#3 「サキュバスって信じてるか?」
「ふわぁ……ねっむ……」
「勇、随分と眠そうだな」
「ああ、今古典の授業受けたら気絶する自信がある」
翌朝、俺は拓斗と通学路を歩いていた。翌朝といっても、徹夜の俺にとっては昨日の夜三十一時みたいなものなのだが。
「それなら、俺も今日の古典は寝ようかな」
にししと、拓斗は歯を見せて笑う。
こいつは矢川拓斗、幼馴染だ。幼稚園時代からの仲で、ここまで一緒だと大学も同じところを受けるんじゃないかと思っている。なんやかんや頼りになるやつだから、それでも悪い気はしない。
「待て。そしたら書き損ねたノートはどうするんだ」
「あっ、やべ! じゃあ今日は俺がずっと起きてないとかー、お前がこんな調子だしな」
拓斗は頭の後ろで手を組み、片目をつぶる。これは、こいつが報酬をねだっている時の顔だ。
「……分かったよ。今日の昼飯でいいか?」
「よし、乗った!」
「……はぁ」
まんまと昼食を奢らされ、俺はこれからの財布事情が不安になる。
このままの不眠生活が続けば、拓斗のノートに頼りきりになってしまう。それもこれも、あいつが家に来たせいだ。
うちで暮らすことになった、という伊沼の発言に嘘はなかった。それに、これまでホテルに滞在していたらしく、引っ越しの手続きなどは必要ないという。
おかげで昨夜は全く眠れなかった。――都合良く出張で出ている父さんの部屋を、伊沼に使わせたというのに。
『……なんだ?』
夜、布団に入ってこれから寝ようという時に頭上に人影を感じる。
顔を上げると、そこにいたのは伊沼だった。白いレースのネグリジェに身を包んだ伊沼は、俺を見下ろして言った。
『一緒に寝よ……?』
『無理に決まってるだろ』
『んー、やだぁ……』
こいつ、寝ぼけてるのか……!
俺が拒否したというのに、伊沼は構わず布団の中に潜り込んでくる。
そのまま伊沼は、俺の腕にひしっと抱きついてきたのだ。
『んふふ、固い……』
俺の腕を抱き枕にして満足したのか、すぐに伊沼は寝息を立てる。……これで終われば、どれだけ良かったか。
腕だけでは飽き足らず、続けて足を絡めてきたのだ。これによって、俺の右半身は伊沼によって完全に拘束されてしまった。
そして、朝を迎えるまでその拘束は解けず、徹夜をすることとなったのだった。
今朝は、伊沼が手を緩めた一瞬の隙を突いて逃げたので、なんとか添い寝はバレずに済んだ。目覚めた伊沼に、朝からビンタをされるわけにはいかないからな。
「なぁ拓斗、変なこと聞いてもいいか?」
「なんだなんだ? ひょっとして、また神楽先輩のことか?」
「いや違う。……お前、女子生徒のことは詳しいよな?」
「もちろんだとも! それに関しては保証するぜ」
そんなこと保証されても……。だが、今回ばかりはこの情報網が役に立つかもしれない。
「じゃあ拓斗、サキュバスって信じてるか?」
「サキュバス?」
拓斗の頭上に疑問符が湧く。気持ちは分かる、俺だって急にこんなこと聞かれたら同じ反応をするはずだ。
「おいおい勇、さすがに怪しい話だぜ。俺たちだってもう高校二年生だ、遅咲きの思春期でもきたのか?」
「そう、だよな」
俺だってそう思いたい。同級生が俺の体操服を嗅いでいて、しかもそれが尻尾の生えているサキュバスだったなんて信じたくない。
「それに、お前の口振りだとうちの高校にサキュバスがいるみたいじゃないか」
「そんなわけないよな……」
「ああ。……でも、夢はあるな。サキュバスの女子生徒、一体どんなエッチなことを――ごはっ!」
欲望に塗れ始めた拓斗が、突然吹っ飛び近くの塀にめり込む。
「拓斗! くそ、誰がこんなこと……!」
俺は辺りを見渡して、無念を声に乗せる。
「私よ」
声の方に顔を向けると、腕を組んだ伊沼が立っていた。当然、尻尾は影を潜めている。
「魔法は使えないんじゃなかったのか?」
「攻撃魔法なら少しは使えるの。お喋りなあんたのお友だちを黙らせられるくらいのはね」
伊沼は、全く悪びれる様子はない。
「っていうか、あんた何サキュバスの話してんのよ!」
「……聞いてたのか」
「朝起きたらあんたいなくて、お母様に聞いたらもう家出たっていうし……急いで後ろを追いかけたんだから」
途端にしおらしい表情を見せる伊沼を、追及しようという気は起きなかった。
目元に涙を浮かべている女子に詰め寄ったら、俺の方が通報されかねない。
「一個確認していいか?」
「……何よ」
「拓斗、大丈夫だよな」
「ええ、ちょっと小突いただけだから。それに……」
「おっぱいが一つ……おっぱいが二つ……おっぱいが三つ……でへ、でへへ……」
気絶しているようだが、幸せそうで何よりだ。
そして拓斗、おっぱいは偶数個ずつしか増えないぞ。
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