#24 「死んだかと思った……」
図書室での諍いを終え、伊沼と神楽先輩は決戦の日までそれぞれに力を蓄えるターンを迎えた。……俺はてっきりそう思っていた。
「ほら遊佐君、卵焼きですよ。はい、あーん」
「ちょっと! あーんは、私もまだしたことないんだから!」
「そうですかー。でも、こういうのは早いもの勝ちですよ」
昼休みの屋上で、俺を挟んで舌戦が行われる。そしてこれは、何も今日に始まったことではない。神楽先輩は吸血鬼発覚以降、昼休みは欠かさずここに足を運んでいる。俺たちの昼食場所をどこから知ったのかは分からないが、おかげで伊沼とは毎日この調子だ。
「遊佐君、さぁどうぞ」
「あ、待って! 私も……!」
「ふぐっ……! む、むむむ……ごはっ!」
二人は競う姿勢を崩さないまま、我先にとおかずを俺の口に突っ込んでいく。
押し寄せる窒息ゲージに、俺は思わず激しく咳き込んだ。
「げほっ、げほっ……死んだかと思った……」
「俺は吐血するかと思ったぜ」
地面に手をつき懸命に酸素を吸う俺に、拓斗が冷ややかな視線を向ける。
再び俺たちと昼食を食べるようになってからというもの、拓斗もこの光景は何度も目にしている。さすがに呆れるのも無理はない。
「勇、知ってるか? この国ではな、重婚は罪になるんだぜ? 重婚罪の法定刑は二年以下の懲役だ」
「……へぇ、随分と詳しいんだな。勉強の成果か?」
「おうよ。俺、友達が捕まるなんて勘弁だからな」
「それは安心してくれ」
俺だって、いざという時にどっちつかずな選択をするつもりはない。
そんな不誠実な対応、誰も望んではいないのだ。
それにしても、予想外すぎる展開だ。恋(?)のライバルとなった二人は、あろうことか決着をつける前にこうして鍔迫り合いを演じている。漫画とかなら、こういう時Xデーまでは準備を整えたりするものだが、ここは現実、神様も都合の良い流れは作ってくれないらしい。
「二人とも、ちょっと聞きたいことが」
「何かしら」
「なんですか?」
こうして質問した時は、素直に応じてくれるのが唯一の救いだといってもいい。
「その……今って休戦期間だったり?」
口にしてようやく、”休戦”というのは中々に直接的な言い回しだと思い至る。
伊沼がサキュバスで神楽先輩が吸血鬼であることは、俺以外は知らない。当然、二人が俺を狙っている理由も。そもそも、二人が争っていると校内の誰が思っているのだろうか。
自分の考えなさに頭を抱えたくなった。
「休戦も何も……私たち、今絶賛戦闘中よ」
「そうですね。どちらが先に遊佐君をものにできるか戦ってるじゃないですか」
「……え? え? 勇、この二人って本当に……!」
「……どうやらそうみたいなんだ。……心当たりは全くないんだけど」
伊沼との件は記憶から消えているし、神楽先輩に向けられているのは恋心なのかも分からない。仮に恋愛対象として見られているとしても、神楽先輩とは接点が少なすぎて何がきっかけかはさっぱりだ。
「おいおい勇、そりゃ大儲けじゃねぇか! だってお前、ずっと神楽先輩のこと気になってたんだろ? 一時期、口を開けば神楽先輩神楽先輩って――」
「た、拓斗! お前喋りすぎだぞ!」
俺は慌てて拓斗の口を塞ぐが、時すでに遅し。拓斗の話を聞いた神楽先輩は、喜色に満ちた表情で両手に腰を当てて言った。
「伊沼さん、分かりましたか? 遊佐君の心は最初から私にあるんですよ」
「そうやって過去の栄光に酔ってればいいんだわ。私は最近、勇に『可愛い』って言われたんだからね!」
「なっ、伊沼?!」
自慢するのは結構だけど、頼むから俺を辱めないでくれ! ……おい拓斗! なんでお前はちょっと引いてるんだよ! 可愛い子に可愛いって言って何が悪いんだ!
「遊佐君、本当なんですか?」
「その真偽、俺も気になるぜ」
異色のペアに詰め寄られ、背中が扉と当たった時点で観念する。
「……言ったよ。俺は伊沼に、可愛いって言った」
俺の人生の中で、この日を超える羞恥はないと心の底から確信していた。
お読みいただき、ありがとうがとうございます。
面白い、続きを読みたいと思ったら、☆評価や感想などを頂けると励みになります。




