#25 「ライバルなんだから、対等に決まってるでしょ?」
「勇、帰るわよ」
「ああ、今行く」
こうやって伊沼と帰路につくのも、知らず知らずのうちに慣れてしまった。それまでは拓斗と帰っていたし、突然一人で帰ることになったら結構寂しい思いをするのかもしれない。
並んで歩く、伊沼の横顔をちらと見る。彼女との出会いが、俺の高校生活に波乱を巻き起こしている。終わりかけの四月だけで、去年一年間よりもずっと濃厚な日々を過ごしたように思う。
入学した頃の俺に想像できただろうか。二人の異性が俺を巡って争っていると。しかもそれが、どちらも悪魔だなんて。
後者はもちろんのこと、前者も俺にとっては未知の世界だった。
今の環境は、少し現実味がない。だから、こうして振り返った時に体から力が抜けるような感覚がするのだ。
「はぁ……」
「どうしたの、ため息なんか吐いて」
「いや、これはため息ってわけじゃ……」
そう、これは別にうんざりして零れたものではない。どちらかというと、感慨深いという言い方が近い。山の頂上に登って景色を見れば、誰でも息を漏らす。それと同じように、未踏の光景に染み入っているだけなのだ。俺の高校二年目は、自伝を書くなら絶対に外せないパートだと言ってもいい。
「ため息を吐くと幸せが逃げるのよ」
「そんな迷信か伝承かも分からない話、俺は信じないな」
目の前にサキュバスがいるというのに、随分と現実的なこと言うものだと自分でツッコみたくなる。
「そうだ。伝承といえば、神楽先輩のことなんだけど……」
俺の口から先輩の名前が出たせいか、伊沼の眉は八の字に曲げられる。
「いいわよ、何が聞きたいの?」
「吸血鬼ってさ、苦手なものが色々あるだろ? 例えばにんにくとか十字架とか」
「日光とかね」
「それだよ、吸血鬼は日光が苦手なはずだ。それなのに、神楽先輩は人間と同じように日の下を歩いてる。完璧に人間に擬態できてたんだよ」
「言われてみれば妙ね……こっちの世界にいるからといって、元々の性質は変わらないはずなのに……」
伊沼があの日、俺の体操服が発していたという雄の臭いに抗えなかったのと同じってことか。
「それについては、私が教えてあげますね」
神楽先輩の声がした。でも、ここには俺たち以外にはいない。辺りを見渡して通行人に目を向けても、神楽先輩と思しき影はどこにもなかった。
「ど、どこにいるんですか……?」
「ふふふ、キョロキョロしてもダメですよ。だって、私はここにいるんですから」
その言葉と共に神楽先輩が姿を現したのは、夕日に照らされ長く伸びた俺の影――その中からだった。
「うわぁぁっ! 何してるんですか!?」
「そんなに驚かないでください。これも吸血鬼の性質の一環ですから」
「そそそそうやって上半身だけ出して喋るのやめてください! 不気味なんで!」
「あらあら、遊佐君は私の下半身がお望みなんですか?」
「誤解を招くようなことは言わないでください……!」
俺をからかって遊ぶ神楽先輩は、水面から身を乗り出しているようにも見える。それが影で、体が地面から生えていなければ俺もそこまで動揺しなかっただろう。
というか、こんな公の場で吸血鬼の能力を見せてしまってもいいのか? 俺だけが気を揉んで、先輩の体を隠そうとしているみたいだった。
「人目についたら面倒だから、早く出てきなさいよ」
「……分かりましたよ。まったく、伊沼さんは先輩に対する礼儀が欠けてると思います」
大げさに呆れたポーズを取った神楽先輩は、暗い闇の底からぬるりと出てくる。
それは奇妙な光景で、少女チックな悲鳴を上げなかったのを褒めてほしいくらいだ。
「ライバルなんだから、対等に決まってるでしょ?」
「それを人間の世界では、物は言いようって言うんですよ」
「私はサキュバスだから関係ないわね」
……またこれだ。二人は顔を合わせると、すぐに火花を散らそうとする。
二人と別々に接することができる策を練る必要があるかもしれないな。
とりあえず、俺は強引に話の舵を切ることにした。
「神楽先輩、どうして日の光が平気なんですか?」
「私が吸血鬼と人間のハーフだからですね。幸運なことに、吸血鬼の弱点をほとんど払拭できたんです。……にんにくは、ちょっと苦手ですけど」
あっけらかんとした答え方に反して、驚きの内容だった。人間の血と混ざることで、吸血鬼の性質を中和することができたのだという。そこまで聞いて、俺の中で一つの疑問が湧いた。
「それなら、吸血行動もしなくていいんじゃないですか?」
「そうですね、私が血を吸うことは滅多にありません。血がなくても生きていけますから」
「じゃあこの前は、どうして俺の血を……」
「好きな人のことは、余すことなく知りたいじゃないですか。趣味も匂いも癖も……血の味だって」
お読みいただき、ありがとうがとうございます。
面白い、続きを読みたいと思ったら、☆評価や感想などを頂けると励みになります。




