんです」
「もしかして、魅了魔法の破り方って――」
「恋をしてください」
「恋……」
辿り着いた結論を、俺は確かめるように繰り返す。
姫を眠りから覚ますのは真実の愛。俺を魅了魔法から解き放つのは、本物の恋ってことなのか?
いや待て、そんな上手い話があるのだろうか。魔法というのは、人知を超越したものなのだ。心持ち一つでどうにかなるとは考えにくい。
しかし、神楽先輩は俺を真っ直ぐ見据えたまま、こう続けた。
「魔法を凌駕するほどの恋をしてください。私とでも、伊沼さんとでも構いません。現実で、本気で、本当に誰かを好きになるんです。……もちろん、その時遊佐君が私を選んでくれたら嬉しいな、とは思ってます」
手を後ろで組み、神楽先輩は俺に微笑みかける。
「……それで、俺の記憶は戻るんですか?」
「保証はできません。でも、これが今考えられる最善の手段です」
「……分かりました」
幸いと言うべきか、俺は今恋物語の渦中にいる。伊沼と神楽先輩、そのどちらかに恋をすることで記憶が取り戻せるなら、人生初のモテ期が悪魔揃いなことも何かの因果に感じられた。
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