#22 「防御魔法……どうして?」
「遊佐君、私と付き合いませんか?」
その一言は俺の動揺を飲み込み、逆に心に凪をもたらしていた。
「俺が……神楽先輩と?」
「はい。私知ってるんですよ、遊佐君が私に興味を持ってくれてること」
未だ受け入れ難い、赤い瞳で神楽先輩は俺を見つめてくる。
……待てよ。その違和感にさえ目をつぶれば、今の状況は願ったり叶ったりなんじゃないか?
神楽先輩は俺の好意に気付いていて、それを分かった上で恋人にならないかと言ってくれたのだ。前までの俺だったら――いや、今の俺だって二つ返事で了承したくなる。
でも、それなら普通に告白してほしかった。この怪しさが蔓延る空間じゃ、ロマンチックさは欠片も感じられない。
そんな俺の逡巡を見抜いてか、神楽先輩はダメ押しとばかりにこう口にした。
「遊佐君さえ良ければ、私はあなたと添い遂げてもいいと思ってます。……全部言わなくても、分かりますよね?」
そして、神楽先輩は俺の右手を両手で包み込む。
夢にまで見た先輩との手繋ぎは、想像していたよりもずっと冷たかった。
「ひぇっ! な、なんですか……?」
「私の鼓動、すっごい早くなってるんです。ほら、確認してみてください」
「わっ、ちょちょっと待ってください!」
それって……神楽先輩のむ、む、むむむ胸に触れるってことだよな……。
戻ってきた動揺が、思考に勢いを生む。
――そんなのおかしい。俺が憧れていた神楽先輩はこんな簡単に体を差し出すような人じゃなかった(少なくとも、俺はそう思っている)。俺が清廉潔白であろうとなかろうと、ここで流されるのは間違っている気がした。
それに、もし触るとしても俺は自分の意思で手を伸ばしたい……!
俺は先輩の手を振りほどき、距離を取る。
「……すみません先輩、俺まだ先輩のそこに触ることはできないです」
これを生涯後悔することになっても構わない。それよりも、ここで篭絡される方がよっぽど恥ずべきことに思えた。
「この前世界史で勉強したんですよ。こうやって色仕掛けに嵌まって、国を台無しにした人のことを。俺はあんなろくでなしにはなりたくない」
「……それは残念です。あまり乱暴はしたくなかったんですけど、仕方ないですね」
次の瞬間、目の前にいたはずの神楽先輩の姿が消える。耳元に聞こえる囁き声、背中に感じる重さ、胸の前に回された両手が一つの事実を示していた。
……俺、抱きしめられて――そんなことより、いつの間に?
「私、本当に遊佐君のこと気に入ってたんですよ? あの子が現れなかったら、少しずつ仲を進展させて……とかも考えてたんです」
「あの子って……?」
「伊沼さんですよ。遊佐君があの子に誑し込まれたせいで、私の計画は台無しです」
「先輩は、何が目的なんですか……」
「目的……そうですね……」
一度言葉を切った神楽先輩の声音が、ゾクリと冷えたように感じた。
「――遊佐君の血をいただくことですかね」
その暴露に驚く間もなく、俺の首元に先輩の歯――牙が突き立てられる。
……はずだった。
突如、ポケットの中から紫の光が飛び出したのだ。それは瞬く間に俺の体を覆い、側にいた神楽先輩を押しのける。
すると俺を見て、神楽先輩は思いがけない言葉を呟く。
「防御魔法……どうして?」
防御魔法って、この光のことだろうか。けど、俺は人間だし魔法は使えない。――もしかして……!
答え合わせと言わんばかりに、タイミング良く図書室の扉が開かれる。
「どうやら私の読みは当たってたみたいね。勇、怪我はない?」
「大丈夫だ。……っていうか、なんなんだよこれ」
「そこの吸血鬼先輩が言ってたじゃない。防御魔法よ、渡した紙に仕込んでおいたの」
「なるほど、そういう――おい伊沼、今さらっとすごいこと言わなかったか?」
俺は伊沼を問い詰めたい衝動に駆られているが、当の伊沼は平然と髪を撫でている。
「……何よその目は」
「もう一度だ。もう一度、さっきの説明を頼む」
「はぁ、分かったわよ。ここに来る前に渡した紙、あったでしょ? あれに防御魔法を仕込んでおいて、あんたが危なくなったら作動するようにしてたってわけ」
「なるほどな。それで俺は神楽先輩に襲われずに……ってちがーう!!」
俺が全身で遺憾の意を表明すると、張られていた防御魔法がガラスのように砕けて消える。
室内の暗さも相まって幻想的な光景ではあったが、今の議題はこれじゃない。
「ちょっと、急に大きな声出さないでよ」
「俺が悪いのか? いいや、今回ばかりは認めてたまるか! 俺が聞きたいのは、神楽先輩のことをなんて呼んだかってことだ!」
「吸血鬼先輩でしょ?」
伊沼はさも当然かのように同じ呼び名を口にする。
ひょっとして、おかしいのは俺の方なのか?
「か、神楽先輩……異議はあったりしますか?」
「ありませんよ。だって私、吸血鬼ですから」
俺はこの日、二体目の悪魔と出会ったのだった。
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